許すまじ
山賊が出たのは東南方面らしい。
先日の山だったら熊と挟み討ちになっていたかもな。
ていうか、よくもこんな環境で山賊できるな。
私なら2日で血液が凍るぞ。
とかいう話はさておき。
急いでヤーン宅へ戻り、馬を取ってくると
「さすがに早いな」
もう討伐隊が城門を出るところだった。
ざっと見500名。
騎士は内勤でも鎧着てるからな。
遠征でもないし、準備自体はすぐ終わる。
ただ、この規模なら部下にでも任せればいいと思うんだが、
「ま、聖女サマだしな」
民草のためにおがんばりあそばされるのだろう。
冬で出発は昼。
現場の村へ着いたのは、日が暮れてからだった。
通訳係のヤーン氏と2人。
大所帯ではないので討伐隊に先行できたが、
「……これはひどい」
昇る煙に導かれた先では、道々死体が倒れている。
男も女も、大人も子どもも。
大きくも小さくもない、緑豊かで素朴な村
だったものは、短くなったロウソクのようだ。
赤くて燃えていて、形を保てず今にも消えそうな。
戦争でよく見た光景だし、我々だってやってきたことだ。
そのくせ山賊の仕業と思うと怒り悲しむのはエゴか。
「ううっ!」
軍人でないヤーン氏には余計効いただろう。
嗚咽を漏らした彼を、井戸端に座り込んだ村民が反射的に見る。
殺されなかっただけの、死んだ瞳。
「ヤーンさん。討伐隊が来るまえに、村民に紛れるぞ」
ここだけ聞いたら山賊の一味だな。
だが私は同胞なのに助けようとしない。
諜報活動が最優先。
もっとタチが悪い。
「うわっ、正気ですか?」
「ほら、君もやるんだ」
「いやぁ……」
焼け落ちた民家の焦げから煤を取る。
顔や服に塗ったくると、ヤーン氏は半歩退がる。
まだだぞ。服をわざと引っ掛けて破いたりするからな。
特に私は顔を知られているから、毛布も被って震えておこう。
そんなこんなしていると。
あまり間を置かず
『騎士団が来たぞーっ!』
討伐隊もやってきた。
『あの旗はアンヌ=マリーさまだ!』
『助けに来てくださったんだ!』
絶望に肩まで浸かっていた村民たちが立ち上がる。
これはアイツの人望に限らず、希望の光だろう。
騎士団が広場だったろう空き地へ入ってくる。
先頭で騎乗のアリマリは
怒りだ。
表情筋が乏しいんだろう。
憤怒の形相というよりは真顔に近い。
今まで見てきた笑みも、フッと口角が上がる素朴なものだった。
だが今回は違う。
僅かに四白眼となった瞳の中に、炎が揺れている。
そこに村民たちが集まり、膝をつく。
『お助けください、アンヌ=マリーさま!』
『山賊たちが急に襲ってきたのです!』
『ヤツらは街に火を放ち、人を殺し、冬の蓄えを奪っていきました!』
『若い男たちもです! 村から抵抗する力を奪うと同時に、人質です!』
『ヤツらは
「明日は若い娘たちだ。男どもを殺されたくなかったら、風呂に入ってキレイにしておけ」
と言い残して去っていきました!』
なんていう惨状だ。
戦争の方がまだマシだぞ。
人の尊厳を踏みにじる目的では始まらないからな。
通訳するヤーン氏も、身が千切れるような顔をしている。
しかも、
『人質、ですか』
アリマリもアゴに手を添える。
コイツはやりにくいぞ。
たとえ戦力的には一網打尽にできたとしても、だ。
ここの始末が悪ければ、負けより癒えない傷が付く。
『どうしますか、アンヌ=マリーさま』
歴戦だろう、顔に傷のある騎士団長もこの反応。
提案する内容が思い付かないらしい。
『人質がいるとなれば、この状況はよろしくない。
騎士団の存在が山賊たちを刺激するでしょう』
対するアリマリは、バチギレながらも冷静だ。
『強硬策に走らせてもいけません。
騎士団は速やかに撤退してください』
『ええっ!?』
声を上げたのは、騎士団よりも村民たちだ。
そりゃそうだ。
助けが来たと思ったら『帰る』ってんだからな。
『お待ちください、アンヌ=マリーさま! それでは私たちはどうしたら!?』
『このまま山賊の慰みものになって生きよとおっしゃるのですか!?』
おそらく夫を連れ去られたり、年頃の娘がいる女性たち。
一斉に馬上で高い位置にあるアリマリの足に取り縋る。
私の隣じゃ、当の若い娘が泣き崩れる。
困ったなぁ。
『安心なさい』
「おっ」
なんて声だ。
ともすりゃ具合が悪い人みたいな、息の成分が多い声。
だけど、細い中に芯が通っているからだろう。
『アンヌ=マリーさま……!』
取り乱していた村民たちが一気に落ち着きを取り戻す。
自らのことを泣き喚いていたのに、すでに大いなる者の語りを聞く姿勢にある。
『主はあなた方を見捨てません。
ゆえに私も、あなた方を見捨てない』
アリマリが集団を見渡す。
私も視線の先へ釣られると、
大人たちの中にポッカリと。
少女が力なく立っている。
年は、10つあるかも分からん。
ただ、
ケガはしていないが、手を引くべき親の姿もない。
アリマリは手招きする。
少女が近寄ると、親の代わりに軽い体を抱き上げる。
意外に力があるんだな。
それから、今度は騎士たちへ目を向ける。
『ムッシュ・ガレ』
『はっ』
『ゼネヴォンへの帰還はあなたが指揮を執り、騎士団だけで行なってください』
『は!?』
『私はここに残ります』
『は!!??』
村民の次に納得いかないのは騎士たちだ。
そりゃそうだろう。
『何をおっしゃっているのですか! 危険です!』
『おや、私の実力を疑いますか?』
『そういう問題ではありません! 山賊はせいぜい数十名とは報告にありましたが!
だからといって指揮官一人は軍として看過できない!』
プライドの問題もあるし敵前逃亡だし。
そもそも常識的に考えて、敗退行為としか思えない。
『退くのであれば退きますが! 戦うのであれば勝つべきです!
あなた一人でも勝てるとしても、騎士団がいればより確実だ!
それをみすみす!』
退くどころか1歩まえへ出た傷の男に対し、
『だからこそです』
アリマリは『しーっ』とするように人差し指を立てる。
『我々も人質も。
全てが最も勝利を得る主の御業。ご覧に入れましょう』
撤退したら見れないがな。
その晩、騎士団は消火と瓦礫の撤去、マシな家の立て直しにのみ従事。
日付が変わらないうちに村を立ち去った。
おそらく、どこか適当な距離で野営するとは思うが。
明くる朝。
勤勉というよりは興奮が抑えられないのだろう。
澄んだ朝日が東を照らすと同時。
影となった山手から、浮かび上がる連中がいる。
ヒッヒヒャッヒャと声を上げ、ブンチャカ太鼓や指笛を鳴らす。
威圧だろう。
自分たちの来訪を村に報せている。
その分女たちの怯える時間が長くなる。
それが最高のスパイスってか、ゲスどもめ。
対する村の備えは。
男は連れ去られてしまって自警団もいない。
私は昨晩のうち、ヤーン氏に武器を取ってきてはもらった。
だが一般人の家にあるのなんて、せいぜいが薪割り用の斧1本。
ハルバードは関所通らんから持ち込めない。
そもそも一人だ。
あまり出しゃばることは想定していない。
だから、村の入り口があった場所から数メートル出て、待ち受けるのは
騎馬の若い女
アンヌ=マリーただ一人。




