作戦開始
さて。
夜襲も気になるが、同じくらい陣を敷いている最中も狙われやすい。
寝ているのも建設作業中も、
『臨戦状態じゃない』
という意味じゃ大差ないからな。
それは誰しもが分かっているから、テキパキ作業を進め
8割がた完成してきたところ。
「だ、だ、だ、団長!」
一人の騎士が高台から、息を切らして走ってきた。
前述のように狙われやすいから配置した、見張り担当だろう。
「どうした」
「大変です!
北方方面軍が、こちらではなく、アルゼウ方面へ撤退していきます!」
あぁ、そのことか。
そういや作戦を説明してないから、コイツらあとで合流すると思ってたんだな。
「気にするな。織り込み済みだ」
「えっ!?」
なんだ。ザワザワしてきたな。
みんな聞き耳を立てていたらしい。
目の前の一人を落ち着かせるための言葉だったが。
あまり多い人数に聞かれては、指揮官からの公式見解になってしまう。
あまり迂闊なことは言えんか。
いや、あるいは、
はっきり伝えてしまうか。
この際だ。
「いいか、諸君! 聞いてのとおり、北方方面軍はこちらには来ない!」
視界に映る全員には聞こえる程度に声を張る。
「殿下はアルゼウに残られ、全体の俯瞰及びギュンタークルツ入り口の防衛をなさっておられる。
北方方面軍も陽動の任務を終え、そちらの補強に付く。
つまり」
言ってしまえ。
「明日、鉄血軍とは、我々のみで当たる」
ザワめきはますます大きくなり、怒号や悲鳴に近くなってくる。
「なぜそのようなことに!?」
「敵勢は3万! 我々だけでは2万5,000! 普通に全軍で当たれば勝てるところを!」
「『絶対に負けが付いてはならない』と言っていたのに!」
「いくらなんでも、180度話が変わっている!」
ふむ。これ以上『私を信じろ』で宥めるのは無茶か。
それに、策が練れていようが、本番で再現できなければ無意味だしな。
知り、咀嚼し、理解し、反芻し、脳に定着させる。
その時間が必要という意味でも、ここらで種明かしするべきだな。
「では説明しよう。団長クラスは私のテントに集まってくれ」
テントなんか屋外と変わらん!
とはよく言うが。
冬の、風の強い晩なんかは恩恵を大きく感じる。
吹雪にでもなればさらなり。
猛吹雪になると一周まわって意味がない。
てのは置いといて。
「……多いな」
「2万5,000の軍勢、第四騎士団と同じ
『500に団長1人』
で計算したら、50人いるからね」
指揮官のテントが広いったって、ダンスフロアじゃないんだ。
さすがにミッチミチになってしまう。
誰かが蝋燭にマントを引っ掛けたら大惨事だ。
アネッサも若干引いている。
仕方ないんだよ。
急に出世したから規模感が分からないんだ。
だが泣き言を見せてはいけない。
ただでさえ不安になっている彼らが、さらに
『コイツ大丈夫か?』
となってしまう。
落ち着いて、飾り気なく懐を大きく見せねば。
「さて、では説明に入るとしよう」
ギチギチで狭そうに蠢いていた集団がピリッと固まる。
「諸君らの
『自ら負け筋を増やしているのではないか』
という疑問、もっともだ。
なぜなら今回の作戦は、敵を引き込むのが目的だからな」
「それはつまり」
正面に立つ第一騎士団団長が、代表して相槌を入れる。
「うむ。向こうから突っ込んできてもらう必要がある。
なので敵には『勝てる』と思われなければならん。
そのためわざわざ劣る人数でエノレーに布陣したのだ」
数秒ザワついたあと、今度は第二騎士団長が手を挙げる。
めずらしい。女騎士だ。
「どうした」
「果たして敵はこちらへ来るでしょうか。
敵が目指しているのは西です。
そしてアルゼウで待ち受けるのは殿下の勢5,000と北方方面軍。
我々より少ない数です。
であれば、進路上にないこちらを無視。
そのままギュンタークルツ攻略へ向かわれてしまうのでは」
「心配はない。そのときは背後を突くだけだ。
向こうもそれは承知しているだろう。
だから安全を固める意味でも、
せっかく分散してくれたのを各個撃破する意味でも、
必ずこちらへ先に来る」
今度は第六騎士団長。
「ということはです、閣下。
エノレーは盆地。
ここに引き込んで討つということは、おそらく
『敵を低地に入れて、我々は山上より襲い掛かる』
ということでしょう」
「間違いはないな」
「確かに奇襲攻撃は有用であり、ときに数の劣勢を覆します。
しかし結局は強壮な帝国兵に、劣った数で挑むことになる。
勝つ負けるもそうですが、
『殿下が御ため、なるべく被害を出さないよう戦う』
これについては、いかがお考えでしょうか」
「うむ」
もっともだ。
そこが一番の問題だよな。
指揮官連中もずっと頭を悩ませていたポイントなわけで。
だからこそ、そこがクリアされていない策など通るはずがない。
「安心しろ。
心強い味方がいる」
その後、我が陣に使者が来た。
北方方面軍の所属で、退却時に隊を離れ、わざわざ伝令に来てくれたのだ。
報告に曰く、
『陽動と牽制に徹したため、当方の被害軽微。
ご存分、果たされたし』
とのこと。
「ありがたい。感謝する」
さて、あとは私が決めるだけだ。
翌朝。
思いっきり炊事の煙を焚いて、山にも旗を立ててアピールしまくっていると、
昼すぎ。
今度は普通に昼食の準備をしているところへ、
「閣下!」
伝令が息を切らし、テントに転がり込んでくる。
「来たか」
「来ました!」
読みどおり、帝国軍の攻勢がやってきた。
「距離は」
「すでに盆地の麓まで来ています!」
「ふむ。森に紛れられるのは仕方ないか」
テントを出れば、すでに全員手を止めてこっちを見ている。
伝令の様子で大体察しているんだろう。
ならば前置きはいらない。
指示を的確に、迅速に。
「総員配置に着け!
そこの湯を沸かしている2人は山上の部隊に旗を振れ!」
「「はっ!」」
まだ相手が登山をして、なだれ込んでくるまでの時間があるだろう。
スープでも作るつもりだったのか、湯が沸いていて椀がある。
「1杯失敬」
声がよく通るように、喉を潤しておかねばならんからな。
さて、テントに戻ってハルバードを回収して。
また出て山の方を見ると、木々の隙間から赤い旗が振られるのが見える。
別働隊を任せたアネッサからの合図だ。
『準備はよろしく候』
右手はOK。
左手の山も
赤旗。
正面の山からは、いまだ敵の気配もしないが、
「では、やるか」




