第102話 勇者の心 #1
「私も腐れ聖女も、お前には言うべきではないと思った。剣が鈍るとな。核の素体を救える確率は、限りなく小さい。知らずに殺した場合と、知っていて救えなかった場合とを秤にかけ、どちらがお前が傷つかずに済むかを考えて、前者を私たちは選んでいた」
だが、と魔王は言った。
「考えを改めよう。お前は馬鹿であっても、心でこの結論に辿り着けないほど愚かではなかった。私にも……覚悟が足りていなかった。お前と力を合わせ、戦うのだという意思が足りていなかった。だが、今こそ問おう。さあ――小僧、どうする?」
どうする? それは、あの巨龍を殺して止めるのか、あるいはもうひとつの方法で止めるのか、ということだろう。
考えるまでもない。魔王の言う通り、僕の心は、すでに結論を出している。
「魔王さん、救える確率は、限りなく小さいって」
「ああ。途方もなく小さいだろう」
その言葉に、頷いた。
「そうですか。でもだからって……諦めるわけには、いかないでしょう。やりますよ。ほんの少しだろうと可能性があるなら、無理じゃないんだ。やってみせます」
「ふん、馬鹿め……。だが、お前は――『そんな低い確率なら、どうせやっても無駄』なんて、それこそ死んでも言わぬ大馬鹿者よな」
ぺしぺし、と額を前肢で叩いてくる。
その間に守護龍は、北の山の周囲を迂回するように、追ってくる破壊龍から逃げていた。
僕たちの会話の時間を稼いでいてくれたらしい。
だが、戦いの方向は決まったが、方法がまだだ。
「守護龍さん、もう少し、時間を稼げる?」
「はいっ、良い作戦、思いつきそうなんですよね? それまではアイツのキモい攻撃はなんとか避けて避けて避けまくりますから! 勇者さん、がんばって!」
ありがとう、と背中を撫でる。それに、守護龍はえへへ、と笑っていた。
しかし、あまり時間はかけていられないだろう。力を蓄えてきた破壊龍と、ここ一週間僕らの訓練に付き合っていただけの守護龍とでは、スタミナに差ができていて当然だ。
そもそも、力はあちらのほうが強い、という話でもある。守護龍は万全の体調ではあるが、上積みがあるわけではない。この子の力が尽きる前に、なんとか活路を見出ださねばならない。
と、聖女が言った。
「それなら、手はひとつだ。核をぶっ壊すしかないねぇ」
「それは、死んじゃうんでは?」
「かもしれない。けど、魔物は魔物で、生命活動をしていて、脳や心臓を破壊して肉体を殺しちまうと、核も一緒に引っ張られて消滅するんだよ。核は私ら人間で言うところの、魂と一緒なんだ。そうなってしまえば、ノーチャンスさ。だから助けるには、まず核を壊さないといけないよ。まず核を壊す――矛盾するようだけど、そうしなければ、核となった生物を救うことはできないのさ」
「だが、核の破壊は難しいぞ。一際強固な邪気で覆われているからな。卵の殻のようなものだ。今の小僧では、全力を費やしても壊せるかどうか分からんが……最初の一撃で、ヒビくらいは入っているかもしれぬ。ともかく、それを壊せば、あの巨龍は止まるはずだ」
聖女、魔王が言う言葉を受けて、僕は訊き返した。
「核の殻を壊せば、その中身を取り返せる?」
「可能性はある。破壊の衝撃と結果に、中身が耐えられれば……。それこそ、ほんのわずかな、猫の毛よりも細い奇跡に期待するようなものだがな」
「でも、やる価値はあるだろうねぇ。私ら魔王の邪気じゃ、無理だ。でも、少年の……勇者の、純粋な生命エネルギーだったら、核を救えるかもしれない。通常、少年が戦うくらいの魔物なら、核そのものを叩くより、生物的急所を突くほうが倒しやすいから、核を叩くなんて事にはならないけど。今回は、あの図体だ。核の場所も、すぐに分かるし叩きやすいはずさ」
「うむ。そして、核の場所は、すぐに分かった。印もついている」
それを聞いて、僕ははっとした。
「……折れた剣が、刺さっている場所ですね!」
「そう、その通りだ。さっきお前は、アレを蹴り込みさえすれば、みたいなことを言っていたな。それでよい。折れて突き刺さった剣身に、杭を打つように、あと一撃だ。少なくとも、戦いはそれで終わるはずだ」




