第105話 天空の決戦 決着
『この声は、魔法で声をそっちに飛ばしてるのさ。ついでに、お助けアイテムも投げるから、猫、受け取れ。なあに、こんなこともあろうかと、ってヤツさ。お礼は少年、身体で払ってくれればオーケーよ。分割払いでもリボ払いでもねぇ』
わけの分からないことを言って、声は途絶えた。
僕は、なんとか顔を上げた。首を動かすのもだるい中で、守護龍の方角を探す。
暴れ回る破壊龍の背という、回転する視界の中で。ちらりと見えた。方角が分かった。
そちらから、なにかが飛んでくるのも分かった。
「なるほどな、そういうことか……! あの、腐れ聖女め! やってくれる!」
魔王が歓喜の声を上げた。
「我々の勝ちだ、小僧!」
魔王の言葉に、僕は頭上を見上げた。
そこには、言った通り、聖女が投げてきて、今しがた魔王が魔法で受け止めたのだろう――出撃前に修道士から聖女が受け取っていた、謎の革袋が浮かんでいた。
魔王はそのまま魔法で袋の口を解いて、空中から直接、中身をばらまいた。
中身は、僕に向かって降ってくる。
「これは――」
なにかの、粉末だった。陽光を浴びて、目も綾な輝きを放っている。
それが僕の身体に降りかかる。
なぜか――信じられないほどの力が、身体の底から湧いてきた。
干からびた泉に、新しく地の底の水脈から水が満たされるような、そんな感覚とでも言えばいいだろうか。
と、また声が響いた。
『全回復しただろ? それどころか、いつも以上の力が湧いてきただろう? ご利益たっぷりだからねぇ。それもそのはず、そいつは、その龍がぶち壊してくれた――東の都をずっと守ってきた、あの神聖宝玉なんだ。その破片をさらに細かく砕いて、粉末にしてやったのさ。巨大都市の結界を維持し続けてきた、そんな生命エネルギーの詰まった宝玉の粉末なんだ、どんな酒よりも効くだろう?』
酒の味は知らないが。そして、心底嬉しそうに酒を呑む聖女ほど、そのありがたみを感じられているかは自信がないが――
僕は立ち上がり、大声で答えた。
「ありがとうございます、お姉さん!」
都を守ってきた神聖宝玉を粉々にして『回復アイテム』にしてしまうなど、とんでもなく罰当たりだが、それがたまらなく、あの人らしい。
どんな聖女よりも聖女らしくなく、どんな聖女よりも、聖女らしい。強いて言うなら、やっぱり元魔王――それが、あの人だ。
僕は、半ばで折れた剣を振り上げた。
回復した力で、再び剣気を束ね上げる。
今度は、光の刀身ではなく、鎚のような形にして。
「やれ! 小僧!」
魔王の言葉に頷いて、僕は剣(鎚だが)を振り下ろした。
がつん、と両手が痺れるほどの手応えが返ってくる。
ずぶり、と折れた剣身が、巨龍の体躯に完全に埋まった。
瞬間、破壊龍は身体を大きく、痙攣させた。
すっ――と、驚くほどにあっさりと、巨龍から力が失われたのが分かった。
そのまま、僕たちを乗せて、破壊龍は落ちていく。
今までのことを思えば、とても緩やかに感じられる自由落下の中で、魔王が言う。
「よくやったぞ、小僧。今回ばかりは、素直に褒めてやる。すべてが綱渡りだったが……そのすべてを、お前は見事に渡りきった。誇るがいい。お前は、かつての世界すべてを蹂躙した龍に、勝利したのだ」
「僕の力じゃないです。みんなが、いてくれたから。僕だけじゃ、絶対に無理でした」
「うむ。その通りだな。ありったけ全部、使い切った。チームワークの勝利だ」
魔王の口からそんな言葉が出ると、思わず笑ってしまう。
魔王も笑い出した。自覚しているらしい。
落ちながら、僕たちは言葉を交わす。
「魔王さん。この龍の核になったのって……」
「想像はついているだろう。おそらくは、子供だ。……あの守護龍と同じくらいであろうな、たぶん」
「魔王さん、あの、守護龍さんも……」
「うむ。人の子を核としている。勇者が、なにゆえそんな非人道的な方法で守護龍をこさえたのかは、私には分からぬが。事実として、あの守護龍は少女を核とし、それを聖なる力で覆い、龍に形成したのだ」
「どうして、そんなことを……」
「分からぬな。暇なら、小僧が考えろ。人の心を推し測るのは、お前の分野だ」
「うーん……」
「ふん、私の考えでは、よくできた勇者であったのだろう。未来の平和を守るため、少女を守護龍の核として犠牲にすることも厭わなかった。それだけだろう」
「もー、相変わらずの魔王思考なんですから」
「ふん。魔王だから当然だ。悔しければ、勇者思考とやらを見せてみろ」
でも、本当に、なんでなんだろう?
僕がその勇者なら。いくら未来の平和を守るためとはいえ、人を――それも、あんな小さな女の子を核にしてしまうなんて、絶対にできない。
なにか理由が、絶対にあるはずだ。
そして理由は、この破壊龍にだって、きっとある。
僕は、落ちる巨龍の背に、手を当てて耳を澄ませた。
――なにか知っているなら、教えてほしい。無念があるなら、僕に打ち明けてほしい。
祈る。
沈黙する巨龍の心に、できる限り、この落ちている間だけでも寄り添いたい。
僕はひたすら、巨龍に呼びかけ――
数秒して、巨龍の死体は、地上に激突した。
その場所は、東の都の中央広場だった。
だだっ広い、石畳の上だ。みんな避難していて、誰もいない。
そして激突とはいっても、接地の瞬間に魔王が魔法を使って、音もなく地面に着地させている。
僕たちも無傷で、龍の背中から降りる。
と、守護龍が空から降りてきた。その背から、聖女、兵士長の娘が降りてきて、守護龍は少女の姿に戻った。
三人が、僕と魔王のところに駆け寄ってくる。




