第101話 破壊龍の核
顔を上げる。
見ると、破壊龍は口を開けて、そこに火炎を凝縮していた。火炎弾を撃つ気だ。
都を襲ったときとは段違いの速度で、いきなりそれを放ってくる。
その時よりも大きい火炎弾だった。二回りほど大きい。
「腐れ聖女よ、お前は小僧の腕を繋げ! 私がやる! 守護龍よ、ここを動くな!」
僕の頭の上から、魔王が叫ぶ。魔王から、力が湧き起こったのが分かった。
こちらに飛んできていた火炎弾が干渉を受けて、霧のようにかき消える。
が、破壊龍はその間にもさらに口に炎を集め、立て続けに火炎弾を吐いてきた。
「ちいっ、小賢しい――」
魔王は舌打ちしつつ、ふたつ目の火炎弾も消し去る。
が、さらに破壊龍は、火炎弾を放ってきた。今度は、一発、さらに、もう一発――
「くそ、しつこいな……!」
魔王は追いすがる。連続した二発も、かき消してしまう。
だが、まだ続きがあった。巨龍は一際大きく、炎を口に溜めている。
魔王は守護龍に言った。
「どれだけ乱発する気だ、くそったれめ……! 守護龍よ、山を背にしろ!」
すぐさま、守護龍は旋回して、軌道を変えた。
巨龍はその場に停滞したまま、身体の向きだけを変えて狙いを追従させてくる。
山を背にして守護龍が止まると、巨龍は――
溜めに溜めた、直径三十メートルはある火炎弾を放ってきた。
「くそ、逸らすぞ!」
魔王が叫ぶ。これだけの規模の火炎弾を解消することはできないようだ。
代わりに、火炎弾の軌道上の空間が、ぐにゃりと水面の波紋のように歪んだ。
そこを通過しようとした火炎弾が、急激に軌道を変える。
火炎弾は斜め下に飛んでいった。
聖女に魔法で左手を癒やしてもらいながら、僕は火炎弾の行方を目で追った。
それは、北の山の麓に着弾した。
まるで綿毛かなにかのように、木々が爆散する。
着弾点は、巨大なクレーターになっていた。信じられない威力だ。あれが東の都に落ちれば、すべてが終わってしまうだろう。
魔王もそれを見て、呆れたように呟く。
「ふざけおって……。まさしく破壊の化身。それだけに特化しているな。美学のカケラもない、下等生物めが」
「魔王さん、大丈夫ですか」
「まあな。だが、ヤツは案の定、相当に力を溜め込んできたようだ。連射に使った程度の大きさの火炎弾ならまだしも、今のヤツを使われ続けたら、まずいな。ジリ貧だ」
「だねぇ。元々私ら魔王は、受けは得意じゃないからねぇ。かといって、ここまでの破壊バカでもないけど。……よし、少年。繋いだぞ。具合はどうだい」
聖女が、僕の左腕に翳していた手をのける。
脱臼し、さらに折れていた腕は、すっかり元通りになっていた。曲げ伸ばしをしても、なんの違和感もない。
「大丈夫です。ありがとうございました」
「悠長に、礼を言ってる場合でもないんだけどねぇ。なんとか、もっと良いニュースはないのかい? 猫は? なんかないのか?」
「そうだな、あるにはある。アイツには……核があったぞ」
「なんだって? やっぱり――そうなのかい」
「核?」
そういえば、そんな単語が出てきていた。
僕が訊ねると、魔王は答えた。
「そうだ。魔物を作るときには、コツがある。前に、粘土細工をするようなものだと言ったな。覚えているか?」
その会話の間に、破壊龍は、前肢の爪を振り上げ、こちらへ突進してきた。
それに対しては、守護龍に避けろと指示を出す。
守護龍は、素早く右手側へ移動し、回避した。が、破壊龍もすぐ反転し、追ってくる。
僕は守護龍に回避の指示をしつつ、魔王に答えた。
「覚えてます。たまに無性に作りたくなるとか」
「そこはいらん。いいか、私の作った魔物に、特大サイズのものがいないのには、人間に目立った被害を出さないため以外にも理由があるのだ。大きすぎる粘土細工を作ると、どうなる?」
「……ええと……うまく、形を保てない?」
「その通りだ。自重に耐えられぬだろう。だから、より安定したものを作るためには、骨組みを作り、それに粘土をくっつけていく――そういう作り方をするはずだ」
「ですね。それが?」
「魔物を作るというのも、同じなのだ。それが、魔物における核というもので――私は虫などに邪気を纏わせ、魔物に仕立て上げていたのだが」
「大きな蠍型の魔物なら、蠍に邪気を纏わせるんですか?」
「いや、必ずしも同じでなくてもよい。蠍なら、似ている蟹などのほうが手頃に手に入るからな。蟹に蠍のように成形した邪気を纏わせればよい」
「それが、なんだっていうんです? ――危ない、下に避けて!」
僕が叫ぶと、守護龍は素早く下方に切り返した。すんでのところで、破壊龍の尻尾を避ける。
ジリ貧だ。守護龍の動きも、苦しくなってきている。いずれ、捉えられてしまう。
魔王はしかし、話を続けようとしていた。
「問題は、そうして魔物を作るときに必要な、その核となる生物についてなのだ」
「なにが問題なんです? 魔物を作るには、核となる生き物が必要で、って……それは分かりましたけど、あの巨龍だって、そうなんでしょう? わざわざそれがそもそも、お姉さんに報告するほどの事なんですか? 魔物には当たり前のことなんじゃ?」
「最初は無視するつもりだったさ。私も腐れ聖女も、ある程度見当がついてはいた。それが守護龍の小娘を見て確信に変わり、兵士長が語った説話を聞いて、それは確信を超えて確実なものとなった」
破壊龍の体当たりを、守護龍が躱す。すれ違う際に生まれた複雑な気流が、身体を揉んでいく。
しかしそれも気にならない。
魔王は……なにが言いたいのか? この人が説明しようとするからには、とても重要なことのはずだ。その一点に、考えを集中する。
「つまり、魔物には、生物的な急所と、それよりも小さな、魔物を魔物たらしめる核という、ふたつの急所が存在するわけだ。ここまではいいな?」
「はい」
「魔物をどこまで大きく作れるか、というのは、核の複雑さで決まる」
「複雑さ?」
「生物的な複雑さだ。大雑把に説明をすると、虫であればせいぜいが人間の子供か、できて成人くらいまでのサイズ。鼠であればもう少し大きくできる。猫や犬であれば、馬車や小屋くらい。馬などを使えば、家屋ぐらいの魔物を作れるであろう」
そこまで聞いて、僕はぞっとした。
ここまで、魔王と聖女が言及を避けてきた、という理由が、ここにきて――ようやく分かったような、そんな気がした。
「じゃあ……あの巨龍は……!」
「……そうだ。あそこまで大きな魔物を作るには、相応の複雑さを持った核が必要なのだ。たとえば――人間のような、な。加えて、膨大な邪気も必要だが」
「なんて……ことを……!」
僕は歯噛みした。古代の魔王というのは、なんてことを考えるんだ。




