二律背反を超えたい
「むむむむむ」
「どうしたの? お腹痛いの? 寒いもんね」
昼まえ。
自分のテントの中で、樽型の椅子に座って唸っていると、アネッサが入ってきた。
「別にそんなんじゃないよ。どちらかと言えば頭が痛いか」
「寒いもんね」
「比喩表現な」
ギュンタークルツ、アルゼウ。
見通しのいい平地は、逆に風を遮るものがなく寒い。
殿下が素直にここを着陣の場としたのは喜ばしいが。
何度だって言うぞ。
そもそも冬に戦争するもんじゃないんだってば。
布のテントなんざ屋外と何も変わらない。
というか、テント張ってキャンプするのはアウトドアだから屋外だ。
真冬に屋外で睨み合いしている敵も味方もバカか雪男だ。
「そういえば、『フューちゃんが国王陛下の落とし胤』って噂が広まってるよ。『頭痛い』ってそのこと?」
「あー」
アネッサは私の水差しを取り替える。
新しい白湯を持ってきてくれたんだろう。
『侍従みたいなことはしなくていい』
とは言っているのだが、
『好きでやってる』
としか返ってこない。
それより『落とし胤』疑惑。
ありゃ私が指揮官たちの前で殿下に
『お兄ちゃん♡』
をカマしたからだ。
それを殿下が否定もせず、『不敬だ』と咎めもせず。
何よりすでに、アデライド・ドミニク両殿下のような庶子妹弟がいらっしゃるので。
一部の方が
『一瞬本当に腹違いなのかと思った』
とか。
で、あとになって、どこかでポロッと、おそらく居合わせた者同士で
『いや、あんときゃマジでビックリしたよな』
なんて話したんだろう。
それを断片的に小耳に挟んだヤツがいて、
また誰かにしゃべって、
伝言ゲームになって。
人の噂は速い。
軍備を整え城から出撃し、アルゼウに着陣。
このわずか数日のあいだに、話がマズい広がり方をしてしまったのだ。
「違うよ。噂も真偽も、頭痛の理由も」
「そうなんだ」
「オマエ、聞いてくるわりに興味なさそうなリアクション多いよな」
「私にはフューちゃんの身の回りのお世話が最優先だから」
「そんなカリカリやらなくていいんだぞ」
「何言ってるの。今も必死にフューちゃんを私ナシでは生きられないようにしているのに」
「今すぐやめろ」
なんだコイツ。
敵より怖いし戦争よりメンドくさいぞ。
でもまぁ、そう思えば悩みもどうでもよくなるか?
本人に緊張感がなさすぎるきらいはあるが。
その分肩の力を抜いてくれるのも確かだ。
特に私がいつも顰めっ面の『女熊』だからな。
第四騎士団のメンツが威圧されそうなのを、いつもアネッサが緩和していた。
アイツら元気かな。
変な後任が来て、大変な目に遭ってないかな。
おいオマエら。
私は今、遠い北方で万単位を率いるようになったぞ。
緑の十字がペイントされてた鎧も、エーデルワイスの飾り彫りになったぞ。
「じゃあどうして唸ってるの? 真面目だったり致命的だったりしますか?」
南方へ馳せていた意識が、アネッサに引き戻される。
口調を変えたってことは、一応
『副官として、戦術戦略に関わる話題に触れる』
可能性を考慮したらしい。
その判断は正しい。
何せ、私が頭を悩ませているのは
「何か策を考えねばならん」
まさにそういう話だからだ。
「え? でも睨み合いだけしてぶつからないのが基本方針では?」
「それなんだがな」
今回その方針が取れたのは、殿下を妹属性魔法で操ったからだ。
決して本人が納得して選んだものではない。
で、妹属性魔法というのがまた、ご存知のとおり
時間経過で解除される。
魔力がなく耐性を持たない相手でも、数日がいいところだ。
ということは。
十中八九、また殿下が近いうちに
『冷静になって考えたらおかしくね?』
『やっぱり正面からぶつかるべきだって!』
と言い出すに決まっている。
そりゃもちろん継続して妹魔法を掛ければ済むとは言える。
だが、さっきアネッサが言ったように、マズい風聞が立っているのだ。
内容が内容だけに、下手したら
『王家の血筋と僭称した罪で死刑』
とか言われかねない。
変に中央へ伝われば、国家の混乱を招く可能性もある。
現状でも大激怒の王妃殿下が、
『あの愛妾以外に、まだ女がいるの!?』
などと思ったら。
まさか私の故郷に人を派遣して、母を拘束したりせんだろうな。
とにかく考えれば考えるだけ、デメリットしかない。
妹属性魔法は使わない方がいいのだ。
決して個人的なプライドを守るためではない。
ないったらない。
殿下に
『女に「お兄ちゃん」と呼ばれるたびデレデレして、すぐ方針を変える』
とかいう風聞が立ってもイカンしな。
「殿下もそこまで聞き分けないでしょうか?」
「陛下の聞き分けの方が重要かもな」
そう、何よりの問題は背後の国王陛下だ。
殿下がおっしゃった
『騎士たちが臆病と思いたくない』
あれは何も、自分の意見を通したくて脅したんじゃない。
今回のご親征、失地回復が陛下の肝入りだから。
成さなければ我々の責任問題になりかねないのを、心配なさっているのだ。
となれば、どこかで勝たないわけにはいかない。
かといって無理にぶつかり負ければ殿下の御名に傷が付く。
そう考えて、殿下は決戦を希求している。
私たちが怠慢を問われるより、
ご自身一人で背負える問題の方がマシだから。
が、それは私たちが困る。
別に忠誠心とか
『そういうことをおっしゃる方にこそ』
とかいう崇高な使命感じゃない。
単純に、順当にフリードリヒ殿下がお世継ぎになれば安泰だからだ。
これで下手に殿下の評判が下がって、ハインリヒ殿下派が勢いを増したら。
余計な王位継承の争いになりかねない。
内乱にでもなって、私たち軍人が駆り出されたり生活がグチャグチャになってみろ。
目も当てられない。
だからこそ、考えなければならないのだ。
リスクなく、絶対勝てる作戦を。
「そんな都合のいいモンあるか!」
「うわビックリした」
そんなんあったら、いつでもそうしてるわ!
南方の殿やナルデーニ戦も!
アンヌ=マリーからのゼネヴォン奪還も!
こちとら命惜しいんだ!
ナメんな!
唐突に沸いてきた怒りに肩を震わせていると、
「あーあーあーあー」
アネッサが水差しを拾っている。
驚いて落としたか。
悪いことをした。
アネッサは(一応)私を気遣って世話焼いてくれているのに。
「大丈夫か」
「うん、全然。新しい白湯持ってくるね」
にっこり笑うあたり、火傷はしていないらしい。
よかった。
「いや、いい。水だって貴重な資源だ。私ばかり何杯も消費してはな」
それはそうとして、リソース管理は指揮官の責務だ。
私は今回、中央からの騎士団をまとめるとともに、直属の部下ももらっている。
かつての第四騎士団みたいなな。
だが私の代わりに把握しているのか、アネッサは首を左右へ振る。
「大丈夫大丈夫。水なんて雪溶かせば無限にあるから」
おいおい。
腹壊したりしないだろうな?
いくら水にはなるから、
って……
「……そうか」
「フューちゃん?」
「その手があったか」




