王よ
「残念ですが……」
「ウソ、でしょう? あなた……」
「お父さまっ! 目を開けてお父さまっ!」
「そんな……」
「あ、あ、あ、いやあぁ」
「父上っ! そんなバカな話があるかっ!」
国王陛下の私室には、窓からまだ昇り切ってもいない陽光が差し込む。
それが春風に揺られたカーテンで美しく切り刻まれる、牧歌的光景の中、
ベッドの上の陛下は、ただ眠っておられるだけのように
そう見えるのは、私が戦場で確実なものを見すぎたせいだろうか。
聞けば、陛下は朝の政務の最中だったという。
普段は予見していたかのように、数々の案件を裁かれる明君ルートヴィヒ2世王。
しかしその日はペースが上がらず、ついに目元を押さえて進まなくなったという。
陛下は
「すまんが一時中断して庭を散歩する。歩きながら考える」
とおっしゃり、玉座からお立ちになった
そのとき、
その場で崩れるようにお倒れになり、
今この場に至るまで、瞼が開くことはないままだった。
「父上、そんな、父上」
「あああぁぁ」
呆然とするドミニク殿下。
母の体に抱き着いて声を漏らすアデライド殿下。
そのお二人の背中を撫でながら、本人も力なく肩を落とすレディ・ド・ブロイ。
私もその両肩に、なんとなく手を添えるしかできない。
そんな状況の中、検死した侍医が体ごとこちらへ振り返る。
「実は陛下なのですが、
去年末より体調が思わしくなく……」
唇がニカワで引っ付いたような、いかにも言いにくそうな口の動き。
だが彼の予感は正しかったと言えるだろう。
「聞いていないぞ! なぜ黙っていた!!」
ハインリヒ殿下が胸ぐらにつかみ掛かる。
かわいそうに、侍医も目に見えて縮み上がる。
そりゃ、今の殿下は勢いで
『重要な情報を隠蔽した! 死刑だ!』
とか言い出しかねないからな。
実際、
「早々に真実を公表し、療養させていれば夫は助かったかもしれません。
それを理解したうえでの隠匿なのでしょうね?
それとも、その程度の判断もつかぬ者が国王の侍医を務めていた、と?」
王妃殿下の言うこと、ごもっとも。
お体に懸念がある状態で、家族すら気付かないほど隠して振る舞った。
年末年始には騎士の私でも消耗するドンチャン騒ぎがあった。
祝賀が終われば政務も執っておられた。
確実に寿命を縮める行為だろう。
相手が王でなくとも、患者の管理として大問題だ。
侍医は逃げるようにベッドへ視線を向ける。
「陛下のご内意でして……。
『敵国が次々と攻めてくる現状、
“王の容態が悪い”
という話を出すわけにはいかない。
国家の内側にまで混乱を来すことになり、敵国の侵攻も
“体制が揺らいでいる今こそ好機”
と加熱するだろう。
今しばらくは余の健在を示さねばならぬ』
と……」
内容が細かい。
自己弁護で頭が回転しているのもあるだろうが。
それだけ彼も衝撃を受け、脳に焼き付いたのだろう。
つまり、事実あった話なのだ。
「それで、か」
思わず溢すと、アネッサがチラリとこっちを見る。
が、場が場なだけに、それ以上聞いては来なかった。
そうか。だから年明け早々、フリードリヒ殿下のご親征があったのか。
騎士でも経験なき者が多い厳寒期の、しかも相手は最強の神聖鉄血帝国。
フリードリヒ殿下の積極策に見え隠れした、陛下からの成果を求める意向。
だから私がアデライド、ドミニク両殿下の傅役に任命されたのか。
至れり尽くせり、どころか過剰戦力気味ですらあった私の投入。
現状そんな酷くもないのに、何を恐れているのかというような徹底的ガード。
自身が長くない、あるいはその事態に備えなければならないレベルだったから。
次期国王の座の、フリードリヒ殿下への一本化を急いだのだ。
もう国王の威で守れなくなるゆえ、両殿下に代わりの傘を与えたのだ。
自身の身より国家の守りを重視したことも。
混乱を来さぬよう、後継者の差配をしておいたことも。
一人の父、夫として家族の安寧を願ったことも。
王よ、あなたは立派であった。
だが。
そこまで手を尽くさねばならなかったのは、ひとえに
『残された者たちのことが、国家王室が一丸であることを信じきれなかった』
がゆえだ。
王よ、
その存在は孤独だ。
青天の霹靂、国王陛下の唐突なご遠行。
しかし悲しんでいる場合ではない。
いろいろと対処しなければならないことが多く、
ゆえに陛下は自らの不調を秘匿されていたのだ。
まず陛下が亡くなられたことだが。
これは今しばらく公表しないことになった。
基本的に前王崩御の旨は、新王即位の告知と同時であるべきだ。
でなければ公式発表として
『次期王が決まっていない』
『統治者のいない空白期間ができる』
ことになってしまう。
だから発表まえに段取り決めと擦り合わせが必要になる。
しかし現状、フリードリヒ殿下はデュートリッヒにいらっしゃる。
皇太子たる殿下がいないことには話を進められないし、そもそも
『父の死を公式発表で、一般国民と同じタイミングで知る』
というのはあんまりだろう。
てことで、早速デュートリッヒまで使者を出すことになったのだが、
「王城での差配は母上に任せる。オレは兄上に報せに行くよ」
「わざわざ自分で行くの? 遣いを出せばいいのではなくて?」
「いや、オレが行くよ。
ベルノに残っていると兄上も、
『不在の隙に勝手なことをしていないか』
と不安になるだろう」
陛下が崩御なされた日の昼、いまだ王の部屋にて。
意外や意外。
ハインリヒ殿下が、なんとも時局を読んだ発言をなさった。
「兄上が即位したら、おそらくオレも領地換えになる。ルッツ=エールに寄って、引越し準備もしたいからな」
ルッツ=エールはベルノとデュートリッヒのちょうど中間あたり。
背の低い二等辺三角形を構成する位置にあり、
ハインリヒ殿下の新しいご領地でもある。
ずっとゼネヴォン公だったが、奪還の目処が立たなくなったからな。
モミアゲのせいで。
で、陛下に願い出て、ついこのまえ了承されたところだった。
思えば王族とはいえ、すぐ大都市をもらえるのは異例のことだったが。
これも陛下がご自身の状態を理解してらっしゃったからなのだろう。
「そう。いいんじゃないかしら?」
「おっと、マルグリット。オマエも来てくれ。
オレだけだと兄上が何か勘ぐって、
『ウソを吹き込もうとしている』
とか言いかねん」
「さすがにないとは思うけど、ま、いいわ」
「というわけだ、母上。よろしく頼む」
慌ただしく、次々ことが決まっていく。
よく
『死体の横ですぐ遺産の話を始めるイヤな遺族』
みたいな話もあるが。
さすがに王族ともなれば、亡者にかかずらっている場合じゃないからな。
家庭の行く末が文字どおり国家なのだし。
その一方で。
「お医者さま。お父さまに触れても、よろしゅうございますでしょうか」
「ええ、感染症の類いではございませんので」
「ジジ」
「ドミニクも、お父さまを撫でて差し上げましょう。
『よくがんばった』
と。
お母さまも」
第二、第三王子まで忙しいなか、庶子の両殿下はなお役目がない。
完全に蚊帳の外だが、そのおかげで父の死を悼む時間がある。
幸か不幸かで言えば幸福だろう。
陛下からも
『野心を見せるな』
と厳命されている。
することがなければ競争にも参加できない。
新人傅役ながら、嫡流庶流お互い都合よく扱っているのは分かったし、
何より、
「あ、あなた……。ううぅ」
「お父さま、ずっと大好きよ」
「安らかに眠ってください。偉大なる王、最愛たる父」
政略結婚の王妃とは違うから、と言ったら野暮だが。
愛する妻と我が子たちに囲まれ、キスで送られる陛下は、
今ようやく王としての身から解き放たれ、
1人の男の人生としての幸せに包まれている。
庶民出身の私には、そんなふうに思えた。
「アネッサ」
「はい、ミュラー卿」
「私たちも最期は殿下に看取られ、あの世で陛下に顔向けできる。
そのように力を尽くすぞ」
「ガッテン」
「返事軽いな」
今までは騎士として、国家全体の平和のために力を尽くしてきた。
それが急に傅役となり、流されるままに務めてきたのだが、
今、明確に、心の底から、
この家族の平穏のためだけに命を燃やそう
そう思えた。
思えたのに。
「申し上げます!
フリードリヒ殿下、デュートリッヒにて
ハインリヒ殿下の手により、あえないご最期!!」
平和はすぐに壊されてしまう。
──王たる者 完──
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