憎親《にくしん》
芸術家のせいで、なんか食欲なくなって。
ローテンションで余計なことせず、いいのか悪いのか。
そんな調子でしばらく突っ立っていると、
「いや、ミュラー卿。お待たせした」
ようやくフリードリヒ殿下がこちらへやってきた。
遅かったぞ白馬の王子。
壁際にいる私たちのところまで、わざわざお越しくださるのはありがたいが。
「いえ、まったく」
「そう言われると、まるで興味を持たれていないようで寂しいね」
「シャーッ!!」
「アネッサ」
オマエ、相手によってはお手討ちだぞ。
髪の毛が逆立ってるのはどういう風魔法なんだ。
「いえ殿下。本当に待たされたと思っていないだけのことです。
むしろお忙しい御身で、かように早く」
「いや、楽しみでつい早く片付けてしまったよ」
「ジャーッ!!」
「アネッサ」
どんだけ楽しみなんだよ。
でも戦の話が好きな男子はいるからな。
たまに会う甥っ子も、土産は物より英雄譚の方が喜ぶし。
保養地でも、騎士と見るや絡んでくる見知らぬガキもいる。
「フューぢゃん!! ホントーに殿下に何もしてない!? やってない!?」
「何かしてたらこの世にいないだろ。そもそも会う機会もない」
「それにしては殿下がグイグイ来すぎてる! おかしい!
フューちゃんは女子校の王子さまポジで、男性にはあまりモテないタイプのはずなのに!」
「しばき回すぞ」
私のことは自覚あるにしても(女子校ってなんだ)、
殿下を特殊性癖みたいに言うな。
言いたいことは分かるがな。
正直ここまでグイグイ来られる理由がない。
クッソキモいがモミアゲの方はまだ分かる。
だが、言っていてもしょうがないだろう。
こっちが好意以外の理由で殿下と関わりたいように、
向こうもなんらかの思惑があるかもしれんが。
そのリスクを取ってなお、今の私にはメリットが勝る。
「殿下、申し訳ありません。副官が礼を欠く言動ばかり。教育がなっていませんで」
「いや、部下はのびのびさせておく方が能力を発揮してくれると。帝王学の先生もそう教えてくれている」
「ご寛恕痛み入ります」
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛」
「では早速、聞きたいのだが」
なんか呪物へと変化しつつあるアネッサはさておき、
というところで
「おぉおぉ兄上。女性を壁際に追い詰めて、ずいぶんと楽しそうではないか」
祈りは天に通ずるのか、それとも呪物の効果か。
唐突に水を差す声がする。
殿下が振り返る。
私たちには彼の肩越し。
そこにいるのは、
「ハ、ハインリヒ殿下!!」
最初に反応したのはモミアゲだった。
深々頭を下げるのに合わせて私たちも礼をする。
そりゃそうだ。
私たち下々は会う機会もなく、顔も知らない。
両腕を若い女の肩にまわした、服以外に品性のないチャラ男としか思えない。
だが、
「おうツィマー卿。生きていたか」
「ででで、殿下、このたびはゼ、ゼ」
「そのことはあとでゆっくり話そう。もちろん埋め合わせについてない」
「は、は……」
「やぁだハインさま怖〜い」
「クスクス」
「アハハ」
彼が第二王子であり、
ゼネヴォン公であることは知っているからな。
つまり、モミアゲからすれば、
『殿下の大切な領地を失陥した』
という、死んで詫びろと言われかねん相手だ。
カキタレ二人に笑われているなど、まだマシなくらいだ。
ま、ゼネヴォン陥落で捕虜になっていないどころか、
西方派遣軍の指揮も執っていない
私たちが西方編入のあいさつに行ったときも会っていない
などから分かるように。
彼らの『◯◯公』は半分名誉職。
領地経営すら家臣に任せて、ほとんど住んですらいない。
文句を言う筋合いもないんだがな。
だから北方派遣軍を話題に上げたフリードリヒ殿下など、奇特を超えて奇人なくらいだ。
とまぁ、どちらがいいかはさておき。
私たち騎士としては、あとで文句だけ言ってくる輩は嫌いなのだが。
「で、兄上。ナンパか?」
「……オマエと一緒にするな」
「なんだなんだ。睨むな低い声を出すな。そんなんじゃ女は逃げるぞ」
「もーハインさまぁ」
「お兄さまと仲良くしないとダメよぉ」
「フューちゃん」
「『沈黙は金』だ」
どうやら、この二人はそれ以上らしい。
「まぁムッツリは放っておくとして」
「なんだと!」
「そこの、ツィマー卿の後ろの君。
君が噂のフューガ・ミュラーかな?」
「はぁ、まぁ」
面倒な空気だったので、なるべく気配を消していたのだが。
さすがにやり過ごすのは無理があったか。
「君は一時的とはいえ、我がゼネヴォンを奪り返してくれたと聞く」
「非才ながら」
「そもそも西方派遣軍であればオレの組下だ」
そういえば、先ほど
『殿下側からも私に接触したい思惑があるんじゃないか』
なんて勘繰ったが。
「どうだね? 感謝も兼ねて、兄上ではなくオレにエスコートさせてみないか?」
「ちょっとハインさまぁ」
「私たちがいるのに〜?」
「どうかな?」
「フューちゃん……」
そんな目で見るなアネッサ。
戦場ほどただちに危険はあるまいさ。
だが、
「申し訳ありませんが、ハインリヒ殿下。
社会通念として、先約を優先させていただきたく存じます」
「おや、フラれてしまったか。ニクいなぁ、兄上」
「黙れ」
「クスクス」
「うふふ」
確かにこれは、戦場より厄介かもしれんよな。
いつか中央へ行くにあたって。
余計な争いに巻き込まれんよう、注意する必要がありそうだ。




