湖で一休み(したかった)
「準備できました!」
「うむ」
今騎乗すると矢に当たるから全員伏せているが。
というか馬は半数以上やられてしまったが。
人間はみんな近くに固まっている。
号令すれば、いつでも離脱に移れるだろう。
向こうも自分たちの進路を邪魔したくないからな。
土属性魔法なんかで囲われないのも味方している。
やるなら今だろう。
「着火!」
選りすぐった火属性魔法の上手たち。
おぉ、壮観だ。
紅蓮の壁とでもいうべき塊が酸素を貪り、風に乗って飛んでいく。
とんでもないスピードだ。ありゃ逃げられんぞ。
「団長」
「あぁそうだった」
見惚れてる場合じゃない。
「今だ! 離脱するぞ!」
敵が炎に阻まれ、あるいは目を奪われるあいだに坂へ。
木々の暗闇に姿を隠す。
正直、カッコ付けたとおりに敵先鋒をやれたかは分からん。
いちいち振り返って確認している余裕はない。
それで敵に追い付かれたら世話ないし、
「急げ急げ!」
「なんてこった! やり過ぎだ!」
「勘弁してくれぇ!」
「フューちゃん!」
「敵も本隊も、私たちが観念して自爆したと思うかもな!」
山火事になってしまった。
モタモタしてると焼け死んでしまう!
生き残るためにやったってのに!
大慌ての絶叫
炎が燃え盛る音
森林が焼け落ちる音
敵の悲鳴もかき消されて、戦果はひとつも分からない。
むしろ国土目線で見れば、敵よりよっぽど荒らしている。
申し訳ないね。
数時間経って、分かっていることは二つ。
我々第四騎士団は無事逃げおおせたこと。
本隊の陣の方を見ても、夜襲を受けた様子はないこと。
夜が明けた。
湖面に朝日が反射して眩しい。
「アネッサ、被害を報告してくれ」
「はい。矢傷や火傷による負傷者は半数を超えます。
しかし、死者は数名に留まりました」
指揮官として喜ばしいことであり、
人として喜んではいけないことだ。
これが戦争だ。
だが、火傷多数か。
「アドリブで火計は使うモンじゃないな」
「風向きによっては、自ら退路を断ちますしね」
元の陣に戻れないのは痛手ではあるが。
せめて湖畔の森を逃走先に選んだのは正解だった。
「冷たい水で、しっかり癒させてやれ」
「はい」
まぁ言われずともみんな、やっているだろう。
私も汗まみれ、顔が煤まみれだ。
男どものあとで水浴びをしよう。
「それより団長」
アネッサもそれは分かっているから、号令せずに話を進める。
「このあと、我々の行動は」
「そうだな」
逃げられたはいいが、おウチに帰れたわけじゃない。
戦はまだ続いている。
「休んだら本隊へ合流しよう。顔を出さんと、死んだと思われているだろうからな。
兵糧もない。奇襲もパーで作戦は練り直し。
連携を取らねばならん」
「かしこまりました」
「なるべく早い方がいい。準備はさせておけ」
「はい」
だが今すぐではない。
もう少し水浴びしたいだろうし、
私もこのザマで合流はしたくない。
本隊のために死闘を繰り広げたのだ。
今ザウパーあたりに
『女を捨てた』
煽りでもされたら、首級をひとつ増やすことになる。
さて、もう奇襲のためにコソコソすることもない。
あとで白湯でも飲むか。
遅い。
いつまで経っても男どもが湖から戻ってこない。
何を遊んどるんだ。
バカンスか。
男同士水掛け合ってキャッキャウフフしとるんか。
実は奇襲に遭って全滅?
ないない。
近いからはしゃぐ声しとるし。
様子も見に行ったし。
見たくもない男の裸見たし。
「フューちゃんイライラしてる?」
「してる」
「だよね。クセが出てる」
曰く、私はイライラしていると
真顔
腕組み、やや前傾姿勢
脚を肩幅に開く
椅子があったら座る
ひたすら右足のつま先で地面を叩く
らしい。
今は椅子がないから丸太に座っているが。
こりゃイカンな。
アネッサは心が広いからいい。
だが、疲弊した部下に上司のイライラは悪い効果を生む。
落ち着かねば。
自分で解消するのがデキる団長の条件だ。
「向こうにも水場があったな」
「はい」
目の前の湖をスルーして少し行くと、千切れた一部みたいな池がある。
「水浴びしてくる」
「あ、私も」
「ダメだ」
「えー」
「オマエからはときどき、男以上に怪しい気配を感じる」
女が戦場に向かない理由。
男社会ではときに、単独行動を採らざるを得ないからだろうか。
「裸で群れから逸れて一人。敵が来たら確実に死ぬからなぁ。あー、水冷たい」
そう考えれば、今の私は立場ある者として最悪の選択をしている。
だが命の洗濯は誰にでも必要だ。
「あぁ、やはり体を清めるのは気持ちがいい」
最近は尊厳を踏みにじられることばかり。
せめて乙女の一分として、野郎から裸を隠すくらいしたい。
でも、敵に見つかって裸で殺されてる方が終わってないか?
普通に戦場で華々しく死ぬより悪くないか?
「知るかそんなもん! 空が青いしなァ!!」
馬ものんびり水飲んでるしな!
どうせ私が殺されたら、近くに敵の軍勢もいるってことだ。
だったら第四騎士団も皆殺し。
目撃者なんかいねぇよ!
敵が見てる?
知るか。白十字本国には伝わるまいよ。
まぁそれはそれとして。
あんまり冷たい水ばかり浴びていても風邪を引く。
特に今は疲労が溜まっているしな。
水を掬うのをやめると、音がひとつ減ってスーッとする。
風の音
木々のざわめき
鳥のさえずり
馬の荒い鼻息。
「!」
私の乗ってきた馬じゃない。
風に乗って、左から聞こえてきた。
誰かが近くに来ている。
だが私が来た方向、背後からではなかった。
つまりは味方ではないってことになる。
とにかく服だ。
可能なら鎖帷子も。
プレートアーマーまで着ている暇はない。
ハルバードだけつかんで馬に跨ると、
左斜め前の木々の隙間から
「あっ」
「ちっ」
長靴軍の鎧を着た男が現れる。




