中流層の街
その日は隣で渋滞に捕まっている2、3人に話を聞くに留めた。
それから協力者の家に向かったが、着いたのは夕方ごろ。
城門を通過したときはまだ、太陽は真上にあったのにな。
前は進まんし後ろも並ばれて、馬車ではどうにも抜けられなかった。
で、聞き込みの成果は総じて
『平和』
『みんな明るく暮らしている』
『むしろ戦闘が終結して暮らしやすくなった』
とのこと。
家主のヤーン氏にも街の状態を伺ってみたが。
我々に協力してくれる、すなわち『反ヴァリア』の彼すら
『今のところ市民生活に大きな影響は見受けられない』
と評するにとどめた。
中年のバツが悪そうなしかみ顔。
おそらく彼も民族主義、帰属意識的なもので侵略者を受け付けないだけ。
体制的不満はないのだろう。
夜、2階の宛てがわれた部屋で、改めて書き出してみる。
「なんか、同胞が命懸けで戦ってるのにさ。市民にはあっさり鞍替えされるんじゃ、やるせないよね」
「そう言うな」
暗い部屋でランプひとつ。
アネッサの表情は暗く見える。
一人用のデスクに横からを顔を寄せているせい、としておくか。
「明日はどうするの?」
「別の場所をまわろう。今日は言っても大通りの数人。この家も近いしな」
ゼネヴォンは大都市なのだ。
公民館に町の奥さんが全員集まるような規模じゃない。
大通りも決して、街の縮図ではない。
むしろメインストリートに集まれる、一部の富裕層という見方もできるだろう。
だとしたら今日の反応も、逆によくあることだ。
一部の目立つ層、力ある層を優遇することで取り入るスタイル。
誰もがやりがちで、表面上は支配が早い。
が、実際はそうでもない。
一部を優遇するということは、一部以外に皺寄せが行くということだ。
多くの富裕層でもなんでもない市民は、彼らの分まで搾取されている可能性がある。
ならまだ勝機はある。
いや、有利だ。
もし不満が溜まっているなら。
戦になれば、彼らはヴァリア打倒に動く。
外から我々が攻撃、内から市民が蜂起すれば、向こうも戦いにならない。
このとき100人の富裕層が持つ金では、1,000人が持つ鍬を止められない。
「街に警邏隊がいないのも、郊外のパルチザンを取り締まるためかもしれん。
敵を甘く見積もって報告するのは万死に値する。
だが、過剰に大きく見せるのも利敵行為だ」
「見極めないとね」
翌朝。
私たちは馬車で、中流層が住まう区域へ向かった。
ここの広場なら、多少の変化は蓄財で耐え抜ける層とは別の人々が集まる。
また、支配体制や戦争の影響を真っ先に受ける農民も売り買いに来る。
その日その日、今を敏感に感じる声が聞けるはずだ。
さて、こちらの雰囲気は
「こっちも混んでるね」
「富裕層より人数が多いからな」
しかし、閉じ籠るほど荒れてはいないらしい。
何より、
「アネッサ。ちょっと降りて、リンゴを買ってきてくれないか」
「リンゴ? いいよ。いくつ?」
「オマエも食べるなら2つか。諜報はしなくていい」
「はーい」
「買ってきたよ。そんなに食べたかった?」
「いや、それよりアネッサ。店主の雰囲気はどうだった?」
「雰囲気? フツー」
「うむ」
だろうな。はたから見ていてもそうだった。
何より、ここに来てからずっと。
私たちはヤーン氏の縁者ということで、上流層の設定になる。
乗っている幌馬車もそこそこ豪華、ひと目で階層が推し量れる。
だが市民の視線は普通だ。
睨まれもせず、無視もされず。
『あぁ金持ちが来たな。めずらしいな』
だ。
特に悪感情がない。
つまりは、
『やっかまれるような扱いの差はない』
ということ。
「なかなかうまくやるじゃないか」
リンゴはなんだか変な味に思えたが、私の歯茎は健康だ。
「すまない、そこのご老人」
ちょうど擦れ違おうとする爺さんがいたので声を掛ける。
「なんでしょう」
お、ゲイル語が通じたな。
「お急ぎではないか」
「いえ?」
「でしたら少しお時間をもらえないだろうか。
お嬢さまが久しぶりにゼネヴォンへ帰ってこられたのだが。あいにく私は北部の人間でね。
ガイドに不備があってはならない。礼はします」
「いいですとも」
とりあえずヤーン氏とは違う、バイアスのない声をキャッチだ。
「お嬢さま、こちらの方に案内を頼みます」
「よろしくてよ」
なーにが『よろしくてよ』だ。
似合わんぞ。
そこを突っ込んでもしょうがない。
爺さんを馭者台の隣に座らせ、ローテンポで進む。
「最近ここいらがヴァリア領に変わったと聞いたんだが」
「あぁ、そうですそうです」
「ゼネヴォンは天下の要害だ。5倍の敵兵にも耐えるだろう。そんな大軍が来ているのか?」
聞いておきながらだが、正直あり得ない。
フルール王国も複数の列強と戦線を構えている国だ。
特に今は北の島国からの侵略や、南の内陸海が忙しい。
その内陸海ではこのまえ負けたところだ。
そんな余裕があるとは思えん。
白十字王国よりは多くを動員できるかもしれん。
だが、ゼネヴォンを陥落せしめるほどの大軍や精鋭も、手札にあるわけがない。
それなら別方面でとっくに切っている。
「いえ、そういうわけでありませんよ」
ほらな、やっぱり。
「別に私らも軍とか戦争に詳しかないですがな。噂で聞くには、いつもと変わらん規模であると」
「そうですか」
となると、残る可能性はひとつ。
足りない兵力でゼネヴォン陥落を可能たらしめる
そんな才覚を持った名将が指揮を執っている。
「いや、それこそ」
「何かおっしゃいましたか?」
「あ、いえ」
思わず声に出たか。
でもそれくらい、あり得ないと言っていい。
繰り返しになるが、そんなカードがあったらすでに別の戦場で切っている。
となると、その指揮官は……
「きゃーっ!」
「なんだ?」
急に大声が。
思考を掻き乱されるじゃないか。
だがまだいい。
今のは悲鳴ではなく黄色い声だ。
被害者がいるわけではない。
声に釣られて視線をそちらへ向けると、
「おお、あれは!」
私ではなく、隣の爺さんがはしゃいだ声を上げる。
ただでさえの人混みが、吸い込まれるように集まる一箇所。
その波から生えているのは、
金糸の刺繍鮮やかな白地に、
黒で染め抜いたヤグルマギクの図柄と
左手に盾、右手で角笛を持って吹く御使いの絵
2種類の旗。
ヤグルマギクはフルール王国の旗として、目立つもう一つの方。
爺さんはうれしそうに御使いを指さす。
「何やら先ほどから、ここであった戦に興味がおありのご様子」
「えぇ、まぁね」
「だとしたらタイミングがいい! あの旗こそは!
ちょうど司令官どのが巡察に来られたようです!」




