クレッケル卿の大勝負
殿下と別れて10分も経っていないと思う。
現場へ馬を走らせていると、
「団長! 前方より軍勢が!」
こちらへ向かってくる連中がいる。
ここはもう最初の奇襲があったという森。
木々のあいだの小道ゆえに、すれ違いはできない。
そもそも
「旗印は!」
「えーと、金地に白十字! 味方です!」
「ならば北方方面軍か!」
敵であれ味方であれ、スルーという選択肢はないのだが。
ガレキで退路を断たれたとは聞いたが。
なんとか地属性魔法で開通するだけの余裕はあったらしい。
それすらなかったら全滅してるか。
「おおっ! ミュラー卿か!?」
「味方だ! 援軍だ!」
この言葉、今日だけでもう何回聞いたって感じだが。
さすがに実際戦った連中は、声の逼迫具合が違う。
しかし相手は指揮官クラスの会議で何度か見た顔。
こちらとしては、ひと安心。
知っている顔という意味でも、一部人材の無事が確定した意味でも。
だが、
「戦況は!」
「もはや立て直せません! クレッケル卿御自ら殿に立たれ、味方を逃しておられます!」
「なんだと!」
本来なら真っ先に安全を確保すべき総大将が。
つまりは、
「それだけ強敵か。閣下が一命投げうたんとするほどの」
「お恥ずかしながら」
正直クレッケル卿や他の指揮官クラスの、個人の戦闘力は把握していない。
極論一人で100万人殺せる魔法があれば、ここから逆転は可能だ。
だが、それなら味方を先に逃す必要はないわけで。
勝てないから逃しているのだ。
クレッケル卿が一番強かろうが、他により強いヤツがいようが関係ない。
誰がいてもノーチャンスだから逃げていて、
そこに残されるから殿は地獄なのだ。
捨て石。死に番。
かつて私たちが南方でやったときも。
あれだけ兵が絶望し、妹魔法まで使って鼓舞する必要があった。
「大義だった。我々の後方には殿下がいらっしゃる」
「殿下が!?」
「悪いがもうひと働き願おう。救われた命、殿下の護衛に使え。
あとに続いて敗走してくる味方も、そこで立て直すんだ」
「ははっ!」
「ではまたのちほど」
だとしたらだ。
どうせ誰がやっても死ぬならだ。
一番チャンスがあるとか、味方の中で一番強い必要はない。
むしろもったいない。
一番死んでもいいヤツが生け贄になるべきで、
間違っても方面軍指揮官が残るべきではない。
それが分からんクレッケル卿ではあるまい。
なのに残ったというなら、理由はひとつ。
ご自身でなければ、時間稼ぎすらできない。
あっという間に突破され、追い付かれた味方は全滅。
そんな絵図が見えたからだろう。
確かに爆撃で先鋒隊をやられ、数の不利はあるだろう。
だがそれだけで、クレッケル卿でなければ数にもならないと?
「中央騎士団ッ! 急ぐぞ!
もはや一刻の猶予もない!!」
いったいどんな地獄が待ち構えているっていうんだ。
いまだに立ち昇っている煙。
目測ではあるが、その麓にもうすぐ到着する。
話にあった『峡谷』も見えてきた。
嫌な予感がする。
何がよくないって、
音がするし、
しない。
さっきと規模が違うんだろう。
近付くにつれて、短い爆発音が断続的に聞こえてくる。
まだ戦闘が続いている
に違いないのだが。
それ以外の音や、兵士たちの喊声が聞こえない。
戦っているなら、聞こえなければおかしい。
双方合わせて1万を越える人数がいるんだ。
恐怖で声が出んヤツも多かろうが、声を我慢できるヤツばかりでもない。
そもそもこの数で鎧、武器、魔法。無音でやれるものかよ。
まとめると、
『戦闘になっているが戦闘になっていない』
それを成立させる条件はただひとつ。
文字どおり
戦闘として成立しないほど、
一方的な攻撃になっている
ということ。
「捕虜の虐殺現場、なんてのは見せてくれるなよ……!?」
祈りながら峡谷に入り、緩やかなカーブを曲がっていくと
「む?」
味方が、いる。
無事でいる。
拍子抜けなくらい無事でいる。
陣形も崩さず、なぜか棒立ちで。
「な、なんだ? どうしたんだ?」
前衛くらいしか参加しない、大軍でのぶつかり合いならともかく
これが殿の戦闘か?
武器を持っているから、投降しておとなしく並んでいるとかではない。
それなら逃げられないよう包囲されているだろうしな。
私が後ろに来られた時点で、それはない。
ならまだ『戦闘として成立している』戦闘になっているはずで。
お、また爆発音がした。
やっているはずだ。
「あ! ミュラー卿!?」
ええい、もう聞いた方が早い。
「無事で何より! 戦況はどうなっている!」
「はっ!
現在クレッケル卿と敵大将が、一騎打ちの最中であります!」
「一騎打ちだと!?」
殿だけでも危険なのに、そんな大勝負に!?
普通の戦闘であれば、誰かが文字どおり盾となることもできる。
だが、1対1では誤魔化しは効かない。
騎士の華、誉れとはいえ、さすがにそれは
いや、そうか。
むしろ兵士が戦わない、軍団で決着しないからこそ。
どれだけ兵力で劣っていても、クレッケル卿が耐えるかぎり足止めができる。
なんなら逆転の目だってあるだろう。
「通せっ!」
だが敵もそんなことは承知の上。
『売られたケンカは買わねば騎士として生き恥』
とか言い出すヤツでもなければ、まず受けない。
「おい! 一騎打ちはどうなっている! 見えている者はいるか! 道を開けろ!」
だからクレッケル卿自らが殿を買って出たのだ。
さすがに
『方面軍総司令官の首』
ともなれば、向こうとて是が非でも獲りたい。
そう考えたとき、ドサクサで逃げられる可能性のある集団戦より、
勝つときは相手の首でもって終わる、確実な一騎打ちの方がいい。
なるほど、さすがクレッケル卿、策士ではある。
だが当然諸刃の剣だ。
逆に彼が討たれる可能性もある。
いくらすでに大敗し、巻き返すには博打が必要とはいえ。
負けたときの損失は、『痛手』なんてレベルでは済まないだろう。
「無事でいてくれよ!」
兵士たちをかき分け、馬の圧で押し除けながら進む。
距離はそんなでもないのに、妙に長く感じる人の波を越えて、
ようやくポッカリ空いた場所へ出る。
人の壁でできた闘技場のど真ん中。
「かあッ!」
ちょうどクレッケル卿が吹っ飛ばされ、私の足元まで転がってきた。
いかん。受け身が取れていない転がり方だ。
どころか体に力が入っていない。
綿人形か何かのようにグンニャリした跳ね方だ。
「無事か!?」
思わず下馬して抱きかかえると、
「おぉ、ミュラー卿、か」
「クレッケル卿……!」
鎧の全身に小さな穴が空いて、血が流れ出ている。




