料理はお預け
山小屋での出来事からきっかり2日後。
昼まえ、聞き込みへ出ずヤーン宅2階にいると、
「アンネリース・ヤーンさま、フリーダ・マウアーさま! お迎えにあがりました! いらっしゃいますかー!」
聞き覚えのある声だな。
「はーい、どちらさま」
「久しぶり、ってほどでもないか」
玄関開けると、あの夜熊から助けてやった男がいる。
コイツがおつかいに出されたか。
顔見知りを派遣する気遣い、なんだろうな。
名前すら知らないんだが。
馬車に揺られてゼネヴォン城。
さすがは白十字1、2を争う大都市だっただけはある。
ヤーン宅から城に着くまでより、城門から食堂までの方が長かった。
案内の男、ゲルトナーくんが道に迷ったってのもあるが。
でも一兵卒は限られた範囲しか立ち入らないしな。
詳しくないと迷子になる広さ複雑さだ。
結果、12時の昼食に招かれていたが、到着は半になった。
『ようこそいらっしゃいました。もしや失礼があって来てくださらないのかと』
それでもアリマリなんとかは律儀に待っていた。
呼んだ側だから当然といえばそうではあるが。
「まさか」
『スープ温めなおしましょうか』
まぁ正直、行きたい行きたくないは半々だったがな。
諜報にこれ以上ない機会だが、丸呑みされたに等しい状況でもある。
『スープには一番おいしい温度があって、それは繊細な幅をしているのです』
こんな世間話すら、アネッサの通訳が終わるまではドキドキだ。
何言われてるか分からん。
もし急に
『では殺しましょう、スパイさん』
とか言われても反応できない。
ゲルトナーくんは退出して場には3人だけだが。
急に武者隠しから殺し屋が出てくるかもしれん。
いや、絶対いるだろ。
いないと司令官が無防備すぎる。
このまえ街で見掛けたのと違い、鎧も着ていない。
あの青い質素なローブが聖骸布的何かでもなければ、今いるのは非力な女だ。
悩んでいる間にスープが戻ってくる。
冷めたわりにすぐだな。
こまめに温めなおしていたんだろう。
「至れり尽くせりだな」
「他のメニューもおいしそうだよ」
パン
サラダ
黄緑の野菜ポタージュ
鳥肉と付け合わせの豆
フルーツ
おもてなし精神が溢れているとも取れるが。
食欲煽っておいて、毒でも入ってたら目も当てられない。
ていうか焦点が合わない。
『では、神に感謝していただきましょう』
聖女サマは席に着いて手を組み、目を閉じ、お祈りを始める。
私たちもそれにならう
フリをして目配せ。
(おい。どう思う)
(銀のスプーン持ってきたよ)
(でかした)
銀は毒殺でメジャーなヒ素
に混ざりやすい硫黄で変色する性質がある。
向こうがお祈りで見ていないうちに、ポタージュにスプーンを突っ込む。
ただの一般人が毒殺を警戒しているのはおかしいからな。
『される心当たりがある』
と白状しているようなもんだ。
じっくり試している時間はないが、パンやコンフィにもスプーンを立てる。
(どうだ)
(黒くならないね)
(大丈夫、と見るしかないな)
(うん)
そもそもヒ素ではなくコアな毒だったら無意味だがな。
だがもう、そこまでいけば運否天賦。割り切るしかない。
警戒していても流れ矢に当たるようなものだ。
ここは敵地、戦場であり、
戦場であるからには我ら騎士、いつでも死ぬと見て構えねばならん。
『さて、お待たせいたしました。いただきましょうか』
とは思うが。
まぁ毒殺はあるまいか。
なぜって、スパイ狩りにしちゃまわりくどい。
まずはポタージュで内臓を温めよう……
『申し上げます!』
なんだなんだ。
急に騎士が飛び込んできたぞ。
『何事ですか。客人の前で慎みを忘れるほどなのでしょうね』
アネッサの通訳が追い付いてないから内容は分からん。
まさかここから
『実は調べるとソイツらがスパイと判明しました!』
『なんですってーっ!?』
みたいな茶番が始まるんじゃないだろうな。
ただ、食堂のドアが開いていたとはいえ、ノックはなし。
『失礼します。よろしいですか』みたいなお伺いもすっ飛ばし。
相当に緊急であることは確かだ。
さっきはドカドカやって来た騎士が、今度は冷静にアリマリへ耳打ち。
「なんて言ってる?」
「さすがに聞こえないよ」
『そうですか。分かりました』
向こうは話が終わったらしい。
派手なリアクションがないあたり、たいした話ではないのか?
と思えばアリマリ、
『お二方。申し訳ありませんが、少し用事ができてしまいまして。
招いておきながら中座する非礼をお許しください』
さっと椅子から立ち上がる。
同時に食堂へ侍女が3人小走りで現れる。
おお、慣れた手付きだ。
テキパキとローブを脱がせて、鎧の下に着る肌着を被せていく。
しかし、ローブの下にも特に装備はない。
本当に丸腰だったのか。
いや待て、あの肌着ってことは。
「『どうかされたんですか?』」
『いえ、お気になさらず』
アリマリは笑うが、今度は騎士が現れる。
抱えているのは鎧だ。
素人でもものものしいのは分かる。
『そちらでお食事をして、待っていらしてください』
手際よく鎧を着せられ、剣を吊るし、真紅のマントを羽織る。
あっという間に完全武装すると、そのまま食堂を出て行こうとする。
「いや、待ってくれ。事情も分からんのに放置されては困る」
「『って言ってます』」
『なるほど』
私たちが腰を浮かせると、アリマリはほんの数度だけうつむく。
が、すぐにこちらへ目を合わせてくる。
『そうですね。そちらが筋というものでしょう。
ご不安になられてはいけないと思いましたので』
ご不安。
つまり何か、安心安全を脅かす可能性かある事件ってことか。
そのわりにアリマリは動揺のない、余裕ある笑みを浮かべる。
『実はですね。
敵が郊外の村へ攻めて来ているそうなのです』
「ええっ!?」
「アネ、アンネ。通訳」
「あぁ、うん」
「なんだって!?」
そんな計画聞いていないぞ!?
第一まだレポートが終わってない。
今戦うなら潜入の意味はなんだ。
私たちが消されたとでも思っているのか?
定期連絡はしていたはずだが。
いや、もしそれが敵にキャッチされていたならば。
などと悩んでいると、
『というわけで、さっさと行ってきますね。
山賊退治』
全然違った。
そっちか。
アリマリたちが去ったあとで。
食堂は私たちだけになった。
「さて、アネッサ。私も行くよ」
「どこに?」
『どこに』ってオマエ。
「決まってるだろう。
アリマリのあとを追う」
今度こそ戦い方を偵察するチャンスだ。
山賊退治では動員数も変わるだろうが、錬度の参考にはなる。
「アネッサも書類盗めとまでは言わないが、可能なかぎり城内を視察してまわれ。
なんか言われたら
“トイレ探して迷子になった”
とか言っとけばいい」
「べ、別行動かぁ。分かった」
「じゃあな」
ようやくスパイらしくなってきた。
さぁ聖女さま。
オマエが『統治者』として絶大な敵であることは理解した。
戦のお手並みも拝見と行こうか。




