快進撃、と思いきや
年末も迫るころ。
本来いかに軍人といえど、戦争は控えたい時期である。
だからこそ駆け込み、今年の総決算を求めたのか。
ヴァリア=フルール王国軍
白十字王国方面軍指揮官 聖女アンヌ=マリー・アリア=マリア・マリアンヌ
ゼネヴォン城にわずかの守備隊を残し、
軍勢1万7,000を率いて進発した。
湖畔の陸路を進むこと3日。
道中抵抗を受けることなくニョーヌ城下へ到着。
2日でこれを陥落せしめた。
しかしこれを早めの生誕祭プレゼントとはせず。
数日の占領統治における庶務と休息ののち、さらに湖畔を北東へ。
ゲランへの侵攻を開始する。
ゲラン城は当初、抵抗する構えであった。
ロージーヌからすでに援軍が出発している。
ニョーヌと合わせて時間を稼げば間に合う、と。
しかし届いたのは、早すぎるニョーヌ降伏の報せ。
計算が狂ったこともさながら、彼らを震え上がらせたのは戦闘詳報。
『城壁のわずかな隙間から炎が入り込んでくる』
『狭い廊下で弓や魔法を構えていた者は、蒸し風呂、燻製、炭となった』
『城壁の上や側防塔、開けた場所に配置されていた者もいる。
こちらは強い上昇気流に襲われ、何名かが10メートルの高さから投げ出された』
いくら戦争とはいえ、あんまりな死に方である。
恐れをなした兵士たちは結託する。
なおも抗戦にこだわる城主を、クーデターで追放した。
その翌日にはヴァリア=フルール王国軍が到着。
無血での降伏開城に至った。
ここでアンヌ=マリーは攻勢を一時停止した。
占領統治と休息による誤差、と言える日数ではあるが、記録にはっきり
『ガレ騎士団長の進言を聞き入れ』
とある。
ようやく満足し、年内の仕事納めとしたのか。
否である。
ゲラン城陥落から1週間ほど。
次の標的になるであろうモーヌ城に、白十字王国軍1万2,000が到着した。
攻城の最中に横槍を入れられる、あるいは落城後に大軍と連戦。
これらを避けるために、敵の到着を待ち構えたのだ。
そう、逃げずに待ち構えたということは当然
「白十字の騎士たちよ! さすがにあの悪魔を始末せんことには年を越せまい!」
『ここで彼らを打ちのめさば、我々の東部支配は揺るぎないものとなるでしょう!』
「エーデルワイスをヤツらの血で染めてやれ!!」
『ヤグルマギクの旗のもとに!!』
寒さが少しはマシになる昼下がり。
両軍はブルシモンヌにて激突した。
白十字王国側は隊を二つに分けて勝負に出た。
片方はほとんどを騎兵で構成した陸上部隊7,000。
炎に巻かれても素早く離脱できるように、という考えである。
もう一方は水上部隊5,000。
歩兵を全て船に乗せ、ル・マル湖から横槍を浴びせる腹積もりだ。
こちらは水上であるから、引火しにくく消火もしやすい。
という想定であったが、
『ゼネヴォンの攻防に居合わせた者も多かろうに。
これでは「ナメられた」というより、
絶望的学習能力のなさ、というより他ない』
あらかじめ木材を湿らせておこうと関係ない。
巨大な船体は一瞬で炎に巻かれ、燃え上がる。
かき集めた水魔法使いが、湖の水まで借りても間に合わない。
船団は一気に燃え尽きてしまった。
こうなれば逆に、5,000の乗組員は逃げ場もろくにない哀れな羊。
皆殺しとまでは言わないが、
鎧を脱ぎ、湖に飛び込み、湖畔まで泳ぎ着く。
その後参戦できる体力がある者はいない。
困るのは地上部隊である。
乾坤一擲の別動隊が、まったく機能せず消えた。
それも、意識を逸らす囮程度の時間も稼げず。
これでは彼らも、ただ1万7,000の前に立つ7,000でしかない。
「これでは勝負にならん! 撤退! 撤退だーっ!」
白十字王国西方派遣軍指揮官、クレマン・ツィマーは即座に退却を選んだ。
これ自体は間違った判断ではないだろう。
勝ち目がない。
抵抗するだけ犬死にが増える。
だが、普通の死者が減るとは言っていない。
『追撃しなさい! 徹底的に! 抵抗力ではなく、抵抗する気力を奪い去るまで!』
アンヌ=マリーの号令一下。
ヴァリア=フルール王国軍は、無防備な背中へ殺到した。
ちょうど聖女が一人湖を染めるのを見て、力を持て余していたところである。
追撃は執拗に続き、
「なっ! よせっ! 誰か! ぬあぁっ!」
冬の早い西陽が掛かる、しかしまだ日没にもならないころ。
『おおおおーっ!』
『アンヌ=マリーさま、やりましたぞ』
『えぇ、そのようで』
ついに敵指揮官クレマン・ツィマーを捕虜とするにまで至った。
これにより白十字王国軍は完全に崩壊。
小城では話にならぬとロージーヌまで逃げに逃げ、
モーヌ城もまた、矢の1本を撃ち返すこともなく陥落した。
「ふぅ」
鎧を脱いで、ようやく戦闘が終わった気がする。
小さいお城の城主の間では、花の都の大聖堂より狭い。
「羽を伸ばせないような、落ち着くような」
蝋燭もミサの燭台の明るさに及ばない。
薄暗さがまた不安になるような、焚き火に似たセラピーがあるような。
「どちらにしろ、寝るまえはこのくらいがいいでしょう」
外はすっかり暗い。
起きていても寒いだけだし、さっさと寝てしまおう。
『アンヌ=マリーさま』
ベッドに腰を下ろしたかと思えば、ドアの向こうから声が。
仕方ありません。教会の門戸は常に開かれているものです。
「ムッシュ・ガレですね。鍵は開いています」
「感心しませんな」
おや。入ってくるなり、さっそくお小言。
「いかに畏れ多き聖女とは言え、男所帯ですから。美人であらせられるからには、ご用心いただきたい」
「ふふ、ではあなたを部屋に入れるのも?」
「や、ま、お戯れを」
私よりいくつも年上だろうに、なんと純朴なリアクションか。
戦場ならともかく、ここで狼にはならないでしょう。
「それで、何用でしょうか?」
「被害の計上が終わりましたので、ご報告に」
「書類ですか?」
「こちらに」
「机に置いてください。明日目を通します」
「承知しました」
要件は済んだでしょうに、なおムッシュと目が合う。
「しかし、連戦してなお、ほぼ無傷の勝利ばかりですな」
褒めつつ簡単に報告内容をまとめてくれているらしい。
優しいのですね。
「それが私の義務です。聖女としてあなた方の命を預かっている。
皆を主の元へ導くのが私の使命ですが、戦場にあっては意味が違ってしまう」
「ご立派です」
「ですから今日は、心底肝が冷えましたよ」
「まさか」
嘘ではない。
今日の敵の水上艦隊。
少しでも対応が遅れれば、単純に2方面から攻撃される不利を取っていた。
最終的には勝ったとしても、先制を許せば被害は大きかったはず。
しかし私はやり遂げた。
重くとも心地よさのある疲労が担保している。
「アンヌ=マリーさまがいらっしゃってより、味方は快進撃を続けています。
このままロージーヌまで獲れば、新たに獲得した領土がさらに安定する。
2つの大都市を手に入れ、東方の経済もさらによくなるでしょう」
「であれば、戦う意味もあります」
ムッシューは私を励ましてくれる。
あるいは上層部の差し金で焚き付けているか。
とにかく、より民が豊かになる。
そう信じていなければ戦争などできない。
ただ、今は光も影も考えたくないな。
「ムッシュも疲れたでしょう。ゆっくりお眠りなさい」
「はっ」
私も瞼が重くなってきた。
また明日、ロージーヌ攻略に向けて考えよう。
なに、敵主力は今回壊滅、指揮官まで失ったのですから。
落ち穂を拾うがごとく進むことでしょう。
「アンヌ=マリーさま!」
「何事ですか」
「聖女さまの御前だぞ。弁えろ」
「まぁまぁ、ムッシュー」
勝手に心の中で締めようとした矢先、若い騎士が息を切らして現れる。
ただごとでないのは、誰の目にも明らか。
「夜襲ですか? ボヤですか?」
「いえ!」
でしょうね。
だったらもう少し騒ぎになっているはずです。
でも、となると?
「ニョーヌ城からの報せによりますと、
ゼネヴォン城に白十字の旗が立っています!!」
「なんですって?」




