吹き荒れる海風の男
ここまでくればもうコソコソする必要はない。
むしろ、
「騎士たちよ! 鬨の声を上げろ! 叫べ! 戦え! 角笛を鳴らせ!」
「「「「「オオオオッッッ!!!!」」」」」
大騒ぎするにかぎる。
相手を威圧し、かつ自らを鼓舞する叫び。
『見つかっていない』
『自分たちが奇襲する側』
と信じて疑わない連中を、真っ逆さまに突き落とす悪魔の声。
また、騒ぎが聞こえていれば、本隊が敵の位置を把握できる。
もう叫ぶしかない。
叫ぶにかぎる。
で、理性的にやるのはここまでだ(すでにない気もするが)。
あとは、
「掛かれ掛かれ掛かれ!!」
坂道を真っ逆さまに
急なデコボコした斜面を、躊躇することなく馬で駆け降りて
敵の指揮官目掛けて、当たるを幸い得物を振り回すだけだ。
なんか最近乱取りみたいな戦いばっかりだな。
「オラァッ!」
『グエアッ!』
そのイライラも敵にぶつけてしまえ。
「ことここに至って、剣もメイスもない!
全て叩き割れ! 叩き伏せろ!
盾で受ければ腕の骨を、兜で防げば首の骨をもらっていけ!」
さぁやれ戦士ども!
私も敵兵全員、鎧の上から内臓破裂させてやるぞ!
と行きたいところだが。
そうもいかん。
部下を熱狂せしめども、いや、なればこそ。
指揮官は冷静でなければならない。
機を見極め、最優先事項を見失わず行動せねばならない。
で、ここでの『最優先事項』ったら
「アネッサ! 援護しろ!」
「はい!」
「私自ら切り込む! 少しのあいだ、あの旗本連中を抑えろ!」
敵指揮官の首を叩き落とすこと。
悪いが部下どもに手柄を譲ってやるとかいう余裕はない。
奇襲に成功したとて、500に満たない小勢で敵のど真ん中。
もう本隊以前に、1分1秒の目的遂行・離脱の速さが命を分ける。
誰でもいい。全員で首を獲りにいく。
『行かさぬっ!』
「どけやあぁっ!」
槍に旗を括り付けた騎士がまず1人立ちはだかる。
殺傷能力こそあるが、儀礼刀みたいなモンだ。
やはり戦闘を想定していない近習衆で間違いない。
私は馬上槍。オマエも馬上槍。
条件が一緒なら、
『ぐふっ』
馬の勢いも乗った。
鎧を抜いた手応えはないが、胸骨が逝ったな。
『あのハルバード! 女の声!』
『熊だ! 熊が出たぞ!』
いいぞ、もっと騒げもっと騒げ。
長靴語は分からんが、『熊』って単語はもう覚えたんだ。
『死ねやぁ!』
別の旗本が槍を構える。
アイツは冷静に魔法で熊撃ちの構えだな。
乱戦ではフレンドリーファイアしかねん悪手だが。
この場に至っては冷静な判断だろう。
だが、
「ふっ!」
何かが顔の横を通り過ぎる。
『ギアッ!』
魔法撃とうってヤツの首に刺さったのは、さっきの旗か。
アネッサが拾って投げたな。
なんてのんきに眺めたからか。
「ん?」
暗闇でよく分からなかった意匠に今気付く。
あれは、
「青地に、ヤマネコ」
「団長!」
頭から湧く汗が倍になったんじゃないか。
『うおっ!』
『わ、わ、わ、わ』
『どうどう!』
アネッサに貫かれたヤツは風属性を撃つ寸前だったらしい。
私の汗は飛び、敵の騎士どもも煽られて落馬する。
人の壁が倒れて澄んだ視界の先。
そこでなおも涼しく馬上に居座っているのは
顔は知らない。
だが分かる。
噂に聞いた、若く背の高い男。
南方の海から来た、薄く桃色に日焼けした肌。
泥の戦場にあってなお、シルクの気品を醸すと聞く美丈夫は
「キオスキ・ナルデーニか!」
まさか、奇襲部隊の大将が
敵の総司令自らだったとは。
「団長!」
「アネッサ!」
いかん、世界に3人だけになった感覚だ。
500近い騎士たちがいるというのに。
指揮官として、冷静さを欠いている。
だが、
「ここで仕留めれば、向こうしばらく南方は安泰だ!」
「はいっ!」
「この機会! 意地でも逃すな!!」
そろそろ本気で休暇に帰してほしい。
でなけりゃこう何度も死に番みたいな使い方、いよいよ命がないからな!
目に付いたヤツをとにかくタコ殴りにしていた騎士たちも、
「「「「「おおおおお!!」」」」」
目の色が変わる。
今この場においては、数の有利不利もない。
条件は互角どころか、奇襲を掛けたこちらが有利。
獲れる! あの首!
500弱の切っ先が、一人の男の心臓へ向かう。
護衛どもめ、今更起き上がっても遅いぞ。
あとは誰が500分の1の栄誉をつかむか
というところで、
「ううっ!」
「きゃっ!」
「アネッサ!」
なんという向かい風だ。
さっきの敵の暴発とは話にならない!
実際アネッサは落馬した。
「まさかこれ、ナルデーニが?」
「らしいな。さすが内陸海を制した男!」
なるほど。軍略家でもあるが、その強さは魔力にあったか!
「水軍のくせに水属性じゃないなんて!」
「渦潮は味方も巻き込むからな!」
そんなことより問題は、まだ『向かい風』だけってことだ。
風の刃なんか飛ばしてきたらたまらんぞ。
「騎士団、盾を展開……」
私の指揮は、あるいは最後まで聞こえなかったかもしれない。
なぜなら、
急に嵐レベルの夕立が降ったような
湖の白鳥の群れが一斉に飛び立ったような
ザアッと鳴る激しい音。
だがそのどれとも違う。
私たちが、戦場でこそ聞き馴染んだあの音。
矢だ。
矢の雨だ。
「アネッサ!」
ハルバードの斧部分を顔の前に掲げて盾に。
「んがっ!」
次の瞬間には落馬していた。
くそっ、今のはハルバードに矢が当たったのか?
押し込まれて鼻を打ったぞ。
いつだったか、雹が降ってきたときでもここまではなかった。
他の騎士たちも叩き落とされたり、あるいは鎖帷子を抜かれている。
なんつう威力だ。
アネッサが向かい風を出さなかったら、プレートまで貫通しやせんだろうな。
「団長!」
「聞こえん! もっと大きい声で話せ!」
「ありえない矢の量です!! どこからこんな!!」
それが分かったところで矢は止まらんがな。
会話に応じることで解いてやれるプレッシャーもある。
「おそらく、本来射程外の後続部隊が放った矢を、風に乗せて届かせているんだ!」
幸いにして、木がどんどん薙ぎ倒されている。
「丸太の陰に伏せろ!」
さすがにこの分厚さなら貫通してこない。
普通戦場のど真ん中で伏せてりゃ、背中を突かれて終わるが、
『うおおあ!』
『なんだなんだ!』
『ナルデーニ閣下か!?』
『こっちまで矢が飛んできたぞ!」
敵さんも巻き添えで思うように動けていない。
かといって、このままじゃジリ貧だ。
「団長、どうしましょう」
アネッサが木の陰伝いに這ってくる。
「そうだな。このままではいずれ全滅だ。ナルデーニの首は諦めた方がいい」
「では」
「あぁ、撤退する。だが、
やはり敵はある程度減らしたい」
もう奇襲にならんから、向こうも本隊へ仕掛けはしないだろう。
が、我々もお役目ってもんがあってな。
「アネッサ。オマエはいつでも離脱できるよう騎士団をまとめておけ。そうだな、あの斜面を真っ直ぐ降りよう」
元の陣には戻れんが、まずは確実に逃げ切るべきだ。
「団長は!?」
「私は、そうだな」
背後じゃ敵の先鋒隊が、風と矢が怖くて近寄れないでいる。
「せっかくのいい風だ。
精鋭の先駆け衆だけでももらっていく」




