第104話 勇者の挑戦
僕は、すぐに言い返した。
「僕がなんとかします。魔王さんは、しがみつく準備をお願いします」
魔王が火炎弾の処理に力を消費してしまえば、巨龍の身体にしがみつけない。
かといって避けてしまえば、背後の守護龍たちが危ない。
それなら、僕がどうにかするしかないのだ。
魔王は、なにも言い返しては来なかった。ただ、一言だけ。
「任せる」
そう言った。
その一言は、さらに僕の心の奥底から、力を呼び起こしてくれた。信頼してくれている魔王の目の前で、それを裏切れない。
僕は可能な限りの剣気を、剣に纏わせた。
折れた部分の刀身を補うように、剣気を束ねて作った刀身が現れる。
それを、両手で構えた。
破壊龍は、けたたましい咆哮と共に、火炎弾を放ってきた。
尋常でない速さだ。着弾まで、何秒もない。
迫る火炎弾で、破壊龍の姿も見えない。燃えたぎる炎の塊が、視界を埋め尽くす。
僕は、前方へ身体を回転させた。
イメージには、火炎蜥蜴と戦ったときの経験が活きている。あの時は、身体を微々たる剣気で多い、かろうじて丸焼きを避けることしかできなかったが。
今なら、もっとマシな方法を思いつき、実行に移すことができる。
「う――おおおおおおぉぉぉぉぉ!」
破壊龍ほどではないが、僕も叫んだ。
気合いに乗せて、剣気を思い切り、振り抜く。自分の全生命力をぶつける。掛け値なしの全力で、剣気を束ねた刀身で、極大の火炎弾に斬り込む。
僕の狙いは単純だ。
火炎弾を、真正面から、斬り裂く。
剣気でどれほど刀身の長さを稼いでも、およそ三十メートルの直径を誇る火炎弾を斬ることはできない。
だが、剣圧と、火炎弾そのものの推進力を利用すれば、可能だと思っていた。
火炎弾自体に威力がありすぎるのが、弱点なのだ。それを見切る技術さえあれば、ちょっとした障害物でも、その軌道を逸らすことは可能なはず。
僕は、そういう技術には、他の人よりも自信があるのだ。
火炎弾の威力に逆らわず。真っ直ぐにぶつかりながら、剣圧で空気を斬り裂く――
僕は、回転しながら剣を振り抜いた。
手応えは、なにもない。剣の素振りの時に感じる、剣に纏わりついてくる空気を引き剥がし、裂くような感覚だけがあった。
熱波が、ちりちりと肌を灼いた。剣に剣気を回さねばならなかったので、身体を守る剣気は、最小限にしている。
すぐに、視界は開けた。
地上を背にする、破壊龍の姿が見える。
すべては、刹那の出来事だったが。僕の剣は、見事に極大の火炎弾を切り裂いていた。
身体で、感じる。切り裂かれた火炎弾は左右に分かたれ、どこかへ消えていった。守護龍にも命中していない。
しくじったことを悟った破壊龍は、当然、身を翻して僕らを避けようとする。
だが。
「逃すか!」
魔王が叫ぶ。ぶわっ、となにかの力が、魔王から起こる。
避けようとする巨龍の動きに追従するように、僕たちの身体も動いた。
が、破壊龍の動きが速い。追従する速度よりも、逃げるほうが速い。
このままでは……通過してしまう。
と、その時だった。
なにか鋭い輝くものが、破壊龍の眼前を通過した。
龍は、びくりと驚いたように、回避行動を止めた。
僕は、すぐに理解した。兵士長の娘だ。
彼女が、剣気を込めた矢を、破壊龍に放ったのだ。
先だってその威力を文字通りに味わっていた破壊龍は、その記憶のせいで、反射的に動きを止めてしまったのだろう。
おかげで魔王の力が、完全に破壊龍を掴んだのが分かった。
ぐい、と僕たちは破壊龍に引きつけられた。そのまま、背中に衝突する。
「小僧、剣気で掴め!」
魔王が叫ぶ。が――力が入らない。
火炎弾を切り裂くのに、全エネルギーを消費していた。なけなしの剣気をなんとか振り絞るが、ほんのわずかしか出ない。
指先が龍の背中を掻いて、滑っていく。落ちる。掴めない。
「小僧、工夫しろ! 張り付け! タコの吸盤かなにかを模倣しろ!」
張り付けそうなもの――
僕の頭に過ぎったのは、タコの吸盤ではなく、極限のひもじさの中で兵士長の娘に一本分けてもらった、みたらし団子のもちもち感だった。
手のひら全体に剣気を広げ、それを必死にイメージする。
――しくじれば、死ぬんだ。やれ、思い描け! 僕の命を救った、あの、団子のもちもち……もちもちした感じを……!
なんとか、それは功を奏した。
破壊龍の背を五メートルほど滑って、僕たちは止まった。
そのまま、そのイメージを活かして滑り止めにし、僕たちは背中を這い上った。
ようやく、刺さったままの剣身に辿り着く。
が、僕の膝は勝手にがくりと曲がった。まるで、身体に力が入らない。
「しっかりしろ、小僧! あとは、こいつを押し込むだけだ! 私の邪気ではなく、お前の剣気でなければ、起こる奇跡も起こらぬのだぞ!」
魔王が叱咤の声を飛ばしてくれる。
しかし、情けないことに、無茶をしすぎたせいか、一度折ってしまった膝を伸ばすことはできそうになかった。できるなら、大の字になって寝てしまいたい。
と、破壊龍が旋回を始めた。僕らを、また振り落とす気だ。
魔王は、僕の分も力を使い、破壊龍の背にしがみつこうとしている。
だが、巨龍はどんどん動きを激しくしていく。無理だ、剥がされる。
そんな少しも動かせない、諦めようとする身体に、必死に抗っていると――
『おほん。お困りかね、少年』
なんと、声が聞こえた。神々しいものではない、いつもの聖女の声だ。




