休む間もない
「黙祷」
劇的な生還からひと晩明けて。
朝露に濡れるレガロ城の裏庭。
何があると言われれば、無造作に植えられた花園があるだけ。
ガゼボどころか、ベンチのひとつもない空間で。
私たちは祈りを捧げる。
昨晩の死闘。
確かに大勝利と言ってよかったが、無傷とは言っていない。
我が第四騎士団も今回の戦闘で、47名の死傷者を出した。
それだけでも無念だ。
しかし輪を掛けて残念なことに、遺体を連れて帰ることすらできない。
敵が退いたとはいえ、すぐにでも態勢を立て直してくるかもしれない。
我々も迅速に引き上げる必要があったのだ。
しばらくは現場を長靴軍が哨戒するだろう。
埋葬しに行ってやれるのはもう少し先、いや、
そんな日は来ないかもしれない。
とにかく今は、所定の場で思いを馳せるしかできることはない。
太陽が出ている薄曇りは、生者と死者の分かれ目のようだ。
「団長?」
そのまた翌日。
自室にいるとアネッサが訪ねてきた。
昼食の時間だというのに、食堂へ顔を出さないからだろう。
小脇に抱えたバスケット。中はパンとチーズと水、といったところか。
『死ぬほど疲れていても、仲間が死んでも、腹に穴が開いていても食え』
『食えんヤツから死んでいく』
がスローガン(非公式)の我が騎士団、言い出しっぺは私だからな。
おい。だからって机に置くな。
今作業中なの見たら分かるだろうが。
バスケットデカいぞ。邪魔だ。
まさかパンパンに詰めてきたんじゃないだろうな?
置くときドスッて音したぞ。
そもそも私は、自分が言ったことは守るタイプなんだ。
「あ、ちゃんと食べてる」
「そりゃな」
何も食欲がないから引っ込んでるわけじゃない。
団長として事務作業があるのだ。
朝食はあらかじめ炊事班に頼んで、部屋に運んでもらった。
「あぁ、戦死者の」
アネッサの視線が机の上のリストへ向かう。
事務作業ってのはこのことだ。
戦死者をまとめ、遺族の死亡手当てを申請しなければならない。
遺品を選定するのも私の仕事だ。
シビアだが、それを運ぶのに荷馬車3台も4台も人員を割けない。
故人を偲べ、かつかさばらない。
さりとて小さすぎると、大切な人が生きた証にしては虚しい。
もちろん団長として手紙も書かなければならない。
亡くなったお悔やみと、お預かりした命を守れなかった謝罪が必要だ。
「私も手伝うよ」
「助かる。やること山積みでな」
しかもこれで全部ではない。
死傷者47名というのは、500名の騎士団においてほぼ10分の1だ。
これだけの戦力が離脱となると放ってはおけない。
可及的速やかに補充しなければならないわけで。
送られてくる人員を目利きするのも団長の仕事だ。
それ以前に、ウチより被害が甚大な騎士団もいるだろう。
そことの兼ね合いで、『オマエのところから人員をまわせ』とかも言われるだろう。
ある程度そのメンバーを選抜しつつ、
なるべく取られないよう政治的なケンカに勝たねばならない。
そのうえで、『47名』というのは重傷者までだ。
軍務に支障がないレベルの軽傷者はカウントしていない。
『やっと全ての再編が終わった』
なんて安心したあとで、コイツらが急に破傷風とか罹ったりすると……
「うがああああ!!」
「フューちゃん!?」
あーストレス!
妹属性魔法を使うときくらいストレス!
英霊や遺族の方々の前では言えんが、メンドくさすぎだろ!
絶対ここまでの文章、読者も目が滑って読み飛ばしているに違いない。
「大丈夫? 『この世の全てが嫌になったイノシシ』みたいな叫びだったよ?」
「イノシシもそういう情緒あるんだな」
「まぁまぁ。果物でも食べて落ち着きなよ」
コイツ、私を本当にイノシシかなんかと勘違いしてないだろうな?
とは思うが、甘くて新鮮なフルーツは普通にうれしい。
こういうのを優先的にまわしてもらえるのは英雄の特権だな。
彼らも生きて帰れば、ブドウやウリを頬張ったろうに。
いや、そもそも休暇でジュースでも飲んでたはずだ。
休暇といえば。
敵は完全に撤退したわけではない。
今日にもまた攻めてくるかもしれんし、
その兼ね合いで、私たちの休暇は完全にパーとなった。
ロカールに戻れないことも面倒ごとを増やしている。
「遺品整理も荷物が届かんことには、か」
「そうそう。ゆっくり進めなよ。それより私、枕持ってっちゃったから〜。早く届かないと寝れないよぉ」
最低限の荷物でレガロに戻ってきたからな。
環境を問わず眠れるかも優秀な兵士の素質ではあるが。
まぁ仕方ない。
完璧な兵士などいない。
むしろ本来人間は、兵士として完璧ではないべきなのだ。
そう思うとなんだか、私も気が抜けてくるな。
「じゃあもう全部荷物届いてからでいいか」
「そうだよ。休んだ方がいいよ」
「それもそうだな」
いつまた敵が来るか分からんしな。
少しでも体力回復に努めるのが
「お」
「あ」
なんて思ってたら、
響き渡る角笛。
この音はアレだ。
団長クラスの緊急招集だ。
予定にある会議じゃなくて、『緊急招集』。
騎士にはそんな事態限られてくる。
国王陛下が崩御なされたとかでもないかぎりは……
「よし、全員集まったな」
会議室。
見知った顔が『全員』席に着いている。
どうやら先日の戦闘で脱落したヤツはいないらしい。
ソイツは重畳だが、
「集まってもらった理由は、皆察していることと思うが」
無駄に長いテーブルの上座。
爺さんの顔色がよくない。
豊かな口髭と同じくらい白い。
爺さんってのは、
我々南方方面軍総督
マルクス・ゼッケンドルフ公のことだ。
ざっくり言えば、立場もある歴戦の爺さん。
その彼がこのザマだ。
嫌な予感の範疇で済まないことは、察するに余りある。
「今朝、前線より狼煙があった」
「やはり来るか!」
おいシュルツ、テーブルを叩くな。
激しやすい団長は団員に悪影響だぞ。
私みたいにな。
「それにより、こちらも斥候を放ったところ」
公はさすがに冷静、荒れるヤツを無視して話を進める。
いや、あるいは、
「報告によれば、敵勢は1万を超える」
構っている余裕がないか、だな。
「また」
なんだ、まだあるのか。
正直私も勘弁してほしいぞ。
腹が痛くなってきた。
昼飯は食わん方がよかったかもしれん。
「隊列の中軍に、『青地に山猫』の旗。
今回の敵方指揮官は、キオスキ・ナルデーニである」
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