兵は神速急ぐべし
味方が城門を突破した際、私は一度殿下の本陣まで参上した。
ヴァイスフレンデンは城の周囲に街があり、それをまた城壁で囲んでいる。
いわゆる城塞都市というヤツだ。
今回は外周の城壁を攻略したにすぎない。
なのでこのあと市街地戦があって、そこからもう一度攻城戦になる。
市街地戦はまた、木が家になっただけのゲリラ戦を展開されやすい。
が、今回は敵にも守るべき城、あと1歩退ける余地がある。
ここで全滅するまでレベルの抵抗はされないだろう。
というわけで諸将は副官に指揮を委任し、
『攻城戦における部隊配置』
『指揮所に間借りする街の建物はどれがベストか』
を話し合いに集まったのだ。
「やはり正門が最も激しい抵抗を受けると思われる。ここは北方方面軍にお任せいただきたい」
「いやいや、貴公らはご親征まえからの兵力の消耗がある。我々中央軍第一騎士団が誇りに懸けて」
「ウチの騎士団負傷者が多いから、北西は勘弁してほしいわ。
城壁の線が凹んでるし、突っ込んだら左右から撃たれる」
「こちらの方が複数の大通りに面していて、伝令が行きやすい」
「いや、そこは家の陰伝いに敵兵が奇襲しやすい。もし城内に引き上げたと見せてゲリラが潜伏していたら」
「いやいや、そもそも卿らの案はどれも街の中心すぎる。
これではいざというとき殿下が逃げ遅れる」
「いっそ城壁の上の番所でどうだ。何より全体を俯瞰できる高さが一番よ」
などと意見が飛び交うのを、私は黙って見ていた。
どう考えても最近成り上がった私より、クレッケル卿とかの方が詳しいからな。
そのクレッケル卿自身が、意見を出さずに見守っているのだが。
で、殿下は勉強熱心にメモを取っておられる。
そんなタイミングだった。
「申し上げます!」
伝令が飛び込んできたのは。
「何かな?」
正直半分はすでに勝って折り返しの戦い。
最悪指揮所はどこでも大差ない。
そんな議題だからか。
伝令の必死な顔を見てなお、殿下の返事は緩かった。
「帝国内にて動きあり!
『東方よりこちらへ向かって移動する主力部隊あり』
とのこと!」
「なに……?」
ちゃんと議題より聞き捨てならない報告が出るまでは。
「信頼できる貿易商人筋からの情報です! 確実です!」
「うむむ……」
「普段の倍額の情報料を要求されました!! 確実です!!」
「なんちゅう裏付けだ」
そんなもん、強欲なヤツはニセ情報でも金せびるぞ
というのはさておき。
「その主力部隊ってのは、今どこにいるんだ」
単純に援軍ってだけなら、実は今更だったりする。
向こうからすりゃ、方面軍が壊滅したんだ。
奪った領土を奪還されるどころか、敵の逆侵攻に対する抵抗もできない。
当然主力部隊級でなくとも、近隣からかき集めたのが到着しつつある。
まだ脅威的な数ではないから騒がないだけだ。
「はっ! 帝国東部戦線から進発、ヴァーム手前とのこと!」
帝国の地名を言われてもパッと出てこない。
「誰か地図を」
「はっ」
だが北方が長い諸将でもピンと来ていない顔だ。
となると、
「ふむ。だいぶ遠いな」
帝国の内側の方。
今回初めて逆侵攻なるかという我々には、縁もゆかりも知るべくもない位置だ。
それはいいとして問題は
「これではどっちに来るのか分からん」
帝国領は白十字の北から東に面している。
つまり、やり合っているのは北方戦線だけではないのだ。
そのうえ、白十字王国の国土は東西に広い横長の形。
北東の現在地とは距離があまり変わらない。
「クレッケル卿。ヴァームからこちらへの道は」
「大通りを通ると仮定して。地図を見るかぎりでは、寸前まで東方に向かうのと同じだろうな」
「ふむ」
やはり予断は許さないか。
ただ、
「どのみち、北方へ到着するにはまだ月単位掛かる距離だろう。
で、敵の陣容が整うまえに叩き尽くす。
これはかねてからの方針だ。
私たちのやることは何も変わらない」
「うむ」
クレッケル卿も同感らしい。
深く頷く。
「いるはずの敵を『いない』と報告されているならともかく。
来るなら備える、来ないなら僥倖、それだけだ」
さすがに冷静でいらっしゃる。
素晴らしい。モミアゲの10倍……
0に何掛けても0か。
「殿下、ミュラー卿。むしろ喜びましょう。
我々は今まで漠然と
『敵の備えができないうちにクラウスリッケンまで奪還する』
と決めていた。
が、このたび逆に
『東方からの援軍が到着するまえに』
というリミットができた。
むしろ気が締まり、やりやすいものです」
敵に援軍が来るなら、こちらは力強い言葉が心の支え。
殿下もゆっくり頷く。
「クレッケル卿の言やよし!
では手始めに諸将には、街戦を3日で退けると期待する!」
「「「「「はっ!」」」」」
「では早速掛かってくれ。指揮所など、あとからいくらでも決められる」
「御意」
ひょんなことで会議は打ち切り。
なんなら
『こんなにいらないぞ』
って数の指揮官たちが前線へ向かう。
たまたま歩調が合ったのはクレッケル卿か。
ちょうどいい。
「クレッケル卿」
「どうしたミュラー卿」
「お聞きしたいこと、というか所見を伺いたいことがありまして」
「なんだね」
うむ、頼りになる。
すばらしい相談相手だ。
声がものすごく低いから、そこが気になる点を除けば。
「今回の援軍は東方、しかもヴィームより向こうから来るという」
「聞けば連中の東部戦線は、公国連合付近まで拡大しているというな」
「普通はわざわざ、そんな遠いところから呼ばないだろう」
「手遅れになりかねんしな」
「こちらへ援軍を送るなら北方で集めればいい。
わざわざ東の端から西の端へ、国土を横断してなど……。
目的地は別なのでは?」
決して楽観視したくて言ってるんじゃない。
状況を正確に捉えておきたいだけだ。
「ふむ」
クレッケル卿はこの反応。
目線を下げて、即座に否定も肯定もしない。
つまり、喉に引っ掛かる要素があるってことだ。
「まぁ、普通ならそうなのだが」
「何か普通でないことが」
「うむ」
クレッケル卿と目が合う。
……彼の顔が強張っているのを、初めて見た気がする。
「今回我々は、北方にて近年耳にしない大勝利を上げたしな。
また君の南方西方での武名も、あの帝国のことだ。
一騎当千の英雄、知るところだろう」
「つまり?」
「つまり」
クレッケル卿は厳かに答える。
畏れ多いような、子どもが幽霊について言及するのを忌避するような。
「数万の援兵より、
ただ『鉄鹿』1人を求めて呼んだなら。
東より来させる意味もあるだろう」
「『鉄鹿』……」
その後、市街戦は予定どおり3日で終わり、
ヴァイスフレンデンはさらに2週間を経て陥落した。




