第103話 勇者の心 #2
「オーケー、シンプルだねぇ。で、そいつをどうやって達成するか……」
今もなお破壊龍と必死の鬼ごっこを続ける守護龍の様子を確かめながら、僕は考えた。
歯噛みする。都合のいい名案は、浮かんでこない。
「お兄ちゃん、私にできることは、ある?」
唸っている僕に訊いてきた兵士長の娘を見て、頷く。
「あいつの背に、もう一度乗らないといけない。それを手伝ってほしい。あとは、なにかそのための案とか、ないかな」
僕の頭では妙案はさっぱり浮かんでこない。まずは、その助けが必要だった。
全員で黙り込んで、考えた。
黙っていたのは、ほんの数秒だったと思う。兵士長の娘が上空を見上げた。
「お兄ちゃん、最初の状況と同じような状況を作れば、またできそう?」
「どうかな。僕が同じことをやるのはできるけど、破壊龍のほうが逃げるかも」
「それに、この追いかけっこはなかなか距離を開けられない。最初みたいなシチュエーションは、作れっこないんじゃないかねぇ」
破壊龍は、ぴったりとこちらに追従してきている。守護龍は、複雑な軌道で移動することで、なんとかその爪から逃れている。最初のような状況作りは、聖女の言う通りに難しそうに思えた。
が、兵士長の娘は首を振った。
「ううん、できると思う。……上を使えば」
その言葉に、僕はピンときた。
「そうか! 上昇して、追いかけてくるアイツに向かって、飛び降りればいいのか!」
それは正解だったらしく、兵士長の娘は頷いた。
「どう思う? 魔王たちは」
「悪くなさそうだねぇ。それなら、距離をそれほど空けられなくてもイケる。でも、アイツに避けられたら終わりだよ。少年は真っ逆さまで地上に落ちて、トマトだねぇ」
上空に昇り、追いかけてくる巨龍に目掛けて飛び降りる。
それを避けられてしまうと、僕と守護龍の間に破壊龍が立ち塞がることになる。さっきのように受け止めてもらうことは不可能だろう。
地上への落下は魔王がなんとかしてくれるかもしれない、と思ったが、守護龍に残された聖女と兵士長の娘だけで破壊龍と戦わなくてはならなくなるため、やはり成功せねば、ゲームオーバーだ。
一度きりの、命を賭けたチャレンジになる。
だが、他に手はなさそうだ。守護龍は、そろそろ限界に近づいている。
僕は守護龍の背を撫でた。
「守護龍さん、無理をさせてごめん。勝負に出るよ。ヤツを止めよう」
「……はいっ! 私は、どうすればいいですかっ、勇者さん!」
「まず、全力で真上に飛んでほしい。そうすると、アイツは真下から追いかけてくるはずだ。そうしたら、僕と魔王さんで、アイツに向かって飛び降りるから」
「大丈夫ですか? 勇者さん」
守護龍の声には、疲れが見えていた。それはそうだろう、力に大きな差があるのに、必死で避け、逃げ続けているのだから。
戦闘開始から、まだほんの五分が経過したかどうか、という頃だが。もう五分これを続けることはできないだろう。
対して、破壊龍には疲れた様子は見えない。このまま続ければ、どうなるかは見えている。勝負に出るしかない。
「大丈夫。僕を信じて。僕も、君を信じる」
僕の言葉に、一呼吸おいて、守護龍は元気に頷いた。
「……はいっ! 力が……湧いてきちゃいましたよー! いきまーすっ!」
大陸の命運を賭けた戦いには不似合いな、あどけなく、無邪気な声が響く。
その声は、僕にも力を与えてくれた。
守護龍は、今日一番の速度で、ぐんぐん速度と高度を上げていく。
が――
破壊龍が、追ってこない。真下の位置で、急に停止した。
「勇者さん、アイツ、追ってきませんよ!」
「うん、そうだね」
彼我の距離は、二百メートルはあるだろうか? 互いに上と下で、睨み合う。
「……私らを放置して、これ幸いと都を襲う気かと思ったけど、違うねぇ」
それをやれば、背後を突かれる。そういう危険を、破壊龍が冒すとは思えない。
「でも……チャンス、なのかな。どうする? お兄ちゃん」
兵士長の娘に、僕は頷いた。
まさか、この局面で、戦いの図式が逆になるとは。
迎撃する側が僕たちだったのに、今この状況は、なにかを企む破壊龍に僕たちが挑む、という形になってしまった。
一騎打ちを所望、というわけでもないだろう。ただ、静かに翼をはためかせて停滞している巨龍は、なんだか不気味な雰囲気を漂わせている。
が、僕は身を乗り出した。
「行くよ。行かないと、決着はつけられない。乗ってみるよ、アイツの企みに」
僕は、魔王に確認した。
「魔王さん、魔法の力で加速とか、できます?」
「できる。避けられても、五メートル以内の誤差であれば、私が掴もう。あとはお前が剣気で微調整し、なんとかせよ」
「分かりました。それなら、いけると思います」
僕は深く呼吸し、剣気を身体から呼び起こした。
力は残っている。破壊龍にしがみつき、剣身を押し込むくらいなら、まだできる。
「いけます。行きましょう、魔王さん」
「よし――では、行くぞ、小僧! 勇者としての意地、見せてみろ!」
「はい!」
僕は、守護龍の背から飛んだ。
頭を下にして、待ち受ける破壊龍へ目掛けて、突っ込んでいく。
と――
破壊龍が、ぱかっと口を開けた。こっちを、食べる気か?
いや、違った。その口に、火炎を集中させ始める。
なにをする気か、理解できた。さっき北の山の麓を吹っ飛ばした、極大の火炎弾だ。
「そういうことか――」
風を切る轟音の中で、魔王が囁いたのが聞こえた。




