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戦後処理は物質のみならず

「エルマー・ヨハン・フォン・クレッケル卿に、敬礼!」


 ガシャッとした音がやかましい。

 私の合図で、万を超える人数が剣を抜いたんだからな。仕方ないか。


 抜いた剣を顔の前で構える、いわゆる刀礼。

 その側面に私の顔が映る。


 鏡ほどハッキリとはしていない、ぼんやりした姿。

 なんだか存在が揺らいでいるようにも思えて、指先の感覚が覚束(おぼつか)なくなる。


 昨日は死闘だったものな。

 果たして私は生還したのだったか。


 最近は春の足音。

 北方であるクラウスリッケン城の庭も、全てが雪にはならず、木の枝に朝露が見られる。


 それらと騎士たちの鎧が光を反射して。


 剣の中でキラキラに囲まれる私は、

 命の輝きを主張しているようにも、

 天国を漂っているようにも。



 だが、私は生きているのだ。


 剣の反対側に映っているであろう、クレッケル卿に比べれば。



 (ひつぎ)の中、白十字王国の国旗に包まれて。

 鎧は新調すれど、その内にある穴は塞がっていない。

 塞がるべくもない。


 あれからひと晩経っているが、寒い季節のおかげか異臭はしない。

 だが唯一見えている顔は、うむ。

 色合いに細かい傷。


『ただ眠っているように見える』


 とまでは。


 そんな私たちのあいだに剣を立てていると、


 なんだか生死の境目みたいに思えてくる。


 以前もこんなことを思った気がする。











 昨日の今日、クラウスリッケン城の庭にて葬儀


 ということでお分かりと思うが。


 我々はあのあと即座に撤退。

 コンクカンツァー攻略には取り掛からなかった。


 敵の主力は叩いたのだ。

 やれば奪取はできたと思う。

 さすればクレッケル卿以下戦死者への(はなむけ)にもなったかもな。



 だが口惜しいことに、

 あの場で『鉄鹿』を討ち漏らしたという事実があった。



 ヤツの得意は火薬の製造だ。

 負傷も肋の骨折、多少動くことはできる。


 たとえコンクカンツァーを奪い、守ったとしても。

 城壁を爆破解体されてしまっては(いくさ)にならん。


 そこに遅れている敵の援軍本隊が到着したらば。



 敗れた際に、背後の河で撤退ができない。



 大軍勢の、こと撤退において。

 細い舟橋では退路にカウントできない。


 そうなれば今度こそ、中央騎士団も全滅。

 北方は壊滅するだろう。


 必死に減らした敵勢も、味方がゼロでは防ぎ得ぬ大軍だ。


 また、それは高確率で起きるだろう。


 一騎打ちならともかく。



『軍勢同士の衝突・削り合い』



 にあっては、さすがに『鉄鹿』の方が上。

 私は有利に働く魔法を持ち合わせていない。

 ハルバードで1人1万殺は現実的じゃない。



 という理由をもって、我が白十字軍は撤退を選択した。

 クレッケル卿たちも、ここまで言えば分かってくれよう。


『領地奪還』のご親征はひと区切り、大成功として。

 今回の『遠征』は無念の痛み分け。


 いや、何も奪れず撤退ということは、失敗か。






 だが落ち込んでもいられない。


 うまく行かなかったからこそ、やることがいっぱいなのだ。



 葬儀が終われば即会議。

 後始末とこれからの対策を考えねばならない。


「比較的被害が少ないのは、第三、第四騎士団と思われます。

 同隊のカラーをあしらった鎧の者が多く見掛けられ……」

「雑観では困る。死者は少ないが重傷者は多いパターンもある。


 内訳も大事だ。団長や副官だけ無事でもな。

 一見普通の騎士に見えて、100人隊長、50人隊長……。

 中には細かい指揮官がいる。


 その割合も調べてこい」

「はっ!」


 被害状況の把握からどう補填、再編するかの差配。

 私の苦手な事務(かた)仕事だ。


 数字をまとめた部下が()()()()()()に出入りする。

 会議室のキャパシティ限界まで詰め掛ける。


 いつしかドアは開きっぱなし。

 暖炉が一切効果を発揮しない。


「それで、敵が逆襲に来た場合の備えはいかがいたしましょう」

「何より問題は『鉄鹿』、爆破攻撃だろう。

 気休めかもしれんが、城壁の(きわ)(ほり)を作ろう。

 幸い、すぐ近くが湖や河だ。水源はいくらでもある」

「どの地点から」

「それは担当者で実際に見に行け。地図だけでは分からん。


 土地の古老にも話を聞けよ。

 水手は少し弄っただけで洪水に繋がる。

 単に最短ルートではなく、地質や街並みと条件を合わせろ」


 ふう。

 残った多くが中央騎士団のメンツってのもよくない。


 いろいろ経験が浅いのか、あれもこれも私が考えねばならん。


 中央はエリートじゃないのか。

 現場からの叩き上げはいないのか!


 いや、そんなのいたら前線に出してほしいもんな。


 だから、軍事にズブいのはまだいい。

 騎士としてあり得んが、まだ、まだ、まだいい。


 一番の問題は



「殿下。クレッケル卿の後任ですが。方面軍第一騎士団長をスライドさせる、でよろしいでしょうか」

「あぁ、うん」

「正式には追って中央府より辞令があるでしょうが。それまでの仮を決めておく必要がありますので」

「任せる」


 うーむ。これだ。



 殿下がショックのあまり、無気力になっておられる。



 クレッケル卿に対する自責の念から、ご親征の成果に傷が付いたこと。

 それでチラつくハインリヒ殿下の影や、


『当初の目的を達した時点でやめておけばよかった』


 という後悔。

 とにかく負の感情が混ざりすぎて、脳が動かないようだ。



 やい中央の戦場とは縁遠い上品ども。

 こういうとき殿下と上手に関われるのがオマエらのスキルじゃないのか。


 放置するな。私に世話を焼かせるな。

 そりゃ呪物みたいなオーラ放ってる殿下に関わりたくないのは分かるがな。


 くそっ、目が合ったヤツ全員逃げやがる。

 ドアを閉めて、外からアネッサに抑えさせておくんだった。


 殿下が厄いのか、私の顔が殺意に満ちていたのかは知らんが。

 あれだけ忙しく鮨詰めになっていた会議室が、いつの間にか1対1に。


 ちくしょう卑怯者どもめ。

 次の戦いではキサマらを先鋒隊にして、『鉄鹿』に突っ込ませてやる。


 ……。


 …………。



 気マズい。



 何言ってるかも分からんザワザワも、

『オマエよくそれでやってこれたな』って質問も。

 アレはアレで、あるだけ空気をマシにしていたらしい。


 静かになると沈黙が刺さる。

 暖炉のパチパチ鳴る火だけが全てだ。

『鉄鹿』のあとだと、この音もイヤだな。



 ……うん。

 やはり沈黙はよくないのだ。


 光があるほど影は濃い、なんて言うが。

 光がなけりゃ闇しかないのだ。


 特に今は、クレッケル卿という灯台をひとつ欠いた状態。

 殿下まで、


 というかよりによって、全てのトップたる殿下が暗くなったら。

 全てのトップなんだから全てが暗くなる。当然だ。


 何事においてもそうだが。


 軍隊は特に、うまく行っているときより苦境でこそ明るさが必要だ。


 でなければ心が折れる。

 大抵の人はどんなに機嫌がよくても戦争なんてしたくないのに。

 士気ゼロで何ができる。


 ここで明るく振る舞えば、人によっては


『誰のせいでこうなってんだ』


 と思われもするだろう。


 だが、憎しみすら受け入れる度量が指揮した者の責任であり、



 国王になるならば、聡さに優先される能力だろう。



 というわけで、殿下にはなんとしても立ち直っていただきたいのだが。


「殿下」

「何かな」

「いえ……」


 いやぁ、無理がある。

 殿下の心に火を着けようったって、燃えるものがなけりゃ始まらない。

 湖の中でも着火できるのなんて、アンヌ=マリーくらいだろ。


 となると、外部から何か、殿下の内面を超越したアプローチが必要になるのか。




 ……はぁ。


 仕方ないか。


 とりあえずドアは閉めておこう。

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