妹 ≒ メスガキ
寄せ手の大将。
中年で、噂に聞くナルデーニの外見とは違う。
一番の作戦目標と棚ぼたでかち合ったわけではない。
戦場の俯瞰に持ってこいの立地だからな。
総大将自らを期待したが、そうはいかなんだらしい。
が、かまわん。
必ず仕留める。
馬では自分の足ほど『回れ右』がスムーズではない。
人の隙間を縫って走れる図体でもない。
すぐには逃げられるまい!
脚代わりが逆にあだとなったな!
こうなると雑兵どもが邪魔だ。
大勢を相手に無双するのも楽しいものではある。
なんか妙な快楽物質が出る。
だが絶対倫理的によろしくないジャンルだからな。
あまり味を覚えてもいけない。
ということで、
「頭上、失礼」
『うわっ!?』
飛び越えていくにかぎる。
あるいは、
『おあああ! オレを踏み台にしたぁ!?』
先に謝っておいたぞ。
長靴半島人にゲイル語が通じるかは知らんが。
ソイツのことは忘れて、今は敵大将だ。
ひとつ、ふたつも跳べば目と鼻の先。
さっきは馬上の不利を並べたが、今度は叩き落としてやる。
混乱とダメージが加速するし、
何より、馬上じゃ捕えるのが困難だからな。
『仕留める』とは言ったが、何も殺しはしない。
むしろ殺してはならない。
これだけドンパチやってんだ。
おそらく奇襲部隊の存在はバレている。
起死回生の策が割れているのだ。
非常によろしくない。
だからこそ、こちらも敵の手の内を
口を割らせねばならない。
「くらえやぁっ!!」
『どぅあっ!』
受け切れるものかよ!
頭上から鎧を纏った重量の大人が、7メートルの遠心力で鉄塊を振り下ろしてくる。
これで落馬せんヤツはセントールだ。
だが叩き落としただけでゴールではない。
今度は7メートルが距離に変わる。
捕縛は完了していない。
まずは斧部分でしっかり地面に押し付ける。
『ぐううう!』
「ハッハッハッ! 無駄であぁる!」
すぐには持ち上がらん重さを掛けたところで、
「そらっ!」
槍の穂先を地面に突き刺す。
これでハルバードの蓋は固定完了だ。
手を放せば当然、腕力分の圧は消える。
が、
『おのれっ』
「オラッ!」
『うわっ』
「こらこら。こんな美人を置いて、どこに行こうってんだオマエ」
走れば向こうが立ち上がるころには間に合う。
体勢が整わんところを蹴り倒されるのは、かわいそうだが滑稽だな。
あとはフィニッシュへ持っていくだけ。
剣を抜いて馬乗りになれば
『なめるな!』
「おっと」
この状況でなお、剣を振る元気があるのか。
いいガッツだ。
落馬の衝撃を受けても剣を握ったままだったしな。
だが、
「効かんよ。諦めろ」
焦ったな。
馬乗りの相手は見えにくい脚腰を狙え。
顔や首への攻撃は反応しやすい。
だが鍔迫り合いになってしまった。
あまり時間を掛けると横槍も入る。
妙な膠着は困るぞ。
「あー、えーと。『降伏しろ』」
これでも最低限、戦場で使う敵国の言葉は覚えている。
だが、
『断る!』
ダメだな。
言語以上に心が通じん。
「『諦めろって』『勝ち目はないぞ』」
『知ったことか!』
うーん。
いや別に、横槍さえなければな。
味方を待って、強制的に縛り上げりゃいいんだが。
1人で絞め落とす手もあるが、さすがにリスキーだ。
『うおおおお! ママ! オレに力を!』
「ちっ」
面倒だ。
かくなるうえは……
いや、待て!
そんな行為に身を堕とさずとも、うまく行くだろうさ!
ここまでアレを使わずに進めているんだぞ!?
なぜ自ら汚辱を求める!?
自分を貶めるな! 大切にしろ!
『うおらっ!』
「うおっ」
ちっ!
鍔迫り合いから手首を捻って、スナップで首を狙ってきた!
単純に状況がよくないな!
いくらでも刃が届く間合い。
こちらは殺さんようにしているが、向こうは遠慮などいらないのだ。
となると、
クソッ!
なぜ私が追い詰められている!
クソッ!
クソッ!
「お……」
『ん?』
「いいからおとなしくして、
『お兄ちゃん』」
『なっ!?』
びゃああああああ!!
いっ、痛い!
刺されたかな!?
でももっと物理じゃない、人間として大事な部分が痛い!!
ええい、そんな顔するな!
でもそんな顔なるよな!
戦場で、『女熊』と呼ばれた女が
今にも殺してきそうな馬乗りで
急に『お兄ちゃん』とか言ってきたらなぁ!?
私だって言いたくなかったけどなぁ!
でもこういうこともあろうかと、長靴半島語の
『お兄ちゃん』
『お姉ちゃん』
は頭に入れたのさ!
たった2つの単語の組み合わせで、死にたくなったのは初めてさ!
3つならある。
『親』
『期待』
『結婚』
ええい考えるな!
雑念があると本当に死ぬぞ!
勢いで乗り切れ!!
「『お願い、お兄ちゃん』」
『ぬおお! オレはぁ!』
さっさと堕ちろ!
1分1秒でも早くこの苦しみから私を解放しろ!
こうなりゃ耳元で囁いてやる!
「『諦めろ♡』『もう無理だ♡』『折れろ♡』『負けちゃえ♡ 負けちゃえ♡』」
『ああああああ! オレはぁ〜〜〜〜〜ッッッ!!』
『仕方ないなぁ♡ 特別だぞ♡』
「『ありがとう、お兄ちゃん♡』」
堕ちたな。
キサマも、私も。
鍔迫り合いも解けた。
剣も手放させた。
もう抑える必要はないだろう。
馬乗りのまま天を仰ぐと、満天の星空が見える。
高地だけあって近いな。
近く見えるのに、人が絶対届かない距離にいる。
人の愚かさや悲しみなど知らない顔で、キラキラ童女のように瞬いている。
「私は、何をやっているんだろうな」
「戦争してるとそういう気持ちになったりするよね」
気が付けば隣にアネッサがいた。
いや、そういうことじゃないんだよ。
ていうかもっと早く来てくれたら、あんなことしないで済んだんだよ。




