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価値と能力

「殿下」

「なんだい、ミュラー卿」


「お話を聞かせていただいても、よろしいですか?」


「なんの、どうして」

「殿下がそんな顔をなさるから」

「……」


 不愉快そうな表情はされなかった。

 最初の1歩としては、間違った踏み込みではなかったようだ。

 アニマルウォッチングの気分だ。


「無理に、とは申しませんが」


 と言いつつ隣に腰を下ろして、少しだけ椅子を近付ける。

 正解かどうかは分からないが、私なりの押し引きだ。


「……そうだね」


 うなだれ気味だった殿下が、テーブルに深く両肘をつく。

 力ない前傾姿勢で、ようやく本音が喉を通るのだろう。


「考えてしまったんだ。


 私にそれだけの能力が、価値があるか」


「……詳しくお聞きしても?」


 人の悩みとしても、不敬罪的な意味でも、デリケートが過ぎる問題だな。

 迂闊に肯定も否定もできん。


「もちろん今回の戦いは国土を取り戻すため、国家を守るためのものだ。

 でもそこに私たち王室は、


『王位継承の政治戦争について』


 のエゴを持ち込んだ」


 肘をついていた手が頭へ伸びる。

 初めてお会いした日は品のよかった髪も、今日は疲労そのままにクシャクシャだ。


「その結果、大きな被害を出した。

 勝った負けた以前に、余計な血を流すことを選んだ。


 私一人、父上一人のために、多くの者が犠牲になった」


「殿下」


 背中くらい撫でた方がいいだろうか。

 人間、優しくされると辛いってこともある。

 しかし病気やケガには、『辛いけど必要な処置』ってのもある。


 と、手を伸ばしたところで


「これがミュラー卿ならよかったんだけどね」

「は?」


 不意にこっちを向いた殿下と目が合う。


「私が何か?」

「たとえばさ。戦場では指揮官を守って多くの兵が死ぬことがある。

 一人のために100人が死んで、しかし天秤の上では


『得をした』


 となることが」


 露悪的で言いたいことはあるが、私に否定する権利があるではない。

 なんなら守られなくとも、突撃を命じて勝つのも同じだ。

 いつだって指揮官は、代わりに死ぬ役割がいて成り立っている。


 実際私も同じ理論で、ゼネヴォンとモミアゲを交換した。


「君ほど優秀な指揮官ならいいんだ。

 残酷だが、100人の兵以上の戦果を上げられる。価値として釣り合う以上だ。


 でも私はそうではなかった」


 殿下の視線が外れる。


『眩しくて、痛くて、辛くて見ていられない』


 口角の小さな下がり具合がそう訴える。


「私は味方に敗北を、取り返しのつかない大損害を与えた男だ。

 国民を守る能力はなく、みんなが私のために命を使う価値はなかったんだ」

「戦争だけが王の器ではありませんよ」

「だが必要だから、こうして測る場を持った」


 うむ。相変わらずの理論武装だ。

 意見を口にするからには、自分の中で練ってくる。


 黙っている時間が長かったのも、いろいろ頭の中で考えているからで、

 それだけ根は内向的な人間なのだろう。


「私は、私なんかは、私には……」


 困ったな。

 普通に励ましても反論を持っているんだろう。

 ありがちな言葉では届かない。


 だがそれは正直、想定内ではある。

 数ヶ月ながら側で見てきたからな。


 説得するのが難しいなら、



 いっそ初手から妹属性魔法で、無理矢理前向きにさせる



 ってのもアリだったが。手っ取り早いが。

 そのためにドアまで閉めたんだが。



 しなくてよかった。

 やればこの本音を引き出すことはできなかったから。

 殿下は吐き出せずに終わってしまうから。



『メンドくさいからとりあえず立ちなおれ』


 ならそれでもいいかもしれない。


 だが、妹魔法には効果時間がある。

 根本的解決をしないまま()めたら、また同じループだ。

 薬が切れて躁鬱の繰り返し、みたいになってしまう。


 使わなくてよかった。

 使わなくてよかったし、



 温存した分、今が使いどきだ。



「殿下」


 背中に伸ばそうとしていた手で、殿下のお手をそっと握る。


「ミュラー卿」


 無骨な鎧の手だが、気持ちは伝わったらしい。



 だが、今から私がやろうとしていることは、

 そんなハートフルな物語ではない。



「ううん、お兄ちゃん」



 非常に非情な荒療治であるから、『妹属性魔法』という鎮痛剤が必要なのだ。


 殿下の表情が変わる。

 それこそ薬で意識が溶けはじめたみたいな顔だな。


「そんなこと言わないで。お兄ちゃんには価値があるよ」

「そうかな、いや、しかし」


 さすがにただ言うだけでは、ガードが堅くアゴに入らない。



「だって、王族に生まれたもの」



 だからガラ空きのボディを狙う。


「はっ」


『なんてこと言うんだコイツ』って顔に変わったな。

 夢から覚めたかい?


 覚めんよ。これは魔法なんだ。


「それは、能力じゃない」

「でも価値ではある」

「そんな言い方! 私はそんな」


「『望んだものでも努力で手に入れたものでもない』って?

『ただ偶然王家に生まれただけだ』って?


 そうだね。


 誰も()()()()()()()()んだよ。

 誰も後天的に得ることはできないんだよ。


 お兄ちゃんが褒めてくれた私も、

 クレッケル卿も、

 死んでいった兵士たちも、


 いくら優秀で能力があって価値があろうと、


 王族に王子として生まれてくることはできなかったんだよ。


 この世でお兄ちゃんだけが、


『シュヴィーツ王家の長男』


 として生まれることができたんだよ」


「あ、あ、あ」


 まだ


『だからどうだ、どうしろ』


 とは言っていない。


 それでも殿下はプレッシャーに襲われているようだ。


「お兄ちゃんはさ。


『優秀な人材のためなら100人死んでも釣り合う』


 って言ったけどさ?


『アイツは自分より頭がいいから』で人は死なないよ?

 もっと大きな何かのために死ぬんだよ?


 その努力では手に入らない『何か』のひとつが



『王族』



 なんだよ?」


「うう」


「今まで王族として、責任も、権益も、全て享受してきたんでしょう?


 今回のご親征で殻を破ろうとしていたからこそ、

 多くの与えられたもので包まれていることを知っているんでしょう?


 そんな『王族』という存在が、



 自分の価値を自分で決められると思わないで」



 額がぶつかるまで顔を近付けると、


 殿下の目が泳いでいる。

 怖がらせすぎたか。


「だ、だが……。


 それは最低条件にすぎない……。


 うっ、能力がなければ、くっ、

 結局国を守っていくことはできない……


 だから、こうしてハインリヒと競う必要が……」


 あーあ、泣いちゃった。

 ちょっと私自身の鬱憤をぶつけすぎた気がする。


 でもそう考えると、言いたい放題できる妹属性魔法って、案外悪くない?


 いかんいかん。

 禁断の蜜の味を覚えている場合ではない。


 私は殿下を立ち直らせたいんだ。

 これじゃ90度に折れたのを、残り270度へし折って終わってしまう。


「あのね、お兄ちゃん?

 お兄ちゃんは今回初めて戦争に出たんだよ?」

「うん」

「誰だって、最初からなんでもはできないよ。

 少しずつできるようになっていくんだ。

 私だってそう」

「ミュラー卿も?」


 なんか、『お兄ちゃん』と言いつつ弟か息子みたいになっとるな。


「最初から騎士団長になれたら苦労しないよ。

 見習いから始まって、失敗したり成功したり、勝ったり負けたりしてきたの。


 それでもいまだに、自分では


『完璧! ミスはない!』


 と思ってても、アネッサに


『ちょくちょくあるよ』


 とか言われるんだから」


「そうか、ミュラー卿もか」

「うん。一人でなんでもできるなら、私に軍隊なんかいらない。

 お兄ちゃんに家臣なんかいらない。

 人に国なんかいらない。


 そうじゃないから寄り添いあってるの。

 みんな知ってる。


 だから、できるようになるまで見守っているから。

 元気出して」


「……分かった」


 殿下は小さくつぶやくと、


「おっと」


 私の胸に頭を投げ出してきた。


 若い男女がとかは気にせんが、鎧は硬いぞ? 安らぐのか?



 ……。


 ま、離れないってことは、これでいいんだろう。


 一度予想外の展開にすれば、月並みな説得も染みるようだ。



 ふー、やれやれ。

 一番の山場は越えたのかもな。











 と、なんとか殿下を


『前向いて行こうぜイエー!』


 と立て直した



 その矢先。



 1週間としないうちだった。




「国王陛下より、フリードリヒ殿下とミュラー卿に異動の勅命です」




 またヤヤコシイ話が舞い込んできたのは。











         ──雪は死神の顔色をしている 完──











お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりクスッとでもしていただけたら、

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