一撃必殺
「遅かったな。何度白湯を沸かしなおしたと思っている」
低山だが冬の登山だ。
盆地側から敵勢が見えるのには、思った以上に時間が掛かった。
焦ることなかったな。
だが見えてからの展開は早い。
騎兵隊が一気に斜面を駆け降りてくる。
森や登山で持て余してたスピードを、一気に発散させるみたいだな。
冬枯れの山はよく見える。
「閣下! 来ます!」
「うむ」
敵の動きは計画どおり。
だがまだ笑うな。
我々も計画どおりに動いて、初めて成立するのだから。
「後方への撤退を開始しろ! 殿は敵が射程に入ったら、弓や魔法で牽制しろ!」
まともにぶつかって、被害を出すのだけは避けねばならない。
あまりあっさり退いては相手も怪しむかもしれんが。
坂を下りはじめた集団は、そう簡単に止まりはしない。
「いいか、射程は敵方が長い! 応射はするが、安全第一だぞ!」
ここで焦って数を減らす必要はない。
なんなら一目散に逃げたっていいくらいだ。
あんまり背中丸出しでも危ないからってだけで。
だから私も殿の部隊に加わっているわけで。
普通指揮官は安全なところにいるものを。
オマエらのケツ持ちでいてやってるんだぞ? 感謝しろ。
え? 『女熊』はいつも勝手に前に出るだろ、って?
ははは!
「司令官どの!」
「喚くな喚くな。そんな暇があったら走れ。
人生最後の言葉が私の名前になるぞ。
死ぬなら恋人かママにしろ」
「ママ!」
「オマエなぁ」
死ぬ気でやれとはよく言うが、生きて帰るつもりでいてくれ。
だがコイツらは中央でかき集めた兵士だ。
王城警護だったり、前線に呼ばれることはない治安維持隊だったり。
エノレー盆地は谷間か窪地かというほど狭い。
山との距離が近いから、敵が見えた時点で目と鼻の先。
それが逆落としに掛かってくるとなると、頭上から降ってくるに等しい。
ここまで前衛を北方方面軍に任せ、
森を抜けるときも囮をやってもらったんだ。
コイツらはここがほぼ初陣。
初めて向かってくる敵を見たんだな。
ビビるのも仕方ないか。
「策を立ててよかった。いつものノリで指揮をしていたら、普通に力負けしてたかもしれん」
戦争素人は殿下だけではないらしい。
大軍勢であることより、こっちのコントロールが難しい気がしてきた。
第四騎士団、優秀だったんだな。
いや、モミアゲやザウパーですらも。
んなことを言っているうちに。
敵は平地へ殺到、
「司令官どの! 味方の先頭が山を登りはじめています!」
「よしよしよし」
あんまりワザとらしく退くと、罠を警戒される。
そんな懸念は、味方迫真の逃げ腰っぷりで杞憂に終わった。
別の憂いは出たがな。
「司令官どの!」
「いや、まだだ。今やったら私たちまで巻き込まれるぞ」
「しかし!」
「敵先頭集団くらいは引き付けてもいい。
一発勝負はタイミングが重要だ。中団をたっぷりいただく」
かく言う私も、思わず右手の山を見る。
今は旗の一本も立たず、じっと存在を消してはいるが。
そこにいるはずのアネッサも、うずうずしながら見ているのだろうか。
と、
「司令官どの! 矢です! 矢が飛んできました!」
「オマエ最初に『司令官どの!』って付けんと会話できないのか。
必ず『すいません』から入る体育会系の後輩か」
「そんなことより矢が!」
そうだな。集中せんとな。
計画どおり動いている最中に気を抜く。
最も負けに繋がるパターンだ。
「安心しろ。盾の裏にいればまず当たらん。魔法の間合いにだけ入らんよう急げ」
「ですが、危険ですから司令官どのだけでも後方に!」
ほう、気遣ってくれるのか。
見直したぞ。
「問題ない。向こうも行進間射撃だ。狙撃されることはほぼない」
「ほぼ!?」
これは油断じゃないぞ。
私がどっしりあることで、今にも崩壊しそうな集団をまとめているのだ。
「オマエも私の背中を学べば、立派な指揮官になれる」
「先に死んでしまいます!」
敵より味方に対応してばかりだな。
森を抜けるときの緊張感がウソみたいだ。
さっき自らを戒めたところなのに。
だがそんなのでも、案外時間が早く過ぎるくらいには集中していたらしい。
「司令官どの! 坂です! そろそろ!」
「うむ!」
私たち殿もついに山手へ。
「敵は……」
その大部分が今平地にある。
よし。
これ以上は登りで退却スピードも落ちるしな。
「頃合いか。伝令!」
「はっ!」
「合図の旗を揚げろ!」
「承知しました!」
待ちに待った瞬間だ。
どの行動より迅速に、
普段使っているものより大きい青旗が掲げられると、
「応えろ、アネッサ!」
左右の山から、大きな赤旗が振られる。
「来るぞ。備えろ」
「何に」
「何ってこともないが」
1分もしない。
ある者は地震かと思っただろう。
ある者は大量の騎兵が横槍に来たかと思っただろう。
だが違う。
左右の山から、轟音と振動を纏って襲い来るのは、
「雪崩だ! 洪水だ!」
帝国軍から、誰とも知らん叫びが聞こえる。
同じゲイル語だからよく分かる。
言葉が通じるっていいな。
「恨むなよ。これも戦争だ」
そりゃひと思いにやるのが慈悲ってのは分かるがな。
『ひと思いは人想い』なんて誰かが言ってた。
「すまんな。我々はあまり被害を出したり、ぶつかって負けるリスクを取れないのでな。
雪に戦ってもらうことにした」
昨晩のうちから
山上で雪を集め、
地属性魔法で堰を作って溜め、
火属性魔法でドロドロにしておいた人工雪崩、人工洪水だ。
万を超える人数で拵えたんだからな。
真っ白な殺意が、
いや、人の戦など知らぬ、無慈悲無差別な自然が、敵兵を飲み込んでいく。
初陣連中にはショッキングな光景かもしれん。
だが血も出ないし死体も見ない。悲鳴もかき消されてまだマシな方だ。
やがて、振動が全て収まると、
一面何もなかったように、静かになってしまった。
敵も味方も、一瞬の出来事に呆然としている。
なんなら私だって、分かっていても引くくらいのインパクトだったさ。
だが軍人は切り替えの早さが命を分ける仕事でもある。
「騎士団傾注! ボーッとしている暇はないぞ!
たとえ勝敗は決しようと、眼前に敵のあるかぎり!
戦え! 武器を振るえ!」
ここまで言えば味方も意識を取り戻し、
何より敵方が状況を理解した。
中軍は雪に飲まれ、前後で分断された敵軍。
わずかに残ったばかりの後方は即座に撤退。
前衛と救助された生存者はことごとく降伏し、捕虜となった。
捕虜の武装解除も終えて、冬の早めの夕方に差し掛かるころ。
私は改めて宣言した。
「我々の大勝利だ!!」
と。




