もう精神しかないよね
あれから1時間ほど経ったろうか。
アネッサは味方と合流したはずだ。
で、ちゃんとオッツェン方面へ進んでいるなら、
「もうすぐ来る頃合いだ! 準備はできているか!」
「はっ!」
私たちの方はもう峡谷に到着している。
アネッサと別れた森で木材も調達した。
柵や丸太でさらに道幅を狭くすれば、より敵の展開を防げるだろう。
気休め程度には。
まぁやるのは味方が通過してからだが。
そこで渋滞起こされたら逆効果だし。
というわけで今は準備だけして『待ち』のターン。
戦場はこれが嫌なんだ。
戦争に限らず、誰だってなんだってそうだが。
どんなに嫌なことも、流れの中で始まると否応なく取り組む。
集中を持ち越し、勢いで乗り込むことができる。
それが途切れた瞬間、マイナスの雑念が噴出する。
レガロ城でかき集めた長槍。
銀の穂先が月明かりをチラチラ反射させる。
左右は切り立った崖で、月はあまり差し込んでこないというのに。
騎士たちの手が震えているのだ。
私だって震えているさ。
持っているのが光を反射しない手綱なだけだ。
誰より私が叫び声をあげて逃げ出したい状況。
おかしくなりそうな静寂を、フクロウの鳴き声で耐えていると
「団長!」
「あぁ」
遠くから低い音と振動が伝わってくる。
地鳴りの類いではない。
騎士なら誰もが分かる。
「団長ーっ!」
大量の騎兵が走ってくる地響きだ。
先頭にアネッサ。
ほんの1時間別れただけだが、長く会えていなかった気がする。
「ご苦労だった」
「いえ!」
「馬もな。乗り潰す手前だろう。休ませろ」
「はっ!」
「よくやった」
「えへへ」
「ミュラー!」
なんだ。
せっかく人が百合してるところに、汚いオッサンの声を挟むな。
アネッサに続いて集団の先頭から2番手。
鎧の青い十字、青いマント。
「ザウパーか」
「すまん! 恩に着る!」
「本当だよ」
「一緒に戦いたいのは山々だが」
「いらん。見込みのない戦いに、浪費だ」
「うむ……」
「さっさと行け」
どうした。そんな
『好きな女の子と下校して、ついに別れ道に来てしまった男子』
みたいな目で私を見るな。キモチワルイ。
「その、本当に、すまん」
「オマエの指揮で負けたのか? 次はうまくやれよ」
「ミュラー」
「なんだ」
「帰ってきたら、また休暇だろう?」
「許される戦局で落ち着けばな」
「そのときは、オマエの遊興費、オレが出す。
だから帰ってこい」
「言ったな? 破産するぞ?」
「じゃあな!」
ようやく行ったか。
さすがに人を捨て石にして生き残る罪悪感はあるらしい。
だったら散々人をからかってきた件も謝罪していってほしいもんだ。
私が生きているうちに懺悔を済ませんと、天国へ行けないぞ?
こうして第二騎士団を見送り、
「第三騎士団です!」
「アネッサ、コイツらが殿だったな?」
「はい」
またしばらく、どのくらい待ったかは知らん。
「すまない!」
「助かる!」
「許してくれ」
「いいから早く行け! あまり時間は稼げんからな!」
ようやく黄色いチームカラーの連中も通りすぎる。
「ようし! 来るぞ! 陣の構築に掛かれ!」
あとはあらかじめ用意していた柵で仮初の防御陣。
道幅を狭くするとともに、あえて通れる隙間は残しておく。
動きを誘導し、より細い列でジグザグに進ませる。
敵の勢いを削ぎ、寡兵でも正面衝突しやすくなる、って寸法だ。
雪崩のように柵を薙ぎ倒してきたら知らん。
戦争なんてのは、ベストを尽くしても相手の出方次第。
だからこそベストを尽くさねばならない。
ただでさえ不安定な生存確率が、よりピーキーになってしまうから。
しかし、
「な、なんでこんな」
「死にたくねぇよ」
「ママ……」
今回はどうしようが限りなくゼロに近い。
重い空気が、上がらぬ士気が、ベストを尽くせなくなる諦めが、
絶望の言葉という実体を得て、あちこちから聞こえてくる。
「団長……」
アネッサですら黙ってはいられない。
騎士団で女が出世するなど、男の倍は修羅の道。
だから私と、それこそ男の倍は前へ出て、血で血を洗ってきた猛者ですら。
「500人じゃなかったら、とっくに半分になってたかもな」
彼らは私や国家への忠誠心、悲壮なヒロイズムで留まっているのではない。
ただ人数が少なすぎて。
私の目が届くし、相互監視の網から抜けられないだけだ。
チャンスがないから逃げ出せないだけ。
馬を休ませていたアネッサが騎乗する。
視点を高くして、監視力をアップさせるつもりだな。
だが、もし誰か一人でも後ろ向きに勇気を出したら。
馬に乗って逃げ出せば。
あとは相互監視になるくらいの密な共同体。
雪崩を打って全員逃げてしまうだろう。
私だって、このまえ出世を心に決めた。
ここで勝てば、グッと道が開ける大チャンスだろう。
それでも嫌だ。
そんなもん、命あってこその話だ。
現状、防御陣は薄い紙1枚に乗っているようなもの。
多少は締めねば。
「騎士団、傾注!」
おお、なんてこった。
普段は威勢のいい視線で焼いてくる連中だというのに。
始まるまえから戦死してるヤツばかりじゃないか。
「諸君らも察しているとおり、我々は死に番である!
味方を一人でも多く安全に逃すための、時間稼ぎだ!」
隠したって無駄だから言ってみたが。
うーむ、反応がない。
ヤケになってテンションを上げるでもなければ、落胆も見えない。
「だが、それは決して犬死にではない!
我々が味方を守れば、明日はその味方が味方を守る!
その連鎖で騎士たちが戦い続けるかぎり、祖国が! 故郷が!
残してきた家族たちが守られる!
そのとき我々は、真に誇り高い騎士となるのだ!」
……ダメっぽいな。
社交辞令丸出しでもいいから『おー』とか『わー』とか言ってほしい。
でも無理だわな。
私が口下手で演説が下手ってことを差し引いても、だ。
やっぱり言われる側の立場だったら無理だ。テンション上がらん。
国王陛下直々だろうが聖女さまだろうが無理だ。
イケメンの皇太子殿下なら……2秒くらいは。
「だから……!」
ダメだな。
話すほどドツボにハマっている気がする。
こういうのは短く簡潔に、インパクトあるスローガンが必須だからな。
全員の死んだ目が、
『もういいよ。ウルセエよ』
と訴えているように感じる。
アネッサだけが唯一、ハラハラした目で私を見つめている。
そんな弱々しい目で私を見るなよ。
オマエの体格で捨てられた子犬は無理があるぞ。
そうか。
「『捨てられた子犬』か」
「団長?」
少し視線を下に向けると、アネッサが離れた位置から覗き込んでくる。
態度と言葉選びで、私も完全に絶望したと思ったのかもな。
まぁそれは間違いじゃない。
私は今、とても絶望的な気分だ。
なぜなら
「だから」
この状況を打破する、捨てられた子犬に劣らぬような、
『庇護欲』
なる最終手段があるからだ!
「私たちの祖国を守って! お兄ちゃん! お姉ちゃん!」
があああああ絶望ッッッ!!
私はひと足先に戦死するよ……。




