ちゃぶ台返し
翌朝。
私は木箱の上に立つ。
簡易的なお立ち台だ。
売れない酒場の流しみたいで、雪原の寒さが倍沁みる。
集まる視線も今までとは段違い。
最大で500だったところ、
「勇敢なる白十字王国の騎士たちよ!」
自陣狭しと2万5,000の兵がひしめいている。
中央からの軍勢3万。
そのうち殿下護衛の旗本衆5,000を割いて、残りは私の指揮下ってわけだ。
第四騎士団から何倍になったんだよ。
視線の突き刺さり方が尋常じゃない。
一段下にいるアネッサも、背筋が伸びているというか硬直している。
だが、やることはやらねばならんし、
やることは変わらない。
さっさと済ませてしまおう。
私も寒くて硬直どころか凍結しそうだ。
「これより我々はアルゼウを進発!
エノレー盆地に布陣する!」
平原に、風が森を揺らすようなザワめきが広がる。
そりゃそうだよな。
アルゼウ布陣にあたっては、
『ここで敵勢を待ち受ける』
『森は敵のフィールドとなっているだろうから、挑発されても乗り込むな』
なんて説明されていたんだから。
で、エノレー盆地というのが、
敵のいるミッターシュナウザーから南、人の住まぬ小規模な盆地だ。
つまり
「なになに、騎士たち?
『話が違う』?
『エノレーへ行くには、2択で排除したテュニカを通らなければならない』?
『森がキリングゾーンと言ったのは団長じゃないか』?
『入るのは勘弁してもらいたい』?
分かる、分かるぞ。
諸君らの気持ちはよぉく分かる」
このリアクションは想定済みだ。
何せ、昨晩の軍議で提案したときも
「正気かミュラー卿!?」
「先日『アルゼウにて防衛』と方針を決め、現に布陣したところではないか!」
「それを打って出ると!?」
「諸将が勝利に最善と同心した判断、覆すだけの根拠はあるのか?」
なんなら部下より追及を受けたからな。
むしろ彼らの職務的に、してもらわなきゃ困るんだが。
「いかにも」
「まさか、先日のアレに世を儚んで?」
「早まるなミュラー卿」
「生きてりゃいいことあるって」
「やかましいわ!」
くそっ! 妹属性魔法め!
まともに軍議も成立させんとは!
なんたる呪いだ!
しかも言及されるってことは、周囲もしっかり覚えてるってことだ!
それを今脳裏に浮かべているということであるからして!
ババア殺す!
それは今後の楽しみに取っておくとして。
そこへたどり着くには、まずこの戦に勝たねばならん。
「とりあえず聞いてくれ。何も私とて、
『寝て起きたら気が変わった』
みたいなレベルで話しているのではない。
ちゃんとした策があって提案申し上げている。
ひと通り聞いたうえで、是非を判断していただきたい」
で、今私が部下に話しているということは、
「だがこの作戦は1分1秒が惜しい!
また、北方方面軍が先発してくれることになっており、足並みも揃えねばならん!
申し訳ないが、詳しい説明はエノレーへ到着してからとする!
ただし! 帷幄お墨付きの作戦だ!
成功すれば、勝利は必ず諸君らのもの! それだけは保証する!
以上だ! 取り掛かれ!」
全体で可決された方針ということだ。
「「「「「おおおおっ!!」」」」」
ようやく怪訝さのない返事が帰ってくる。
と同時に、各騎士団長から組下の兵長へ、兵長から兵士へ。
テキパキ指示が飛んで、陣地の撤収作業が始まる。
まぁほぼやけっぱちの勢いだろうがな。
こうなると私は逆に手持ち無沙汰だ。
「ねぇフューちゃん」
アネッサが話し掛けてくる。
オマエも暇なんだな。
「どうした」
「でもその作戦、うまくいくのかな」
「さぁてな」
「えっ?」
そんな顔するなよ。
戦場なんて常に不測の事態。
100パーの準備をしてなお、120の不慮が襲うものだ。
とかいう言い訳はさておき。
「私は一度も『完璧に勝てる策だ』とは言っていないぞ」
「ええーっ!?」
「今回のはな、
『あちらを立てればこちらが立たず』
みたいな状況を解決できる、
全ての条件を満たした、あくまで三方よしな作戦というだけだ」
「無茶苦茶な!」
「無茶苦茶なもんか。
うまくいく策があるのではなく、うまく活かせるのが私たちの仕事だ。
いつものことだろうが」
「ひええ〜ん」
嘘泣きのアネッサは放っておいて、私は部下が連れてきた馬に乗った。
昼まえには出発準備が完了し、
「では殿下、勝利の報をお待ちください」
「期待している」
森林地帯へ差し掛かるのはまだ日が高いころ。
一度号令を掛けておくか。
今回は私が隊列の先頭だから、馬を止めれば全体が止まる。
「騎士団傾注!
警戒を怠るなよ。ここを森と思うな。蜘蛛の巣と思え。
連中、どこに潜伏してどこから仕掛けてくるか分からんぞ」
『1分1秒が惜しい』
そう急がせた理由がコレだ。
ただでさえ敵が待ち構えているフィールドに乗り込むんだ。
しかも見通しの悪い森林ともなれば、ゲリラ戦は必至。
そこに夜の闇が加わろうものなら。
アネッサには『三方よし』とは言ったが、唯一溢している要素がある。
それは
『失敗すれば殿下の御名に傷が付きかねない』
ということ。
あらゆる『相手を討つ』策のなかでも、リスクや損害の少ないものを考えたつもりだ。
だが、戦うからには絶対はない。
という話は、アネッサにはせず心の中で思ったんだったか。
それでいうと今回は、敵の襲撃がリスクであり、
いかに作戦が完璧であろうと
発動まえに、エノレー到着まえに大敗すれば、全ては失敗に終わる。
「先発の北方方面軍が、森へ突入していきます!」
「うむ」
だからこそ、今回は彼らが重役を買って出てくれた。
「団長、我々も続きますか」
第一騎士団長が顔を覗き込んでくる。
気が逸っているな。
『緊張しているからこそ、さっさと始めてしまいたい』
って顔だ。
「いや、私が指示するまで待機だ」
「はっ」
「具体的なタイミングとしては、
戦闘が始まるまで」
「えっ」
「北方方面軍の献身に感謝を」
彼らの役割は、言ってしまえば『囮』だ。
我々が無事エノレー盆地へたどり着けるよう、先に罠に掛かってくれるという。
本来は私たちがこちらを受け持とうと思ってはいた。
危険だから頼みづらい。
エノレーへ行く側が勝負を決める策なので、手柄を持っていくことにもなる。
軋轢を生みかねない。
今後に差し障る。
だが、
『その役目は我々が請け負いたい』
『今日の状況は、先の我々の敗戦によるものだ』
『であれば、その責任を果たさせてほしい』
『勝負を左右するポジションも、より理解の深い発案者が担うべきである』
作戦発表後、クレッケル卿自ら申し出てくれた。
自分たちの安全や名誉挽回よりも、勝利を優先してくれたのだ。
「頼むぞ、クレッケル卿」
先ほども言ったとおり、
『殿下の傷なきキャリア』
という縛りがある特性上、負けることは許されない。
甚大な被害を受けることも許されない。
そのうえで、数で劣る北方方面軍が、敵のゲリラ戦術を受ける。
ここの被害をいかに抑えられるか。
あるいは、
のちに上げる戦果で
『ペイできた』
『勝利のための一環、必要経費の範囲だった』
と思わせられるか。
もちろん囮がいるからといって、我々に攻撃が来ない保証もない。
「ここが正念場だぞ」




