ぶらり街歩けない
ゼネヴォンは元々、白十字王国の都市だった。
西の国境近くに位置しており、王国でも1、2を争う大都市でもある。
地元贔屓込みかもしれんが、『王都ベルノよりうえ』と評するヤツもいる。
その堅牢さ。
フルール王国が他所をメインにリソースを割いていること。
これらが今まで西方戦線を保たせていた要因であり、
『まだ手を抜ける方面がある』
ことが、四方を列強に囲まれた、白十字の戦線を薄氷の上で留めていた。
それがこのたび、状況が変わってしまって大慌て、ということらしい。
なるほど確かに、そこに
『ほぼ一人で列強を押し返したヤツがいる』
と聞けば、休ませてる場合じゃないな。
ベルノも国土の中央やや西だし。
それはいいとして。
「最近まで王国領だぞ? じゃあ普通にゲイル語が通じる」
すでにゼネヴォンを目前にした幌馬車の中。
私は馭者台で鞭を振るう。
「ますますアネッサご指名の意味はなかったな」
もみあげ野郎の悪意が際立ってくる。
敵国のガッツリ深いところまで行けって言われてもキレるが。
ま、逆に言葉に不自由しなくていい
と安心していたら、
「正直ロージーヌより西じゃ、ほぼフルール語しか使ってないけどね」
荷台の方で体育座り、そこそこ立派なドレスを着たアネッサが囁く。
「ゲイル語しか話せない人は浮くと思うな。
特にフューちゃんは顔とか体格とか、ゲイル系の特徴出まくりだから」
「世の中いろんな見た目のヤツがいるぞ。誤差だろ」
「でも人生で5人は見かける顔とかあるじゃん」
「あー、な」
なんだよ。
やっぱり私を編成したのは、自分からスパイとバラしてるようなもんじゃないか。
どのみちモミアゲはクソだわ。
だがまぁ、そんなことは私たちも先刻承知。
対策は考えてある。
この格好だって、潜入にあたって設定を練りに練ったものだ。
『アネッサはゼネヴォン出身のお嬢さん。
北方に嫁いでいたが、このたびの陥落を聞いて実家の様子を見に来た』
『私は嫁ぎ先のお手伝いさん』
ということらしい。
実家役は現地の親白十字派市民に協力を取り付けた。
うむ。完璧な偽装かは知らんが、最低限の言い訳はできるだろう。
問題は、私が面倒な設定を演じ切れるほど役者かどうか、だ。
ま、妹プレイよりは気分よくやるさ。
城門の関所は意外とすんなりだった。
若い男の門兵が2人。
幌馬車に怪しいものがないとだけ確認すると、
『よい旅を』
と笑うほどだった。
女性に弱いお国柄とは聞いているが。
「なんかチョロかったね」
「まぁな」
諜報する内容に
『敵軍の状態(物資の充実、疲労、慣れない土地で病気が流行っていないか)』
というのはあったが。
果たして性格を加えるかは微妙なところだな。
隙があるといえばそう。
あんまり関係ないといえばそう。
士気が低いのなら特筆すべきだが。
そもそも全部、あの2人個人の勤怠でしかないかもしれんしな。
「先に泊まるところ行くか?」
「大丈夫、疲れてないよ」
「じゃ、大通りから行くか」
敵軍の内情など、市民のフリでどう聞き出すんだと思うかもしれない。
もちろんゼネヴォン城にお手紙書いても返事はないだろう。
だがこういうのは、特に来たての占領軍は、市民の声でだいたい分かる。
だから人が集まるところに行こう。
と思ったが。
「進まないね。渋滞?」
大通りが近くなると、立ち往生する場面が多くなった。
占領下の街ではよくあることだ。
よく騎馬兵が走り回って、道まで占領したりする。
どうしても支配体制が移行する隙間で、治安が悪化するからな。
見回り強化だ。
ってのが相場なんだが、
「いや、単純に人出が多い」
今回は様子が違う。
買い物だったり商売だったり遊びに出たり。
とにかく大通りへ行く人、出る人、ごった返して壁になっている。
「歩行者天国だな」
まさか馬で蹴飛ばすわけにもいかん。
ジリジリと道を譲ってくれる良心を繋ぎ、カタツムリのように進む。
馬車と見た目も似てるしな。
「もう私だけ降りて、聞き込みしてこようか?」
「いや、知らない土地で迷子になったら大問題だ。焦らなくていい」
それに、この状態はこの状態なりに、見えてくるものがある。
「にしても、これはちょっとマズいな」
「ね。日が暮れるまでに家に着かないかも」
「そうじゃない」
アネッサ、意外と諜報向きではないのかもしれない。
のほほんとしてるもんな。
気が回るヤツだから、人の機微に聡いと思っていたのだが。
「市民が多く出歩いているってことは、
みんな安心できているってことだ」
渋滞は渋滞でも、こっちは占領下じゃ異常な光景だ。
普通こういうときの市民は、固く門戸を閉ざして出てこない。
何せ占領してきた敵兵が多くいるのだ。
治安を悪化させるのは、火事場泥棒やパルチザンばかりではない。
むしろこっち。
ヤツらに同胞としての意識や人権、慈悲はない。
『こっちは戦に勝った上位者だぞ』
『武器も持ってるぞ』
なんて要素も、気を大きくさせ悪魔化を加速させる。
店は荒らされ商品を略奪される。
娘っ子はどこぞに引き込まれて暴行される。
男はたまたま機嫌が悪いとかですぐ殺される。
残酷な強者と弱者の構図だ。
これを逃れるために誰もが、
『相手の視界・認識から消える』
を選択する。
それがこの街では起きていない。
「逆に治安維持の騎士も、横柄な非番のヤツも溢れていない。
元々国境付近の土地は交流があるもんだが、
それ以上に馴染んでいるんだ。市民と進駐軍が」
手強いぞ。
「これを可能にするには、兵士が市民に害を加えない。
つまりは悪魔化しやすい連中を、完全に律し統率できなければならない」
「……当たりたくないね」
さすがのアネッサも、少し声が低くなったな。
そうだとも。
それは転じて戦場で当たるとき、
『指揮官に忠実。指揮を完璧にこなし手足のように動く、鉄の結束の軍隊』
に変身するからだ。
恐ろしい。
3匹のカマキリがバラバラに襲ってくるより、アリの群れの方が断然怖い。
「それに、略奪しないってことは必要がないってことだ。
物資、精神、どちらも余裕があって充実している」
雑感、隙がないと言えよう。
それ以上に、輪を掛けてマズいのは
「しかも、だ。ゼネヴォンという大都市を陥れ、これだけ土地に受容されている。
なんなら我々がここを攻め返したとき、市民はフルール軍に味方するだろう」
「どうして!?」
「別に生活が悪化しないなら、市民には統治者なんてどっちでもいいからな。
それより戦火で街が焼ける方が困る」
じゃあどう協力するのか?
まさか民兵ゲリラとして襲い掛かってはくるまいが。
だが、進駐軍に食糧の供出なんかはしかねない。
「そうなりゃもう、ここは立派な拠点だ。
冬が来たって連中居座るぞ」




