唯一の勝ち筋
「お帰りフューちゃん。どうだった?」
その夜、ヤーン氏の家の2階で。
私たちは各々の偵察の報告会に入った。
「山賊退治は首尾よく行ったが。首尾がよすぎて我が軍からしたら困ったところだ」
「そっかぁ」
あの火力。
南方で戦ったナルデーニの風魔法に負けん威力があるだろう。
素直に見たことを伝えると、アネッサは壁際のデスクに視線を落とす。
部屋を薄暗く照らす、揺れる蝋燭の火。
だが、こんなものは比べものにならん。
「確かにあれなら、ゼネヴォンも陥落するだろう。三日三晩業火に巻かれれば、誰しも心が折れる」
「じゃあより備えが弱いロージーヌだと……」
「厳しいな。だが野戦で撃退する方がもっと厳しいだろう。
何より、ゼネヴォンを取り返すのがもっと厳しい」
どんな要害も、あと先考えず城壁を破壊すればチャンスは生まれる。
だが炎の城壁は勝手が違う。
下手な地属性の壁より厄介だ。
「じゃあ戦闘で勝つのは難しいかな。となると」
アネッサが真っ直ぐ私の目を見つめる。
「それこそナルデーニと一緒で、
フューちゃんが堕とす?」
あぁ、あの屈辱の妹属性魔法な。
はっきり言って、アレがなけりゃ死に目みたいな状況がいくつもあった。
そのたび盤面をひっくり返してきた、奥の手神の一手。
向こうの魔法がすごいってのなら、アネッサがあげるのも分かる。
だが、
「アレも難しいな」
「そうなの!?」
決して『やりたくないから』でテキトー言ってるんじゃない。
「実は山賊狩りでいろいろあってな。アイツと直接話す機会があったんだ」
「へぇ!」
「そのときに使ってみたんだよ」
「私以外をお姉ちゃんと呼んだの!?」
「うるせぇよ」
今日の昼、村へ帰る道中に遡る。
『しかし、熊を退治なされたと聞いたときも思いましたが。本当にお強いのですね』
「ははは、本場の山育ちですから」
山育ちに本場も暖簾分けもあるか。
山で育ったら山育ちだろ。
なんて、中身のない会話をしながら。
私はアンヌ=マリーに妹魔法を仕掛けるタイミングを窺っていた。
何せ、ここでうまく刺されば
「戦争やーめよ♡」
『いーいよ♡』
「ゼネヴォン返して♡」
『しょうがないなぁ♡』
となって万事解決するからな。
あの大火災と戦わなくていいだけじゃない。
もう名前も忘れた味方のクソ司令官を、遥かに上回る功績となる。
面倒な潜入任務をやらせた鼻はあかせるわ、
今度こそ大出世して、安全で魔法と縁のない軍官僚コース
実現にグッと近付くからだ。
『でもちゃんと、いつ襲ってきてもいいよう構えてはいたんですよ?
だって、元より村の安全のためには、あんな連中生かしておけないでしょう』
「確かに」
というわけで。
なんか物騒な言葉で会話がひと段落したタイミングが来た。
今だ!
「ヤーンさん」
「はい?」
「今から私が話す内容を、一字一句正確に訳してくれ」
「それは承知しておりますが」
「いいか? それがどれだけ衝撃的で、悍ましいものであろうとも。
表現のニュアンス込みで、同じ捉え方をできるようにだぞ」
「は、はぁ」
「では行くぞ」
まずは怒りに歪みそうな表情筋を統制して。
次に顔の角度。
少しアゴを引いて上目遣い!
「あのね、お姉ちゃん」
カーッ!!!!
ふざけるなよマジで!
なんで毎回こうなるんだ!
今まで魔法がなくてもやってこれたじゃないか!
あの強く誇り高い女騎士、フューガ・ミュラーは死んだのか!?
死んだのなら言ってくれ。
今ここでアンヌ=マリーに焼いてもらう。
『死体を燃やされると天国へ行けない』
とか言うがな。
私はすでに今が地獄だよ。
と、恥を忍んで伝家の宝刀を切ったにも関わらず、
「早く通訳してくれ」
「はっ!」
衝撃のあまり魂飛んでたヤーン氏より、渋々通訳が開始されると、
『えーと、
私の方が年下だと思いますよ?』
「年下相手だと効かないの? 妹になれないから?」
「そういうことではないと思う。南方じゃ、年下の部下にも効果あったからな」
アネッサよ、そんなに愕然とすることか?
いや、オマエの中では無敵の切り札になっているのかもしれんが。
「それこそナルデーニと同じだろう。アイツも消耗や動揺がない状態では、一発で堕ちなかった」
魔力が高い相手はこうなりがちらしい。
「じゃあどうするの? まえみたいにまた、乱戦にしてどうにか」
「あれは内通者の確保とか、いろいろ条件が重なっての結果だ。
方針は似たようなものにしたとしても、同じ状況の再現を狙うのは不毛だろう」
「そんな……」
ノーを返しすぎたか。
アネッサが俯いてしまった。
暗い部屋だけに、余計翳って見える。
「それじゃ、ワンチャン賭けて正面からぶつかるしかないの?」
それが無理筋ってのは最初に言ったことだ。
質問調ながら答えが出た暗い瞳をしている。
が、
「いや、アネッサ。
私にひとつ考えがある」
私たちがゼネヴォンに潜入してから2週間は経ったか。
数日続いた雪が、ようやく一旦止んだ朝。
『誇り高きヴァリア・フルールの戦士たちよ! 兄弟姉妹よ!』
ゼネヴォン城の近くを通ると、アンヌ=マリーの声が聞こえる。
普段は息の成分が多い声だが、いざとなったら多少は張れるらしい。
相変わらずフルール語は分からんが。
『あなたたちが尊い命を燃やし、天下に比類なき武功を上げたこと!
このアンヌ=マリー・アリア=マリア・マリアンヌが、誰より承知しています!』
「品のある話し方だよな」
「分かるんだ」
「そのへんの市民が話しているのよりは単語の粒がキレイだ。早口言葉みたいな名前してるのに」
城門の向こう。
滑らかに動く唇をイメージする。
『ですが主は! 祖国は! 更なる戦果を求めています!
“なお勝利し、なお国を富ませよ”
と!』
「神さま野蛮だなぁ」
そういう方向性の話か。
でも神なんて大なり小なりそんなもんさ。
やべーヤツじゃないと、誰も畏れて祈ったりしない。
『であれば、我々は戦わねばなりません!
主と国家の向かう方、しかるべき道のためにも!
ヤグルマギクの旗のもとに!!』
全てが爽やかに。
まるで戦争へ行くとは思えない様子で。
アンヌ=マリー率いるヴァリア・フルール王国軍は、
わずかな守備兵を残してゼネヴォンを東へ進発した。
その長蛇の列を人混みから眺めつつ
「ねぇフューちゃん」
「なんだ」
「戦が始まるのに、私たちロージーヌに戻ってない。いいの?」
アネッサが耳元で囁く。
あぁ、確かにあの嫌なモミアゲは怒り狂っているかもな。
だが、
「構わん。
私たちも、私たちの戦が始まる。
行くぞ」
何もサボってるわけじゃない。
さて、聖女さま。
勝負だ。




