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信と利

「ええーっ!?」

「うるさいぞアネッサ。さっさと通訳しろ」

「えーっ!? えーっ!?」


 私は今アンヌ=マリーと交渉しとるんだ。

 オマエに時間割いてられんのだぞ。


「どうして! ゼネヴォン奪還は私たちの作戦目標でしょ!?

 このためにずっと潜入してたのに!

 返してどうするの!」

「いいから私に任せろ。私が間違った判断をしたことがあるか」

「ちょくちょくあるよ」

「あるかぁ」


『呼び掛けておいて放置ですか!? 礼のなっていない方たちだ!』


 待っていても話が進まんと思ったんだろう。

 アンヌ=マリーが割り込んでくる。


「あぁ、すまん。ほらアネッサ。相手を怒らせてはロクなことにならんぞ」

「命乞いするくらいなら、最初から占領しなけりゃいいんだ。おとなしく偵察にだけ徹してたらよかったんだ」


 そうか、アネッサは


『苦労がパーになる』


 と思っているから不満なんだな。

 そうではないんだよ。


 あと苦労ってか恥かきたおしたのは私だぞ。


「あまり攻撃的なニュアンスで訳すなよ」

「分かってますよーだ」

「拗ねるなって」


 渋々の通訳を受け取ると、アンヌ=マリーは


『条件とは!? あと降りてきて話しませんか!? 大声はしんどい!』


 お互いの虎の子ゼネヴォンだ。

 乗ってきたな。


「降りるのは遠慮しておこう! さすがに後ろの連中が怖いんでな!」

『では退げましょう!』

「ほう」


 こうなるとザワつくのはフルール軍だ。

 たぶん


『アンヌ=マリーさま、何を!?』


 みたいなこと言っとるんだろう。

 だが集団が一斉に騒いで、大きな音の塊になっている。

 そもそも言葉分からんがな。


 今度は向こうの悶着で話がストップしたが、



 しばらくして、

 フルール王国軍はアンヌ=マリー1人を残し、後退していく。


 まだ何か喚いている声もするが、一応決着したらしい。


「ホントに退がらせちゃったよ」

「山賊のときと同じ、相変わらずのクソ度胸というか。

 いや」

「ん?」

「とにかく降りるぞ。向こうがああしたからには、こちらも礼を尽くさねばならん」






 門を出ると、アンヌ=マリーが待っていた。

 当然と言えば当然だが。


 ただ、下馬して地面に体育座り。

 馬にも座らせ、休ませている。


 首筋を撫でられた馬は、相手のシニヨンをグルーミングで甘噛みしている。


 馬ほど神経質で臆病な生き物に、戦場でリラックスさせるとは。

 さすがは聖女というか。


「まるでピクニックの小休止だな。そんなんじゃ私が襲い掛かったとき逃げられんぞ」


 こちらは騎馬。

 ハルバードこそ持っていないが帯剣はしている。


 それでもコイツは動じない。


『あなたに不意打ちで私を殺害する存念があるならば。

 先日の山賊退治にて、いくらでも機会があったはずでしょう』


 馬を見たまま、首を撫で続けている。


「ふむ」


 私の騎士道精神を見抜いている

 というよりは(正直持ち合わせてもいない)、


“あの日市民を守るべく(くつわ)を並べた私たちは、まだ心では通じ合っている”


 そう信じているような雰囲気だ。


 おいおい、さっき人に尽くして裏切られたところだろう。

 成長しない、ではないな。


 聖女である以上に、人柄が一貫している。



 ならば相手のペースに合わせる方が、交渉もうまく通るだろう。



「フューちゃん!?」

「オマエには強要せんが、私の前には出るな」


 こちらも馬から降りて、地面に腰を下ろす。

 二人の距離は3メートルほど。


 するとアンヌ=マリーが立ち上がり、近づいてくる。


『それで、条件というのは』


 彼女が腰を下ろした位置は、正面1メートルあるかないか。


 このまえの山賊退治で、私は魔法を使わなかった。

 ()()()()()とバレてはいないだろうが。


 少なくとも剣が届かない間合いは、フェアではないと考えたんだろう。


 アネッサがようやく静かになる。

 アイツもそれは理解しているからな。


「相変わらず、人の心に入るのがうまいな」

『「埋めるのが」とおっしゃってください』

「人をか?」

『馬鹿ですか?』


 思えば、山賊退治をご一緒しただけで信頼されすぎだが、


 コイツはその厚誼(こうぎ)を抱いているのだろう


 そう思っている私も(ほだ)されすぎだ。


「それで、ゼネヴォン明け渡しの条件だがな」

『はい』

「そちらが守備隊へ送った早馬で聞いている。



 こちらの総司令官、クレマン・ツィマーが貴軍の虜囚(りょしゅう)になっているとか」



「フュ、団長!?」


 さすがにフォーマルな場と察して言い換えたか。偉いぞ。

 だがさすがに堪えきれず、通訳より質問を優先してくる。


「なぜですか!」

「なぜってオマエ」

「あんな会って数分で敵地に送り込んでそれ以来の男!

 ソイツのために苦労して奪還したゼネヴォンを!?」

「おいおい、個人的な好き嫌いか?」


 気持ちは分かるけどな。

 私もいい印象はない。

 結局(いくさ)にも負けとるし。


「それだけではありません! このゼネヴォンは王国西の要衝! 代々の係争地!

 西部経済の中心であり、多くの将兵の血が染み込んできた場所ですよ!?

 それをなぜ、1人の人間ごときと!」


 確かにそりゃ正論ではある。


 だが物事には正論すら複数あるもんだ。

 でなきゃ検察と弁護士は片方でいい。


「いいかアネッサ。オマエの言うことは正しい。

 ゼネヴォンを持つか持たざるか、影響と利益は天と地だ。

 だがな。


 ゼネヴォンはまた取り返せばいい。

 努力し、力を付ければ可能になる。

 現に私がそうした。


 それに比べてツィマーはどうだ。

 オマエも多くの騎士たちを見てきただろう。


 いち方面軍を統括する。

 今まで、それだけの才覚がある人間に何人会えた?」

「それは」

「私たちにゃいい印象はないし、フルール軍には歯が立たなかった。

 それでも白十字にとって欠かすことのできない人材であり、


 才覚は教育で産むことはできない。

 また巡りくるまでどれだけ待つのか。


 そう考えれば、これもおかしな話ではないはずだ。

 たとえ天秤が釣り合わないにしても」


 アネッサはたっぷり10秒ほど沈黙した。

 私の言葉をしっかり咀嚼してくれているのだろう。


 やがて彼女が出した結論は、


「私は考えるの得意じゃないから、ね」


 どうやらアンヌ=マリー同様、最後は信頼が人を動かすようだ。


 ここまでで一番澱みない通訳がなされる。


 一方ずっと、口を挟まず待ってくれていたアンヌ=マリー。

 丁寧に、相手の目を見て頷きかえす。


『なるほど。つまりムッシュ・ツィマーの身代金に、ゼネヴォンを支払うと』

「どうだね? 価値だけでいえば、そちらの得だと思うが」


 アンヌ=マリーもしばらく考えた。


 正直言って、向こうは飲まなくとも力押しでゼネヴォンを陥せる。

 そのうえで、この話の損得を勘定したのだろう。


 やがて出た結論は、



『戦争よりは、貿易がよろしい』



 握手だった。


 こうして世にもめずらしい、人と城のトレードが成立した。

 また歴史に名を残してしまったかな?


 つまり、






 また私の妹仕草が、記録に残ってしまうのかな……。

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