不慮と機転と不慮
「では我々は向こう岸に着いたら、周囲のクリアリングに掛かります。
殿下はこちらの報告を待って渡河してください」
「ありがとう」
殿下本人が
『おんぶに抱っこだ』
と悩んでおられたが。
それはそれとしてサポートはさせていただく。
万が一のことがあったら
『斧か縄か選べ』
『まぁ☆ 選択権があるなんて陛下は慈悲深いわ! 素てk』
ってなるからな。
うなじが薄ら寒い。
変なイメージを描いているうちに、北方方面軍の渡河が始まる。
といっても、準備期間が4日とかだ。
1万強とて1回で運べるだけの舟はない。
少しずつ少しずつ、何往復もして兵を進める。
見下ろす港では順番待ちのクレッケル卿が湖を眺めている。
「日が暮れそうですな、殿下」
「ミュラー卿のころには暗くなっているかもしれない。
場合によっては無理せず、明日の朝ゆっくり来てくれ」
「お気遣い感謝します」
結局渡河には、一度クレッケル卿が城へ戻るほど時間が掛かり、
「クラウスリッケン陥落の夜も
『これでお別れだな』
とキメ顔なさっていらしたのに。
今度は『渡る』と言って渡れぬのですか」
「そう言うなミュラー卿。私たちはよくよく離れられない運命なのだろう」
「うっ、アネッサの視線を感じる……」
早朝から始まった北方方面軍の移動は、昼まえにようやく終わった。
「まず方面軍のクリアリングを待って。
それから3倍近い数の中央騎士団が渡る」
「冬の日は短いし、絶対明るいうちには間に合わないね」
昼食を終えて。
今隣にいるのはアネッサ。
殿下は後世に残るシーンにエピソードを足すため、
『常に兵士たちとともにある』
と城壁から港へ降りられた。
「なんなら私たちは、ここの守備隊に残ってもいいがな」
「手柄はじゅうぶんだもんね。あとは楽な方がいいよ」
なんなら中央所属の今、手柄立ててもロクなことにならんし(主に政治的な意味で)。
それにしても私たち、聞き咎める人がいなきゃ言いたい放題だな。
懲罰モノの敢闘精神欠如だ。
などとボンヤリ、まず脳自体機能していない感じで待機していると、
「ん?」
「どうしたの? あら」
城壁の上では港の会話は聞こえない。
人もアリみたいなもんだ。
だが、それでも分かるくらい、
「フューちゃん」
「うむ」
「なんか、慌ただしくない?」
兵士たちの動きが素早く、しかしワチャワチャしはじめた。
かと思えば、
「あ、中央軍の第一便が行くよ」
「うむ、ってあれ、
殿下じゃないか?」
「えっ」
「あの白いマント」
「あらホント」
岸を離れはじめた舟の、1隻定員10名弱のなかに、
すでに殿下がいらっしゃる。
「急ぎすぎじゃないのか」
第二陣の指揮官なんだ。
最後までこっちに残って、兵を順次送り出す差配をするべきだが。
ノンプロな殿下からすれば、指揮官率先が華々しく見えるか。
で、訴求したい層もノンプロだしな。
下手に軍隊的正しさは追求しない方がいいかもな。
「さて、なんだかんだケツ持ちしてやるか」
「フューちゃんって他人の後処理ばっかりしてるね」
「人を『人気はないけど社会に必要なインフラ業』みたいに」
「給料安いヤツだ」
実際こっちは命商品にしてるんだ。
いくら貰っても高すぎってこたないと思うぞ。
だとしたら、殿下が残した兵のマネジメントは給料相応か。
港の方へ降りようと階段へ向かうと、
「ミュラー閣下!!」
逆に駆け上がってきた騎士に足止めされる。
「なんだ。どうした」
聞いてはいるが、大体察しはつく。
我々が今とっている行動。
懸念されていた事項。
肩で息をするほど急いで来た伝令。
「敵か」
「御意!
北方方面軍クレッケル卿より連絡!
上陸地点より北西へ進んだ平地で敵奇襲部隊に遭遇!
現在交戦中とのこと!」
「来たか!」
とりあえず続きは降りながら聞こう。
「数はお味方の方が若干有利とのこと。
しかし奇襲により混戦状態です!」
「殿下は」
「『ただちに援軍が必要である』
『私が指揮を執る』
とおっしゃられまして!」
そりゃそうだ。
兵隊だけ送っても動けんからな。
だがな殿下。
各騎士団長に任せればよかったと思うぞ。
やはり武功を急ぎすぎだ。
1回に渡れる兵の数は1,000もいないんだ。
たいした増援にはならないし、ただ危険だ。
「くそっ」
港まで降りると、残された兵士たちがオロオロ突っ立っている。
「ミュラー卿!」
各騎士団長がこっちへ走ってくる。
第一がいないから、殿下と一緒に行ったらしい。
「お止めしたのだが」
「言っても仕方ない。とにかく今は、渡河しきることを考えねば」
「しかし舟は出払っている。戻ってくるのを待たねば」
「それに、そこからまたチマチマ運んでいたのでは間に合いませんわ!」
「ふむ」
おそらく殿下は上陸してすぐ北方方面軍へ加勢に向かうだろう。
少しでも早く、多く追い付いて、御身の周囲を堅めねば。
「第二騎士団はまだ借りられる舟がないか、付近を周ってくれ」
「はっ!」
「アネッサ、地図を」
「はいっ!」
借りられる船も多くはないだろうし、焼け石に水だ。
できれば何かこう、もっと根本的な。
「……ほう」
「団長?」
「第三騎士団。私とアネッサに馬を貸してくれ」
「はっ!」
「第四騎士団はここに残って、帰ってきた舟と第二騎士団を待機させておけ。
第五騎士団は着いてこい」
「どちらへ?」
「ここだ」
地図の上。
指差したのは、ほんの少し北西に上ったあたり。
馬で5分。
あっという間の距離にポイントはあった。
「うむ、これなら行けるぞ」
「団長? いったい何が」
「アネッサ。港へ伝令。
舟は全てこちらのポイントに来させろ。
あと城に戻って、ありったけの縄と板材を持ってこい。
行け!」
「はいっ!」
アネッサがトンボ返りに飛び出すや否や、第五騎士団長が1歩前に来る。
「ここに舟を!? お気は確かですか!?」
なんだ、失礼なヤツだな。
私の倍くらいの年齢のオッサンだからって。
「もちろんだ。ここは港より対岸との距離が短い」
「しかし接岸できる範囲が2、3艘分の幅しかありません!
港でもあれだけ時間が掛かったのに、さらに回転率を落としては!」
「それだけの幅があればじゅうぶんだ」
「は?」
さっきも言ったがな。
私は根本的な発想の転換をしたんだよ。
……言ってなかったな。
まぁいい。
「回転率などいらん。
舟橋を架ける」
「なんと!」
舟橋ってのは文字通り、舟を並べて即席の橋にしたものだ。
縄で繋いで上に平らな板を敷けば、なかなか安定して渡れる地面になる。
「この距離なら舟の数が足りる!
なら馬で駆け抜けた方が速い!
ただし、繋ぐのに時間が掛かっては台無しだ!
材料が届いたらテキパキやれよ!
一気に殿下に追い付くぞ!」
騎士たちの尽力により、舟橋作戦はうまく行った。
『明るいうちに渡り切れるのか、』
と言われていたペースが全然間に合いそうだ。
ベストは尽くせただろう。
だがこれはスタートラインにすぎない。
まとまった数を渡せたなら、殿下と北方方面軍に加勢するのが本番だ。
「さて騎士たちよ! 遅れた分を取り戻すぞ!」
味方を鼓舞するべく、馬上でハルバードを突き上げる。
返ってくるのは当然、味方の木々を揺らすような雄叫び
ではなく
「うわっ!?」
一瞬、何が起こったか分からなかった。
私は思わず首をすくめたし、驚きのあまり落馬したヤツもいる。
馬自体もパニックを起こしているヤツがいる。
そう。返ってきたのは、それほど凄まじい、
人生で聞いたことも感じたこともない、
大地を揺るがす破裂音と振動だった。




