西の魔女
「きゃーっ!」
「ようこそいらっしゃいました!」
「こんなところまで何度も、ありがたいことです」
「こちらのブドウ酒、ぜひ差し入れさせてください!」
「ウチの赤ん坊を抱いてやっていただけませんか?」
なんだなんだ。神でも降臨したのか。
熱狂が尋常じゃない。
私もアネッサも自然と渋い顔になる。
「ご老人。司令官どのはずいぶんと人気なのですね」
「それはもちろん! 閣下がいらっしゃってから、みんな暮らしがよくなりましたから!」
「ほう」
戦争があったのに、暮らしが楽になった?
他にも似たようなことを言うヤツがいたが、
『終わったから』
ってことか?
だが向こうが仕掛けてくるのが原因であって。
放火魔が消火活動で感謝されているようなものだ。
それが分からん市民でもないと思うが。
「ゼネヴォンではそんなに重税が課されていたのですか? お嬢さまがいらっしゃったころは、そうでもなかったように記憶しているのですが」
考えられるのはこれしかない。
しかしこれも違うとは思うのだが。
私たちも潜入を命じられた際、下調べはした。
ここ西方において、特別厳しい数字は確認されていない。
娘っ子を徴収する悪代官の話もなかった。
「いやぁ、大変でしたよぉ?」
でもこの反応か。
「ゼネヴォンは前線に近いでしょう? 戦争があれば、何かと
やれ『兵糧がいるから小麦を差し出せ』
やれ『鏃に鉄がいるから鍋や農具を差し出せ』
やれ『どこそこに砦を建てるから労役しろ』
追加徴収が発生しますからな。そのくせ平時も租税を安くはしない」
「……なるほど」
確かに臨時は調べていなかった。
激しいのか。
「それが今回の終戦でなくなりましたからな!」
なるほど、解放感でなんでもいい、ってか?
それにしては
「しかも、
なんとフルール王国軍は、我々にパンを配ってくれたのです!」
そういうカラクリか!
白十字王国は高地が多く、気温が低い。
耕作地も栽培できる品種も限られている。
だから、そもそもの収穫量が少ない。
それを戦で徴収されてりゃ、そりゃ怒る。
対してヴァリア=フルール王国は違う。
国土の多くが畑の穀倉地帯。
小麦は豊作で、ブドウ酒もブランデーも親しまれている。
下手に兵力を大動員して圧し潰すより、
少食に慣れた国民の腹を制圧する方がヤツらには易しい。
ヤロウめ、放火犯が消火活動どころか、
焼き払ったあとに御殿を作りなおしてやがる。
なんていう支持の得方だ。
悪魔としか言いようがない。
いったいどんなタヌキジジイが。
はたまた女殴ってそうなイケメンか。
人の壁の向こう、見えない顔を見透かすように睨んでいると、
『お気持ちはうれしいのですが。
そう囲まれてしまうと身動きがとれません』
「なっ」
なんだ、今の声?
思ってたのと全然違う。
「ウソっ」
アネッサも驚いている。
何がおかしいって、
サーッと割れた人の波。
道が開けて、突如正面に現れたのは
馬上で、甲冑にマントで、
『皆さん、何かお困りごとはありませんか?
いつでもなんでも、気軽におっしゃってください』
さっき渡された赤ん坊を抱いた、
『フルール王国の市民となられましたからには、
このアンヌ=マリー・アリア=マリア・マリアンヌ、
その暮らしのために一身を捧げましょう』
慈愛に満ちたら柔らかい顔立ちの
「若い……」
「女の人……」
まさか、あの声に違わぬ白面が?
左右でシニヨンにまとめた、子どもみたいなブロンドが?
「あの人、いくつだろう。私やフューちゃんより若いよ?」
「お嬢さま、品が」
「あっ」
アネッサも荷台から四つん這いで身を乗り出している。
その反応がうれしいんだろう。
爺さんは気分よく語る。
「閣下、マリアンヌさまはもともと国教会の聖女さまでいらしたそうなのです。
それがこのたび、
『国家の危急がため、自らも護国救世の徒なれば戦場にあるべし』
と」
すっかり『オラが大将』って感じだな。
国民のために立ち上がった聖女サマが、侵略した敵国にもパンを配る。
そりゃ人気の出るエピソードだ。
でも騙されてるぞ。
そりゃ内陸海で負けて、フルール王国は困っちゃいるだろう。
だったらウチを攻めてる場合じゃないはずだ。
しかし、どうりで急に西方戦線が悪化するわけだ。
そんな優秀な指揮官いなかったろ、と思ったが、急に湧いて出たのか。
しかも聖女サマともなれば、兵士の気合いの入り方も違う。
ソイツの指揮なら、戦死したって殉教だからな。
何よりあの、クッソややこしい名前。
『いいとこのお嬢』なんてレベルじゃない。
生まれた時点で聖女となることを決められた、国の秘蔵っ子だろう。
なんて分析していると。
その聖女サマがこちらへ馬を進めてくる。
着いてくる市民たちはすっかり信者か。
失礼があったらこの街でやりにくくなる。
「路肩に寄せるか」
スパイに来てるんだから、変に目立つのもよくないしな。
なるべく目立たず、やり過ごそう。
視線も合わせず、へーこら頭下げておこう。
などと構えていたのに。
すれ違いざまだった。
『あら、
はじめまして。ゆっくりしていってくださいね』
なんと言ったかも分からんフルール語が
細い喉から出る、女の中でも薄くか弱い声が
ここまで汗を噴き出させるとは。
「フューちゃん、もしかして」
パレードが過ぎ去り、爺さんとも別れたあと。
適当に通りを進むさなか、アネッサがまた荷台から身を乗り出す。
さっきの言葉を翻訳してもらったところだ。
「安心しろ。まだ私たちの正体がバレたわけじゃない」
「そっか」
「ただ」
今は単純に戦闘後で、街への出入りが少なく管理しやすい。
だから把握できていたにすぎないんだろう。
問題は
「『市民に知らない顔がいることも気付く』
『私は皆さま一人一人のことを、ちゃんと分かっておりますよ』
そんなアピールには使われたな」
「うわぁ」
宗教家のやり方は知らん。
ただ、心の侵略がエグい。
「急がんと、取り返しても街が親フルール・パルチザンの巣窟になるぞ」
戦争がゲームと違うのは、単純な土地の『奪った奪られた』で終わらんところ。
地面だけ奪り返しても、永久に戻らないものばかりにされたら……
「何が聖女だよ。
とんだバケモノだ」
わざわざ潜入して報告が
『アイツマジヤバいっス』
だけではさすがに情けない。
何か有利な、
少なくとも方針を決められる材料を得なければならない。
市民に話を聞いては、敵将の支持率の高さに引く。
なんてことを2日ほど繰り返したのち、
市場にて。
朝食のパンを物色していると、
「お、干しブドウパン売り切れ?」
「今朝はよく売れてね。明日またおいで。騎士さんの分、取り置きしておくよ」
「マジで? あぁ、でも明日は朝から郊外で調練があってさ。しかも数日掛かるのよ」
などと、隣で話しているのを耳に挟んだ。
周囲でフルール語が多いと、ゲイル語は耳がよく拾う。
「フューちゃん」
「うむ」
これは絶好の機会だ!
わざわざ郊外で行なうとなれば、大規模な調練になるだろう。
ほぼ全兵が参加すると見ていい。
「装備や構成編成が見られるチャンスだよ」
「動きによっては、次の戦闘でどういう戦術を使うつもりかも読めるぞ」
こんなに栄養たっぷりの果実を見逃すテはない。
「『早朝から』って言ってたな。アネッサ、今日の聞き込みは早めに切り上げるぞ」
「明日のために早く寝ないとだもんね」
「だから私のベッドに入ってくるなよ」
「チッ」




