両殿下の願い
「なっ!?」
まさか殿下御自ら!?
完全に不意を突かれた。
モミアゲが探しに来たときは、みんな匿ってくれる。
足止めしたり『いない』と言ってくれたり、逃げる時間をくれたり。
勢力争いに巻き込まれたことに同情してくれているのだ。
ここにいるようなヤツはみんな、大なり小なり経験があるのかもな。
あと西で負けまくったモミアゲより、私の方が印象いい。
だが、まさか殿下が直接お見えになるとは。
みんなあっけに取られて、フリーズしてしまったようだ。
そこに何も知らない私が顔を出したら。
「あら、ミュラーさま。ご機嫌よう」
「あ、どうも」
見つかった。
カーテシーにぎこちなく頭を下げるしかできない。
「殿下、何ゆえかようなところへ?
こちらはご覧のとおり、むさ苦しい屈強が集まるところ。
話題も血生臭い戦場のことで持ちきり。殿下のいらっしゃるような場所ではありません」
我ながら同僚たちを無茶苦茶言ってはいるが。
誰も反論しない。
みんな同意見だし、いられても気マズいというか。
男子が下ネタで盛り上がっていたら女子がきた、あの空気に似ている。
それくらい目の前の少女は可憐だ。
「いえ。それはあなた方の誉れでしょう。気にはいたしません。
むしろ私たちは雄々しき戦いの後ろで守られている身。どうして避けることがありましょう。
そのひと筋の傷痕を、私が愛でて差し上げます」
誰からとなく、「うはっ」と鼻の下伸ばしたような声が漏れる。
オマエら普段女っ気ないもんな。
「どうしたのフューちゃん?」
「見てのとおりだ」
別行動で学校時代の同期と話していたアネッサが到着する。
「トゥルネーさまも、ご機嫌麗しゅう」
「あ、はい」
なんだアネッサ。こっち見るなよ。
私もやらかしたと思っているところだ。
それよりフレデリカ殿下、
うーん、『デリカ殿下』の部分が語呂悪いな。
アデライド殿下、物怖じしないな。
方面軍にいるときも、たまーに中央から役人や貴族が来る。
だがほとんどのヤツは威圧されたか見下しか、近寄っては来ない。
それを殿下は、目を合わせ、ハキハキしゃべる。
声質自体は女性的どころか、か弱く儚いのだが。
まぁ人間声で決まるもんでもない。
実際は芯が強いってこともあるだろう。
あるいは、
「ジジ!」
「ドミニク」
「こんなところにいた! しかも一人で乗り込むなんて」
「でもミュラーさまにお会いできたわ」
弟のために、割と勇気を振り絞った結果か。
まぁどちらにせよ、
「それで殿下。私めをお召しのご様子ですが、何用でございましょうか」
目の前で名指しされちゃあ居留守はできない。
「それなのですが。お時間がよろしければ、少しお聞きしたいことがあるのです」
答えたのはドミニク殿下。
姉の肩に手を置いて、庇うように前へ出る。
今度は自分ががんばる番
なのかもしれんが、私はそんな怖いバケモノではないぞ。
そこそこ怖いバケモノだ。
にしても、母親が愛らしい感じの人だからだろうか。
ドミニク殿下も10代後半のはずだが、長身でないうえに童顔。
姉のアデライド殿下も同じ。
なんか、幼い姉妹と魔女の童話になった気分だ。
やっぱり怖いバケモノか。
「なんでもお聞きください。私にお答えできることであれば。
アネッサ、椅子を調達してきてくれ。我々は立食でもじゅうぶんだが、両殿下を立たせるのは騎士の分が廃る」
「はっ!」
さて、どう出るか。
「いや、ミュラー卿、そこまでお気遣いいただかなくとも」
「ドミニク」
「ジジ……アデライド姉上」
「ジジでいいよ。フォーマルな場ではないわ。
それより、相手の望む本分があるのであれば、遂げていただきなさい」
なるほど。
『この場で椅子に座るつもり』
ということは。
周囲に居並ぶ連中に聞かれても、別段困る話題ではないということだ。
で、姉殿下が弟殿下にあだ名呼びを許すほどの『フォーマルではない』宣言。
あまり警戒しなくてもいいかもしれん。
少なくともデリケートな政治の勢力争いにはなるまい。
「両殿下、粗末な椅子しかございませんが」
「お気遣いありがとう」
「団長も」
「ご苦労」
よし、アネッサも戻ってきたことだし。
「それで、『聞きたいこと』とおっしゃられますのは?」
せっかくだし料理でも召し上がっていただきながら。
テーブルに椅子をつけ、向き合って座る。
気楽な話題と分かっていれば、私も自然と前のめりになるさ。
「そうだな」
ドミニク殿下が軽く周囲を見回す。
案外引っ掛かるものがあるのか?
「いや、周知の事実でしょう。今更隠すこともない」
と思ったら、自分で納得したらしい。
殿下はひとつ深呼吸を入れると、背筋を伸ばす。
「皆知ってのとおり、はっきり言ってシュヴィーツ王室はあまり仲がよろしくない」
周囲がザワ付く。
もちろん初耳で驚いてるんじゃない。
『フォーマルではないとはいえ、殿下自ら言及し、お認めになるのか』
そういう困惑だ。
思ったより勢力争いのことに触れてきたな。
正直ビビったが、だからといって
『みんな我々の味方に付いてくれ』
とは募るまい。
絶対この中にはフリードリヒ派、ハインリヒ派、王妃殿下派などがいる。
一段立場の弱い『側室・庶子派』が野心を見せれば、即密告からの破滅だからな。
だが、ならばここからどう話が展開していく?
正直読めなくなって、手のひらに汗を感じる。
「これは事実としてあります。そうなるのが仕方ない側面もあります。人が人であるかぎり。
ですが、それでいいのでしょうか」
話を継いだのはアデライド殿下。
「白十字王国は四方を列強に囲まれ、皆さまが日々命懸けで戦い繋がれている。
だというのに、
その中心で誰より国家に殉ずるべき王族が、個人的な争いを繰り広げている。
本当によいのでしょうか。あるべき姿でしょうか」
ザワ付きが沈黙に変わる。
みんな、ここ数日の私のように実感する瞬間があったのだろう。
腕組み、深く頷く者すらいる。
アネッサはよく分かってない顔をしている。
私の機微にはよく気付くクセに。オマエ本当にアネッサか?
「私は思うのです。切に願うのです」
そんな、ザワ付きも沈黙も一身に集めるアデライド殿下が、勢いよく立ち上がる。
「私たちには義務がある。
この王室のわだかまりを取り除き、兄弟姉妹、一族の仲を取り持つ。
しかして一丸となり、国難へ取り組むために」
拳を握って訴える。
小柄で童顔の、ひ弱な声をしたカクテルドレスの少女が。
なんともアンバランスだが、ゆえに胸を打つものがある。
そうだよ。
私たちだって、『誰に協力したい』といったらこういう方がいい。
自分のために次期王座を争う方々よりも。
感心していると、その熱い視線が私に向けられる。
そうだったそうだった。
両殿下は私に聞きたいことがあって来たのだった。
だが、私に何かアドバイスできることあるか?
「ミュラーさま」
「はい」
「あなたの活躍は聞き及んでおります」
「光栄です」
「なんでもあなたは」
今度はドミニク殿下が、立ち上がらずとも身を乗り出す。
「長靴半島王国とのあいだに和睦を結び、
ヴァリア=フルール王国より、交渉によって人質を取り返したとか」
「え」
ちょっと待って?
もしかして。
焦る間もなくアデライド殿下が歩み寄ってきて、私の手を取る。
「ミュラーさま。これこそあなたに、人と人を繋ぐ力がある何よりの証拠。
どうか王室一和のために、そのノウハウをご教示いただきたいのです」
「ま、ま」
待ってくれ。




