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命を背負うマラソン

「団長!」

「うむ」


 クレッケル卿たち北方方面軍を見送って、1時間近く経ったと思う。


 極寒の中震えて待っていると、



 ついに森から喚声(かんせい)が響きはじめた。



 ついに始まったらしい。


 馬の手綱を強く引き、腹を蹴り、一瞬だけ後ろ脚2本立ちにさせる。

 派手な動きで注目を集めて、



「全軍! これより我々も森へと突入! 一路(いちろ)エノレー盆地を目指す!」



 全員の緊張した視線が刺さる。

 不安だろうな。分かるぞ。


 だが、今はまだ作戦を説明することもできない。



「いいか! 脇目も振らず、真っ直ぐ私に続け!

 財布を落とそうが娘からの手紙を落とそうが、命を落とさぬかぎり振り返るな!


 北方方面軍は我々がエノレーへ到達するための囮を担っている!

 つまり私たちが移動を完遂しないかぎり、彼らは退くことができない!


 敵のフィールドの中、1万余りの軍勢で、3万の敵を相手に、だ!



 分かるな!?

 味方を救うためにも、1分1秒でも早く前へ進め!」



 そんな時間はないし、

 下手に捕虜になるヤツが出て、作戦がバレてもパーだからな。


 しかしまぁ、


 いい目だ。


 さすがに味方の命と漢気(おとこぎ)が込められていると知れば、そうもなるか。

 いいぞ。

 今オマエらは、エリートも一般徴用も等しく『騎士』だ。



「続けぇ!!」






 真っ直ぐ、真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐ。

 エノレーは遠くないが、特に何があるでもない盆地だ。


 道は舗装されていない。

 馬がいつ木の根に足を引っ掛けるか、気が気でない。


「団長! あまり急いでも後続が着いてこれません!」


 一応私も駿馬(しゅんめ)をもらっているからな。

 本気で飛ばせば、並走できるのは同じく優駿を駆るアネッサくらい。


「構わん。団体旅行客じゃないんだ。みんな揃ってゴールする必要はない」

「でも、集団がまとまってないと、奇襲が来たときに」

「北方方面軍が私たちに命を賭けたんだ! オマエも横腹くらい賭けろ!」

「そうは言うけど!」


 実際、指揮官が血気に支配されるのはよくない。

 リスクを感情論で投げ捨てるのは感心できんことだ。


 何より、



『オオオオーッ!』

『ワァァーッ!』



 戦場の、言語という枠すら逸脱した咆吼が聞こえてくる。


 クレッケル卿も我々が進みやすいよう、離れたルートを通ったはずだ。

 それでも声が響いている。

 木々のあいだをこだましてくる。


「ゲッホゲッホ!」

「大丈夫かアネッサ」

「焦げ臭い」


 目に見えて黒い煙が流れてくるわけではない。

 しかし確かな匂いがある。


 誰かが火属性魔法でも使ったんだろう。

 この季節、乾燥しているが雪も豊富。

 森林火災にはなるまいが、


「……イヤな匂いだ」

「でもよく知ってる匂いだね」


 風に木材とは違う何かが焼ける、生々しいニュアンスが混じっている。



 本来なら忌避するべき要素に満ちている。

 しかし無視もできなければ深刻に受け止めるのも許されんのが戦場。


 ならば別の感情に変えてしまうしかない。


 後続も、馬の脚も、横腹を突かれる不安も、


「ぶっ」

「団長!?」


 道に迫り出した木の枝に、顔面から突っ込んでも。



「進め進め進め!!」



 全てを塗り潰す切迫感にしてしまうしかない。



「きゃああ!」


 今度は風魔法か。

 強風が雪まで纏って吹き(すさ)ぶ。


 アネッサが落馬手前になるのが横目に見えたかと思えば、


「わあああっ!?」


 後続から声がする。



 風に乗って、流れ矢が飛んできたのだ。



 ナルデーニを思い出すな!


「団長! もしや!」

「いや、偶然だ。狙っているならもっと本数が多い。

 そもそも木で斜線が阻まれるんだ。お互いの姿が見えない距離からは撃たん」

「そっか」


 まぁアネッサ一人を安心させても、全体に教えてやらねば意味はないのだが。

 でもそんな余裕はないし、


「フューちゃん!」

「むっ!」


 立ち枯れていたんだろう。

 風で巨木が腐った部分から折れ、道を塞ぐように倒れてくる。


 まったく次から次へと!

 だがスピードを緩める暇も惜しい。

 馬が臆病な生き物であることは知っているが、


「よろしく頼むぞ。


 ハイヤッ!」



 一気に突っ込む!



 下をくぐるのは間に合わない。

 木の直径は1メートルもあるまい。

 なら、


「ハッ!」


 逆に飛び越える!

 着地先も柔らかな雪のみで、引っかかることはなかった。


「よぉし上手だ。偉いぞ。だがもう少し走ってくれ」


 馬の首筋を撫でてやると汗でベットリだ。

 こんなに寒いのにな。


 アネッサは追い付いてこない。

 さすがに木を迂回したんだろう。


 正直馬の脚を引っ掛けて折るより100倍賢い。

 いつもは脳死で私に着いてくるアイツも、必死に頭を働かせて戦っている。


 私も、馬も。


 2万5,000の部下たちも。


 北方方面軍も。


 そして神聖鉄血帝国軍も。



 みんな必死で戦っている。











「狼煙を上げろ! 狼煙だ! 早くしろ!」



 結局私たちがエノレー盆地に到着し合図を送ったのは、太陽が西へ向かうころ。

 夕方になる手前ってところだ。


 いち早く北方方面軍を撤退させるのも大事だし、空が暗くなると狼煙が見えなくなる。


「狼煙を上げれば、我々の位置が敵にバレるのでは?」

「それは一向にかまわん。それより各騎士団長は急いで陣を作らせろ。

 味方が退いたらこちらへ来るかもしれんぞ。


 それに夜となったら作業も遅れる。寒くなる。

 丸腰で極寒と夜襲に備える気か?」


「「「はっ!」」」



 すぐさま狼煙の煙が上げられる。


 同じ地上の北方方面軍へ向けてのものだが、

 なんだか天へ祈りが届くよう、願って手を伸ばすようにも見える。


「ふん、この私がな」


 なんてメルヘンな。

 それだけ味方に心打たれたということか。


 北方方面軍が今どのあたりにいるのかは分からない。

 盆地にいるので戦の痕跡も見えない。


 だから私は、狼煙に向かって祈る。

 煙に込めれば、それを彼らが見られるかもしれないから。



「ご苦労さまでした」

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