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我が世の春は来るか

「春が近いな。そういう日差しだ」


 殿下が昼まえの空を見上げる。

 確かに今日のような晴れた日は、冬一辺倒の気候ではなくなる。


「暖かくなると、何かが始まる予感がしますよね!」


 アネッサがウキウキした様子で相槌を打つ。


「まぁ私たち軍人にとっては、春は異動の季節だしな」


 雪が溶けると山を越えて侵略に来るヤツらがいるからな。

 今回はその真冬にやってきたんだが。


 で、異動の予感の中、私たちは何をしているのかというと。


「デュートリッヒも近い。寂しくなるな」

「殿下」



 移動だ。



 脳みそ使わず日向ぼっこしてそうな会話だが、移動だ。

 馬に乗っているので、どのみち脳みそは使っていないが。











 陛下から辞令が出たのは結構まえか。

 コンクカンツァー敗退の直後だから、数週間は経っている。


 それはいいとして。


 問題は内容だ。



 使者が来たとき、私はもちろん殿下も。

 片膝ついて頭下げて、拝聴の構えに入ったが、



「『フリードリヒ殿下はご領地デュートリッヒに戻ること』!

『フューガ・フォン・ミュラー卿は北方遠征軍副官の任を解除。

 アネッサ・トゥルネーを伴い、ベルノへ帰参すること』!」



「「えっ」」


 このときばかりは、思わず顔を上げたものだ。


「いったい、どういう」

「それは私にも……。勅書に理由は記載されておりませんで」


 若い使者も困ったように眉根を上げる。


 勅使なのに一人、身分は高くなさそうだ。

 おそらく格式より伝達の速さを求められたんだろう。


 詳しいことを聞ける立場でもなく、時間もなく。

 馬を飛ばしてやってきたんだろうな。


 だが、がんばった彼には悪いが、


「私は、北方方面軍に多大な迷惑を掛け、だからこそ挽回すべきと……」

「殿下?」



「それを見捨てて、おめおめ領地に引き返せというのかっ!!」



「ひいっ!?」


 殿下は今、機嫌が悪い。デリケートなんだ。


 が、そうも言ってられん。


 ここは宥めるべきだろう。

 でないとお目付役として責任問題になるしな。


「殿下。お気持ちは分かりますが、ここはお従いください。

 デュートリッヒにお着きになってから手紙を書きましょう。


 向こうは勅命です。

 ただ従わないだけでも並々ならぬこと。

 抗議するのであれば、こちらに一切の瑕疵(かし)なく筋を通さねばなりません」


「う、そうだね、うん」


 よし。不服ではありそうだが、一旦は聞き入れてくれたようだ。











 ということがあって今に至る。


 指名があった3人と、殿下の護衛に中央第七騎士団500名の道行きだ。


「しかし、


『ご天気に疑義を呈するのはよくない』


 と黙ってはきたが」


 山道の下り道。

 殿下が遠くに見えるデュートリッヒの城壁を眺めてつぶやく。


「もうすぐお別れとなるとな。


 ここはひとつ、オフレコでミュラー卿の見解を伺いたい」


「なんなりと」

「なぜこのタイミングで、デュートリッヒに戻される」

親心(おやごころ)でしょうなぁ」

「親心?」


 リベンジに燃えるところへ水を刺されたんだ。

 なかなかそうは思えんかもしれんが。


「相手は『鉄鹿』、なんでも爆破してしまいますから。

 たとえ城に籠っていても、不慮の事故が起きやすい。


 親としては、前線から遠ざけたいものでしょう」


 ちなみに殿下が前線を離れるにあたって。

 方面軍内部で


『逃げんのかよ!』


 みたいな声は上がらなかった。


 彼らだって、死なれて責任問題になったら困るしな。


 まぁ殿下は殿下で


『引き留められなかった。やっぱり私は……』


 と気になさっていたが。


「しかし」

「そう、しかしながら。

 殿下が北方そのものを捨てて逃げたように見えてはいけない。


 その折衷案が、


『北方の中心』

『総司令部』


 と言えなくもない、デュートリッヒでのご在陣なのでしょう」

「ふむ」


 これに関しちゃ、私も概ね賛成だ。


 殿下に何かあれば、王位継承が乱れるしな。

 でも


『負けて帰る』


 も印象が悪い。

 それこそ殿下が危惧されていた、ハインリヒチャンスになってしまう。

 最後に駄賃程度でも成果を上げて、『凱旋』してほしいところだ。


『終わりよければ全てよし』


 ってことで。


「それは分かった」


 殿下は頷いたかと思えば、



「だったらなぜ、ミュラー卿は中央に?」



 私の目を真っ直ぐ見つめる。


 さっきの『()()賛成』も、ここが引っ掛かる。


 自分で言うのもなんだが。


 勝ちたければ私を外している余裕はないはずだ。


 ということは、何か戦略面での召還ではあるまい。


 となると……


「さぁて。しかし、お目付役ですからね。

 場合によっては、今回の敗戦も責任問題かと」

「やはりか!」


 殿下、声が大きい。

 建前とはいえオフレコなんだぞ。


 だが殿下が真に聞きたかったのは、ここの答え合わせだったらしい。

 今日このときまで相談されなかったのも、聞くのが気まずかったんだな。


「それは、それだけはあってはならない!

 今回の敗戦は私の責任であって、ミュラー卿が背負うものは何もない!」

「ありがたいお言葉です」


 そりゃそうだ、とは言えない。


 殿下の手綱を握る手がワナワナ震える。


「いいかい、ミュラー卿!

 デュートリッヒに数日滞在するんだ!


 私が父上に、君を弁護する書状を書く!

 それが先に届いてから君もベルノへ行くんだ!」


 ほう、それはありがたいな。

 だが、


「殿下。先ほども申し上げたとおりです。

 抗議するのであれば、こちらに瑕疵があってはならない。


 私は誠実に、ベルノへの道を急ぐことにいたします。


 ただ、走り詰めで行くものでもありませんから。

 あとから早馬で届けてくだされば、じゅうぶん間に合うでしょう」

「ミュラー卿」


 なんだ。寂しそうだな。

 いや、最初に寂しくなるって言ってたな。


 本当はただ、別れを惜しむ心があるのかもしれない。


 しかし、我々立ち場がある者はそうも言ってられん。

 まだデュートリッヒに入っていないが、ここで一度済ませておこう。


「殿下。

 短いあいだでしたが、ご一緒できて光栄でした。


 名残惜しいですが、お別れでございます。


 場所は離れますが、国家と殿下へのご奉公は変わりません。

 どうか健康無事、お元気で」


「……うむ」


 殿下の目元が、春の気配の陽光に光った


 というのは()()()()だろうか。


 そんな顔されると、この私ですら鼻の奥にツンと来る。


 アネッサは急に私のピンチを知って、口を()()()()開けているが。











お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりクスッとでもしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

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