熊 VS 女熊
「ウル、なんだって?」
『熊だよ! 熊!』
「フルール語は分からん!」
かわいそうだが、この際アネッサを起こそうか。
いや、そもそもコイツは敵兵で、しかも一人。
黙らせて埋めてしまえば。
でもそしたら、雪掘ってから土掘るんだよな。
面倒だな。
なんて外に思いを馳せて、壁へ視線を向けると
今、嫌な音がした。
外から壁を引っ掻く音。
人じゃない。
人なら叩く。
ってことは野生動物、なんだが、
音の位置が高い。
つまり、
引っ掻く爪があって
後ろ脚2本で立ち上がれて
デカい。
「熊だ……」
「だからそう言ってるだろ」
「なんだオマエ、言葉が分かるのか。だったら最初からそう言え」
「気が動転してたんだよ」
国境付近の地域は便利だな。
南方でもそうあってほしかったが。
まぁあの辺は山ばっかで交流してないからな。
とにかく、言葉が通じて落ち着いた。よかった。
でなきゃ私もビビり散らかしてたよ。
収拾付かん。
「どのくらい熊だった」
「3メートル近いマジ熊だった」
「冬眠直前の、一番ドエラいの引いたな」
そんな極大サイズ、下手な騎士より怖い。
熊パンチは剣よりよっぽど掠ったら死ぬ。
逆に向こうは頑丈なうえひるまない。
コイツも細い槍を持ってはいるが、
「オマエは騎士か?」
「いや、一般徴兵だ」
そんなオモチャと才能のほども分からん魔法では、太刀打ちできまい。
むしろ小屋まで逃げ切れただけ超人だ。
「どうしたもんかな」
今は壁をガリガリやってるからいい。
だがドアは丸太じゃない。
あっちに突っ込まれたら難なく突破される。
「どーしたの……フューちゃ……」
「アンネ」
熊か私らか知らんが、起こしてしまったらしい。
「熊がな」
「熊ぁ? ふぅん。
ていうかその人誰!?」
「熊を連れてきたヤロウだ」
「フュ、フリーダちゃんが男連れ込んでる! 男は熊じゃなくてオオカミなんだよ!?
許せんっ! やいオマエ表出ろ!」
「だから外に熊がいるんだって!」
男につかみ掛かるアネッサ。
面倒なのが起きて面倒なことになってしまった。
冬眠中の熊とコイツは起こしてはならない。
というか、潜入用の偽名を念押ししたんだ。
状況を察して、慎重に振る舞ってくれ。
だがちょうどいい。
アネッサの魔法なら遠距離で対処できる。
いや、待て。
「てかアンタら、熊が来てるのに落ち着きすぎだろ」
そう。
この男は私たちを
『たまたま山小屋にいた一般人』
としか思っていない。
しかし、もしアネッサが熊をワンパンするような
騎士団副官相応の魔法なんて使ってみろ。
一気に正体不明の怪しい存在、
どころか軍人とバレかねない。
アネッサも胸倉つかんで、ようやく相手の鎧に気付いたらしい。
男以上に、フルール軍がいることに、今更表情が硬くなる。
魔法は使えない。
が、熊も放っておけない。
別の手段で仕留めるしかない。
それだけでも一般人には異常だが、さすがに背に腹はな。
「さて、どうするか」
武器になりそうなのは
男の槍と剣
小屋に備え付けの弓矢
薪割り用の斧
あとは火の着いた薪も威嚇にはなるか?
「『どうする』って、戦う気か!?」
「仕方ないだろう。今すぐドアをぶち破ってくるかもしれん」
「だからって、こっちから行かなくても!」
「狭い室内に突入されたらどうにもならん」
距離的には弓矢が安全だが、火力では一番厳しい。
熊の頑丈な骨や、冬眠まえの厚い脂肪を抜けない。
「斧と、キサマの槍を借りるぞ」
「無茶だ!」
「うるさいな! 私だって好きでやってんじゃない! オマエが行くか!?」
なんだったら妹属性魔法で生贄にしてもいいんだぞ!?
というのは通じちゃいるまいが、黙りやがった。
熊相手はさすがにキツいらしい。
さて、やるべきことをやろう。
玄関、はやめた方がいいな。
もう壁から音がしない。
熊の位置が不明だ。
開けた目の前にいたら即死トラップだからな。
窓はない。
となると、
「うむ、これなら行けそうだ。
アンネ、毛布被ってろよ」
「あ、そこから行くの?」
松明用に薪を1本拾って、残りの火種に灰を被せて消す。
暖炉の煙突を登って屋根の上に出よう。
煤だらけになるが、対熊には安全な高さにもなる。
「登ったらロープを下ろす。必要なものを結んでくれ」
まずは手ぶら。
両手を煙突の壁に突っ張って、無理矢理体を浮かせる。
あとは気合いと根性のゴリ押しだ!
「よし」
多少時間は掛かったが、無事準備は整った。
「なんなら帰ってくれててもいいんだぞ〜?」
軽く下の方を照らしてみると、
「フーッ、フーッ」
「ダメだ。肉を食うまでは帰らないつもりらしい」
熊はまだウロウロしている。
「コイツは生かしてはおけんな。人の弱さを知った熊は、人を好んで狙うようになる」
言い終わるが早いか。
「ガアオ!!」
その人間に気付いた熊は、早速二本足で立ち上がる。
「届かんよ」
だが屋根までは上がってこれない。
「次は私のターンだ」
むしろ近くなった眉間に、
「食らえっ!」
薪割り用の斧を投げる。
「ギャアオ!!」
「よし」
悲鳴に紛れて鈍い音。
確実に頭蓋を叩き割った。
だが、
「グルルオオオ!!」
「バケモノめ」
これで即死しないのが熊の恐ろしいところだ。
もう少し深く入っていれば違ったんだがな。
だが致命傷には違いない。
その瞬間まで暴れ散らかすだけで、絶命は確定している。
「今楽にしてやる」
なおも咬み付こうと伸ばしてくる首。
その大きく開いた口の中へ、
「恨むなよ!」
槍を力いっぱい突っ込む!
「グエッ!」
熊と言えど、体の内側は脆い。
人でいう喉仏の位置から穂先が貫通すると、
散々騒いでいた熊は、何も言わず夜の闇に沈んでいった。
「で、オマエさん、なんだって熊に追われてたんだ」
一件落着して、小屋の中に戻って。
緊張が解けた私たちは雑談に興じている。
誰かは火の番で起きていなければならんしな。
男も夜の山を本隊へ戻っていくのは無理と判断したらしい。
『泊めてくれ』とせがまれたら、追い出すわけにもな。
イヤだが仕方ない。
「歩哨中だったんだが、暗くて足元が見えなくて。
で坂、っていうかアレは小さな崖だな。で足を滑らせて。
落ちた先で彷徨ってたら洞窟があって、
『雪降ってきたし、凌ぐにはちょうどいい』
と思ったらさ」
「なるほど。そりゃ戻るのは明るくなってからにしたいよな」
とは言いつつ。
正直コイツを返していいかは微妙なところだ。
何せ私たちの存在がバレてしまうからな。
偵察を考えたら、口封じすべきかもしれない。
が、逆に自軍兵士の死体が発見されても事件だろう。
難しいところだ。
ってことで、行動に移せず何十分もジリジリしていた
そのとき
「むっ」
「あっ」
「なんだ?」
「フリーダちゃん、今」
「あぁ、
誰かドアをノックしたな」
まさかの、新たな来訪者の気配がする。
「また熊か!?」
「熊があんな丁寧なもんか。オマエさんみたいな、追われてる人間の方って可能性はあるがな」
ここで居留守をしても勘繰られかねない。
「私が出るよ」
重い腰を上げてドアへ。
「はいはい、今開けますよ」
また敵兵かもしれん。
努めて普通な感じでドアを開けると、そこにいたのは
「あ」
『こんばんは』
凍える外気温とともに佇む
若い女
なんてレベルの話じゃない。
『お休みのところ、申し訳ございません。
こういった鎧を着た、若い男性を見掛けませんでしたか?
部下の行方が分からなくなっておりまして』
我らが偵察対象にして強敵、
アンヌ=マリー・アリア=マリア・マリアンヌその人だ。




