第10話 我が家 #1
住宅地に差し掛かると、僕を迎えてくれる人だかりはさらに大きくなった。二年が経っているが、みんな僕の顔を覚えているし、僕もみんなの顔を覚えている。それはまあ、当たり前か。
でも、二年も経つとさすがに、久しぶりだな、という感覚が勝る。
ひとりひとりに挨拶をして、負けてしまったことを詫びる。そして、頼れる仲間の不思議な猫と一緒に再討伐するということを説明すると、みんなはあっさりと納得して、何度も激励の言葉を送ってくれた。
それらすべてに応えてから、僕は僕の家まで、ようやく戻ってきた。
庭付きの二階建て、煉瓦造りのそこそこ大きな家だ。
庭には、父に剣術の手ほどきを受けたときに使っていた木人形が据えつけられているのが見える。風雨に晒されていたせいか、木製なのに歳を取ったようだった。
久しぶりの我が家だ。魔王を討伐してここに戻るんだ、と決意して出発をした二年前の日を思い出す。
それがまさか……討伐を失敗するならまだしも、魔王を同伴して戻ってくることになるとは思わなかった。
ともかく、僕はドアのノッカーを鳴らした。
しばらく待つと足音が聞こえ、鍵を外す音がする。それから、ドアが開いた。
出てきたのは、二年前とは大して変わっていない、母だった。
「ああ、戻ってきたのね。王都へ帰ってきたのは、聞いているわ。魔王の討伐、上手くいかなかったんですって? でも……無事で良かったわ」
二年ぶりの再会だ。僕は母と抱擁を交わしてから、口を開いた。
「ああ、うん……。そうなんだ。あの、母さん。それについて、説明しないといけないことがあって。ええと、いや、僕は全然、まだなにも分かってないんだけど」
「どういうこと?」
「その、ええと……。それは、魔王さんが説明してくれることになってて」
「魔王さん?」
「久しいな、魔法使い。先代勇者は息災か?」
どう言っていいものか、しどろもどろになる僕を尻目に、足元から黒猫が声をあげる。
それを聞いて、母は目の色を変えた。素早い動作でドアから飛び退ると、右手を黒猫に翳す。力を集中させ、魔法の狙いをつけている。
それを見て、黒猫は笑った。
「やめておけ。現役を退いたお前では私に傷ひとつつけられぬ。こんな姿ではあるが、私は少しも力を落としておらぬし、そなたらと戦ったときと比べれば、圧倒的に強くなってもいるからだ」
その言葉は、的確だったのだろう。母は歯噛みしつつも、手を下ろした。
それから、僕を見てくる。
「ねえ、どういうこと? なぜ魔王が?」
その問いには、黒猫が答えた。
「これから私が説明しよう。先代勇者も呼べ。しばらくの間、この小僧を借りることになるからな。先代勇者とその従者――当代勇者の親であるお前らも、聞く権利がある」
話の通り、僕の父は、先代の勇者だ。
その経歴を活かし、この王都に剣術の道場を開いて、剣を教えている。
今は昼なので、休憩の時間だろうか。稽古が終わるのは夕方なので、まだまだ待たないといけない。
だが、母は家をすぐに飛び出していくと、父を連れて帰ってきた。
僕は父と抱擁を交わしてから、黒猫を紹介した。これが魔王であることと、僕が戻ってくることになった経緯も含めて説明をしてくれる、ということも話した。
父は、母より落ち着いて話を聞き届けて、全員でテーブルに着いた。
テーブルの上におすわりをした姿勢で、黒猫が話し始める。
「では、説明をしよう。まず言わなければならないのは……なにが起きたのか、ということの前に、この大陸における勇者の魔王討伐というものが、単なる茶番であった、ということに関してだな」
「え?」
僕は声をあげた。父のほうは訝しげに顎に手をやり、母は眉間に皺を寄せて黒猫を凝視している。
黒猫は順に僕たちの顔を見回すと、衝撃的なことを言った。
「勇者を育成し、選定し、必要であれば仲間を募り、北の地にいる魔王を討伐する。千年間続いてきたこの伝統は、私――魔王とこの大陸を治める王家が結託しての、いわば『お芝居』であったのだ」
お芝居……?
僕はその意味が分からず、唖然とするばかりだった。
それは母も同じで、真っ先に反応したのは、父だった。
「どういうことだ、それは。千年もの間、魔王と王家が一芝居打っていた、ということか? 結託して、最強の勇者を作り上げるために? 俺たち……勇者の旅は、仕組まれた、狂言の上で成り立っていた……と?」
父が訊くと、黒猫は頷く。
「そもそも、疑問に思わぬのか? 私は北の地から、お前らの王国を支配しようと千年間狙い続けてきた、という話だが。たかが人の王国を滅ぼすのに千年もかける馬鹿がいるか。そして、それができぬほど魔王というものが弱いのなら、とっくに勇者の手によって討伐されているはずだろう」
それは、その通りだと僕は思った。
魔王はとても強い。本気でこの大陸を蹂躙しようと思えば、余裕で可能だったのではないかと、戦った今ならはっきり分かる。
僕は、歴代で最強の勇者である『最初の勇者』に並ぶと言われるくらいに強いらしい。
でも、その僕でも、簡単に勝てるとは言えないどころか、爆発が起きなかったとしても、せいぜいが相討ちどまりだったのではないか――
と、考えていると、母が言った。
「私たちは……ほんの少しも、魔王に……あなたには、歯が立たなかったわ。そんな私たちを嘲笑って、殺す価値もないと放免したわね、あなたは」
それに、黒猫はふんと鼻を鳴らした。
「あの頃からデキておったろう、そなたら。弱かったのは確かだが、種とその胎としては優秀であろうと思ってな。見逃してやったまでだ。そして、予想は当たったわけだ」
「わざと、私たちを生かしておいたっていうの?」
「うむ。それもこれも、強い勇者の力が必要であったからだ。少なくとも『最初の勇者』を超えるだけの力を持った勇者がな」
言ってから黒猫は、視線を鋭くした。
「私とこの大陸の王家は、盟約を結んだ。私のもとに、正義の心と力を持ったもの――つまり、勇者を育てて送り込むこと。それを守るのなら、私は王国の敵として、適度に人々に嫌がらせをしつつ、人を滅ぼすことはせずに、むしろ強き勇者を生み出すための手助けをしながら魔王として君臨を続ける、という盟約だ」
「つまり魔王さんは、最初から、人間を滅ぼす気なんてなかったんですか? それどころか……強い勇者を育てようとしていた?」




