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騎士道とは要するに

 ひとつひとつの穴が大きくなかろうと、全身にあっては重傷だ。

 いや、場所によっては1発でも致命傷になる。


 その証明かのように、


「ミュラー卿、よくぞ、来てくれた」

「話すな」


 声が、息遣いが、


 明らかに空気が漏れているときの()()だ。


「安心しろクレッケル卿。私が分かるということは、ちゃんと見えているってことだ。

 意識がハッキリしているってことだ」


 向こうは何も言っていないのに。

 今のは自分に言い聞かせたんだろうか。


「そうとも。その顔を見るまではと、気力を振り絞っていたのだ。

 君が来てくれたなら、安心して部下を任せられる」

「そんな言い方をするな。よくない感じがするだろう」


『よくない感じ』な。


 散々戦場で見てきたし口にしてきたくせに、

 いや、だからこそ。

 具体的な言葉で言えないときがある。


 だが、クレッケル卿が安心したのは事実だろう。


 急に目の焦点が何を見ているのか分からなくなる。

 私の顔を透かして、遠く青空を見ているような。

 それすらも見ていないような。


 もう見えなくてよくなってしまったのだろう。


「くく、がんばった甲斐が、あったな。

 さすがに、妻ではないが、せめて若い女性の、腕に、(いだ)かれる」

「何を言っとるんだ。私ゃ『女熊』とか呼ばれとる女だぞ。

 大体男というヤツは、どうしていらんときばかり詩人になったりカッコ付けるんだ。

 言葉だけでも生きようとせんか」


 あぁ、『言葉だけでも生きる』というのはつまり。


 私がそんなことを言ったからかは分からんが。

 クレッケル卿の表情が変わる。


 ぼんやり顔でジョークを言っていたのが、クワッと力の入ったものへ。


 痛みに堪えかねた、というよりは


『どうしてもこれだけは伝えておかねばならん』


 そういう意思を感じる。


「ミュラー卿、



『鉄鹿』だ」



 それが彼の、家族への想いより、神への祈りより優先された言葉だった。






「ご苦労、クレッケル卿」


 すまんがベッドに寝かせるのはあとだ。

 今は地面

 も()()()()なので、私のマントで我慢してもらう。


 さて、腰を上げて、改めて向きなおる。


「まず何より、手出し無用のこと、感謝する」

「なに、よくあることだ」


 たっぷり10メートル以上は離れた位置。

 1歩も動かず見守っていた、真紅で長身の騎士へ。


「貴殿が『鉄鹿』か」

「いかにも。敵味方問わずそう呼ばれる」


 私はついぞ北方東方で戦っていないので、帝国の軍人には詳しくない。


 だが、ついさっきも、

 いつぞやの軍議のあとも、クレッケル卿から聞いた名前だ。


 だとすればおかしい。


「本当にかね?」

「この身も正体を偽って武器とするほど困ってはいない」

「だが、君は東部戦線で異教徒を相手取っていたと聞く。

 そちらからの援兵は、いまだコンクカンツァーには遠い南と聞くが」


 そう。

 今ここにいるはずのない存在だ。


「はっはっはっはっ!」


 何がおかしい。

 体を()()()にまで曲げて。

 ヒョロ長いまでの体躯でやられると、なんとも動きが薄気味悪い。


「集団の速度はその一番低きに定まる。

 であれば、あなたの見立てどおりの位置にもいよう。


 が。


 この身のみが駿馬(しゅんめ)を駆り、独り急いだなら話も変わろう」


「なるほど。気前よく教えてくれるじゃないか。

 なんだ?


『知ったところで、どうせオマエたちは死ぬのだからな!』


 ってヤツか?」

「否。ただ今この身と戦い散った、そこなる男。

 立派な騎士であった。


 が、この身が勝った。

 あとは


『騎士道精神においては()の者が(まさ)った』


 と言わせぬことのみ」

「爆弾魔にしては行儀がいいのか、はたまた闘争心が強いのか」


 よく分からんヤツだ。

 凄惨な殺し合いをするクセに、なんか哲学的価値観を持ち込むタイプだ。

 私もプライドってもんはあるが、一番理解できん手合いだ。


 だが、理解できんなりに分かることもある。


「アネッサ。手を出すなよ」

「団長!? まさか!」

「つべこべ言うな」

「言います!



 まさか一騎打ちを引き継がれるおつもりですか!?」



「そうとも」


 コイツは援軍を使って自分の現在地を偽造した。

 だからあれほど警戒していたクレッケル卿も、まんまと戦う羽目になったんだろう。

 とんでもない罠であり、



 自分一人行けば勝てるという、絶大な自信だ。



 そして実際に、北方方面軍の多くを討ち取り、

 クレッケル卿をも死に至らしめた。


「連戦を()いるは卑怯、というのであれば。

 この身は一向に構わない」

「ほら、本人がそう言っている」

「そういう問題ではありません」

「アネッサ」


 コイツは疑うべくもなく、大軍略家であり、凶なる戦士だ。



「どのみちどこかで討たねばならん。


 今ここで討つ」



「団長……」


 1歩進むごとに、鎧の上からでも足の裏に、地面の細かい隆起を感じる。


 それはつまり、感覚が鋭敏になってるってことで、


 神経が逆立ち、皮膚が張るほど血流がドクドク走っているってことだ。


 いや、グダグダ迂遠(うえん)な言い回しはよそう。



「クレッケル卿。

 フューガ・ミュラーが(あだ)討ちつかまつる」



 私は今、キレているんだよ。



「しからば、お相手つかまつる」


 なぁ、『鉄鹿』よ。

 恨みはないが、とは言えないが。


 別にオマエも、極悪人ってわけじゃないんだろう。

 命令や使命があって戦ってて、その結果の血まみれなんだろう。


 だが、クレッケル卿も同じだ。


 死ななければならない、死んでなんとも思わない人ではなかった。

 それだけだ。


 それを殺したオマエの罪、とは言わん。


 ただ、オマエが殺したから、私にも殺す権利がある。

 戦争ってそういうモンだ。



 1歩『鉄鹿』へ近付くごとに。

 峡谷の奥へ進むごとに。



 たまらん匂いがする。


 これが火薬というヤツの匂いだろうか。

 なんだか湯治場みたいな。


 あとは、よく知っている、

 人の焼け焦げた匂いだ。



 私が歩く振動は関係あるまいが。


 峡谷の上から雪の塊が落ちてくる。

 きっと爆発の熱と振動で、下が溶けてズレて、地滑りみたいになったんだろう。


 その塊が地面に触れるや否や、

 いまだ孕んだ戦闘の熱で、すぐさま水になって大地に消える。


 きっと例の大爆発の直後なら水蒸気になっていただろう。


 立ち昇る互いの殺意のように。

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