聖女対妹
「ひとつ、お聞きしたい」
『なんだね』
答えるマウアーさん、
いや、フューガ・ミュラーの雰囲気は、私が知るものと似て異なる。
通訳として隣に立ったのはアンネリースさん。
彼女も鎧を着ているということは。
「見るところ、市民が見張りをするほど軍勢に乏しいようですが」
『あぁ、カカシでも作ろうかと思ったところだよ』
「その程度の手勢で、どうやって城を陥とした」
『あぁ、そんなことか』
クックックッと笑う姿には、あの実直そうだった様子はない。
いや、おそらく彼女は変わっていない。
私の見え方の問題だろう。
『簡単だよ。みんな、ついこのまえまで白十字の国民だったんだ。
だからお願いしただけさ。
“国のために力を貸してくれ”
とな』
「は?」
『いかに正規兵でない市民たちでも、さすがに一丸となればな。500の守備兵くらい、なんとかなったよ』
まだ、まだ一縷の望みはあった。
なんらか脅されて、無理矢理蜂起した可能性だ。
いや、城が落ちた時点で、理由など関係ないのは分かっている。
そこにあるのはただ、
『奪還せねばならない』
という事実のみ。
分かっている。
分かっているけれど、
「こんなことがあって堪るか!
私がゼネヴォンと祖国を同和させるまで、どれだけ心を砕いたか!
他の支城とは比べものにならないくらい統治に時間を掛けた!
市民の前政権に対する不満を解決してまわった!
それがっ!」
「アネッサ。アイツ急に長文で喚きはじめたが、なんて言ってるんだ?」
「うーん、ま、不義理にブチギレてる」
「あーあーあー」
それはそうだろうな。
「矢とか撃ちますか?」
ヤーン氏がぎこちない弓射のジェスチャーを見せる。
確かにアンヌ=マリーは城壁の下で俯いている。
射てば届くかもしれん。
が、
「いや、それには及ばん」
「チャンスですぞ」
「私は先のゼネヴォン陥落を見ていないがな。あまり怒らせると、また怖い目に遭うのではないかね」
「それは」
ヤーン氏も街が火柱に囲まれた日を思い出したんだろう。
目に見えて縮こまる。
「でも私の風魔法の精度なら、一発で仕留めるよ?」
「その方が始末が悪い。炎の脅しではなく、2万の兵力が殺到するぞ」
「あー」
ここからでも敵の大軍は見えている。
今はアンヌ=マリーの顔を立て、待機しているだけだ。
アネッサも思い至ったのだろう。縮こまる。
ただ、何より。
私にはアイツの気持ちが分かる。
どこまで打算で、どこまで慈愛だったのかは分からん。
だが、結果として
『努力の積み重ね』
『為政者としての奉仕』
を行ない、市民を心身豊かたらしめたのは事実だ。
占領下の市民など、普通は祖国の奴隷以下の扱いを受ける。
悪意ではなく、自然法則に近しいものだ。
アイツはそれを堰き止めたばかりか、
山賊退治に命を賭けたりと、誰より自分より人々を慈しんだ。
だから、私たちが初めて潜入した日に圧倒された、市民からの支持。
あれは正しくアンヌ=マリーという聖女が勝ち取ったものだ。
だから安心して出撃したんだろう。
守備兵も少なくして。
決して市民が裏切ったりはしないだろうと信じて。
そう信じられるほどに入念な準備をして。
それが全て踏みにじられたようなものだからな。
アイツは今、人の心と自分の甘さに対する、失意の真っ只中だろう。
「教えてやりたいよ」
「何を?」
そんな誠実さの塊が、何にどうやって打ち砕かれたなんて──
「お願い、お兄ちゃん♡ 私たち、みんなのためにしないといけないことがあるの!
だから、力を貸して? きゅーん♡」
「んもぅ、MAX任せてよぉ!♡!♡!」
「ゲホアァ!」
「フューちゃん!?」
『なんだなんだ! こりゃどうしたことだ!』
『市民が城の前に押し掛けてるぞ!』
『暴動か!?』
『何人いるんだよ! 夜じゃ暗くてよく分からん!』
『松明の数だけでも、下手すりゃ城壁の内側に住んでるヤツは全員いるぞ!?』
『急になんだってこんな!』
『とにかく今すぐ鎮圧するぞ! こんな不手際、アンヌ=マリーさまに申し訳が』
『待て! アンヌ=マリーさまは
“市民には隣人の愛を持って接せよ”
と! 武器を向けるな!』
『言ってる場合か!』
「フューちゃん。お城に籠って出てこないね」
「よっぽど教育が行き届いていると見えるな。だがそれは、自己による決断能力の喪失とも言える。
その一瞬の遅れが命取りだ」
「じゃあ始めよっか」
「あー、うー、うーん……」
「遅れるとよくないんでしょ」
「ぐ……。分かったよ」
「ワクワク」
「オマエ私の無様な姿が見たいだけだろ」
「無様なんてとんでもない☆ ささ、やっちゃえ!」
「覚えてろよ。
あー、えー、ゔゔん。
『フルール王国のお兄ちゃんお姉ちゃんたち』ーっ!
『今日はお願いがあって来ました』ーっ!」
「やっぱり教えたくない」
「だから何を」
市民の数だけ恥を晒し、敵兵の数だけそれを知られた。
あまりにも下劣な洗脳魔法だ。
これが妹?
ハッ! 笑わせる!
悪魔かなんかだろ。
悪魔との契約には代償が伴うんだってな。
死んだら魂持っていかれるとか聞くな。
じゃあ私のこの苦しみも、悪魔の代償だな!
まさに今、尊厳という名の魂を切り売りしているんだからな!!
「アハハ! ハーッハッハッ!!」
「顔怖いよ」
私だって人並みに信仰心はあるんだ。
こんなものに聖女が敗れた事実など、受け入れたくないに決まっている。
「だからな、アネッサよ」
「何が『だから』なのか分からないんだけど」
「ここはひとつ、
向こうにも花を持たせようじゃないか」
「えぇ!?」
さっきから引いたり驚いたり、忙しいヤツだな。
全部私のせいだけど。
「そんな必要ある!? ていうか余裕ある!?」
「余裕はない。だから必要はある」
「分かんない」
「いいかアネッサ」
一旦視線をアンヌ=マリーに戻す。
アイツはまだ城壁の下。
ワナワナしながらも、こちらを真っ直ぐ睨み付けている。
あの顔が少女のように涙ぐんでいたとしたら、なかなか愛らしいな。
「あんまりプッツンさせすぎるとな。さっきも言ったが力押しをされる。
炎と2万でシバキまわされたら、私たちはあっという間に全滅だ」
「うん。もうじゅうぶん煽りたおしたと思うけど」
それはな、アレだ。
私にだって、やりきれない思いはある。
「だからアイツらが攻めてこない程度には冷静なうちに、
交渉をする必要がある」
「交渉?」
アネッサは分かっていない顔をしているが。
1から10まで説明していてもな。
実際に見ていてもらおう。
「マリアンヌ司令官どの!」
『なんでしょう!』
仕切りなおしと、態度から声色から変える。
向こうにも意図が通じたらしい。
怒りは一度置いて、さっぱりした様子で返してくる。
「ご覧のとおり、ゼネヴォン城は我が白十字王国の領土となっている。
しかし当方、
条件によっては明け渡す準備がある!」




