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歴史に残る(残ってしまう)瞬間

『いや、しかしなぁ』

「ゴチャゴチャ言うな。応じなかったらキサマら全員皆殺しだったんだぞ」

『そうは言うがな。オレはせいぜい一方面の指揮官だ。国王の意向でもないのに』

「でも私らが降伏するときは、オマエ相手に調印するんだろうが。そういう権限は与えられてるんだよ」

『それはオマエらを屈服させるのが国王の』

「細かいことを考えるな。男なら腹を(くく)れ。気持ちのうえで括るか、私に切られて傷口括るか、ふたつにひとつだ」


 翌朝。

 場所はベーゼリッヒ高原で一番の高台。


 早い話、私の陣だ。


 別に降伏判定でも捕虜でもないが、こっちに来てはもらった。


 何せ、せっかく漕ぎ着けた和睦も、妹魔法がゆえだ。

『じゃあ明日』とか言って敵陣に残してきたら、効果が切れて反故(ほご)にされる

 なんてことは大いにあり得るからな。


 ってことで私のテントにて、一晩身柄を拘束した。

 これなら逃げられんからな。


「ほらがんばれヨハンくん。もう少しだから」

「ふぁい」


 見張り係に選ばれた通訳くんの目や表情。

 徹夜のせいか、生命維持活動以外全部死んでいる。


 だがもうじき解放してやれるのだ。


「さぁナルデーニ卿。出発の時間だ。全て終わらせようじゃないか」

『ぐむ……』






 本陣に到着するまで、特に襲撃されるとかはなかった。

 たまにワンチャン奪還とか狙うヤツがいるからな。


 味方の本陣はさすがに、長靴側のを見たあとだと少し規模が小さい。

 だがナルデーニは落ち着かない様子で目を動かしている。


 勝ち続けてきた男だ。

 自分の船に呼び付けることはあっても、相手の懐に乗り込むことはなかったんだろう。


 首ごとキョロキョロしないだけ、まだ強靭な精神力だ。


「ほら、あのテントだ」

『……』

「安心しろ。取って食ったりはせんさ」


 見えてきた、一際大きいテント。

 ゼッケンドルフの爺さんのに負けないサイズだ。

 どころか金糸で気取った刺繍まで施されている。


 この調印のために、特別なのを引っ張り出してきたな。

 普段余らせてるんだったら私にくれよ。


「あそこに入って、書類読んでサインするだけだ」

『まともな内容であればいいがな』

「それでオマエも部下も、安全に国に帰れるんだ」

『そうだといいがな』

「海の男のくせに、ネガティブなヤツだな」


 グチグチ言いつつ進んでいくと、テントから女が出てきた。

 こちらに手を振り、駆け寄ってくる。

 うむ、近くで見ると三十路って感じだな。


「私、ゼッケンドルフ閣下付きの、エヴァ・アマンです」

「第四騎士団団長、フューガ・ミュラーだ」

『そちらがナルデーニ卿』

『いかにも』


 あぁ、本陣の通訳か。

 私ゃてっきり、スケベジジイが女(はべ)らせて喜んでるのかと。


「ゼーラーくん。通訳の交代が来た。休んでいいぞ。そのへんで寝かせてもらえ」

「はっ!」


 私も寝たいが、そうはいかない。


『さ、どうぞ。こちらの準備は全て整っておりますので。ゼッケンドルフ閣下がお待ちです』


 よし、いよいよだ。

 いっちょ歴史的瞬間に立ち会う、いや、



 歴史を少し動かしてやろうか。






 テントの中は、中央にテーブル。

 空いた椅子の対面に爺さんが座っていて、周囲は騎士団長と護衛たち。


「無駄に広いな」


 調度品とかを(しつら)えるんじゃなければ、逆に空間密度が貧相だ。


 だがギュウギュウだと圧が強いのも事実。

 ナルデーニは多少ホッとしているらしい。


 足取り軽く、はないが、特別淀むこともなく席の隣へ。


「まずはお越しいただき、ありがとう」

『いや、なんの。両国にとって実りある会談となるよう期待している』


 まず爺さんが立ち上がって()()()()

 ナルデーニも堂々返して着席。


「では早速、和睦の条件に関してなのだが」


 話し合いのスタートだ。


 いや、調印させることは決まってるんだがな。

 かといって丸切り()()()()でもない。


 この場ではどんな条件を飲ませたとて。

 無茶苦茶な内容なら帰ってすぐ、実力行使で解消に来るだろう。

『破ったら天罰で長靴半島皆殺し』とかならないのだから。


 で、ナルデーニにまわされた書面。

 私は半島語読めないんだよな。


 立ち位置を少し変えて、爺さんの前に置かれている方を見る。


 うむ。

 変なことは書いてないな。


『毎年理不尽な量の貢ぎ物を差し出せ』


 とか


『国境の城いくつ割譲しろ』


 とか。

 あくまで敗者に突き付ける条件ではなく、対等な落としどころ



『不可侵条約』



 について記されている。


『落とした城は返せ』

『侵略した村で奴隷用に捕えた市民も返せ』


 ってのは強気だが。

 下に出過ぎても得せんからな。


「何か異存はございますかな?」

『いや……』


 よし、あとはコイツが署名するだけだ。

 それでこの戦いは一旦幕を閉じる。


「ではサインを」


 先にゼッケンドルフ卿が、互いの言語2種類の書面に名を記す。

 イカつい見た目のわりに、繊細でバランスのいい字を書きやがる。


「ここに」


 続いて書類とペンがナルデーニへ。

 ゆっくりした手付きでペンを取り、インク壺に漬ける


 が、


『ぐ、うう』



 そこから動かない。

 プルプル震えて、書きやがらない。



 まぁそうだよな。

 本人も言ってたが、勝手に和睦なんて結んでしまったらな。


 後ろ指刺されまくるなかをUターンして帰国。

 転じて真正面から批判の嵐だろう。


 そういうのを無視しても、男のプライドってモンがある。

 屈辱だよな。

 その感情は私にも痛いほど分かる。

 特に最近は。


 全員の視線がナルデーニの右拳に。

 無言で、じっと、延々と。


 逆に金縛りにしてしまったか?

 震えすら止まってしまった。


「いかがなされた」

『いや、何も』


 静寂を破った爺さんの声が、どこまでも冷たい。


 マズいな。

 これ、下手したらナルデーニのヤツ、ストレスでプッツンするかもしれん。

 つまりは、



『やっぱり和睦など受け入れられん! 殺さば殺せ!』



 とか叫んじゃったりだ。


 勢いで出た言葉だとしても、こりゃマズい。

 公式の場で、公式のサインより先に出た意思表示なわけだから。


 しょうがない。



 ここはひと肌脱いでやるか。



 なるべく、なるべく周囲には聞こえないよう耳元まで寄って



「『お兄ちゃん』」

『オッ!』



 キモチワルイ声を出すな。

 不意打ちだったのは謝るからさ。


「『書かないの?』」

『それは』

「『書かないと、大変なことになっちゃうよ?』」

『それはぁ!』

「『書いた方がいいと思うけどなぁ』」

『あああ!』


「『書ーけ♡ 書ーけ♡』」

『フーッ! フーッ! グウウッ!』




「『書けっ♡ 書けっ♡ 書いちゃえ♡ いいでしょ♡ 楽になろ♡ 書いたらぜーんぶ解放されるよ♡ 書けっ♡ 書いちゃえ♡ 書けっ♡ 書けっ♡ 書けっ♡ 堕ちろっ♡ 堕ちろっ♡ 堕ちろ堕ちろ堕ちろっ♡ 楽になれ♡ 全部出しちゃえ♡(?) 堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろっ♡♡♡』」



『あああああうわぁ〜〜〜〜〜っっっ!!!!!』











 8月25日。

 この日、白十字王国と長靴半島王国のあいだに和睦が成立した。


 不利な戦場から一転の結果は、のちに


『戦史上、外交上の軌跡』


 呼ばれるほどの出来事となる。



 つまりは、この一幕は白十字王国あるかぎり歴史に刻まれ続けるのであり、


 震える筆跡の『キオスキ・ナルデーニ』と


 味方陣営のドン引きのなか、




 私は本格的に、大切な何かを失った。

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