責任重大
翌朝。
味方の陣から煙が上がっている。
黒ではないから、襲撃を受けて焼かれているとかではない。
汁物でも作ってるんだろうな。
ゆらめく魅惑の白い筋が恨めしい。
我々第四騎士団は冷たい干し肉を齧っているんだぞ。
チクショウ。
高地だからな。
カピカピの肉を流し込む水も冷たい。
ただでさえ鎧が冷たいんだ。
体の内側まで冷えたら、戦どころじゃなくなるぞ。
だったら湯ぐらい沸かせって?
それなんだが
「団長!」
頭上から声、ということは。
木に登っていた坊やだな(そんなに歳変わらないが)。
見張りがここまで騒ぐってことは
「長靴軍が現れました!!」
「来たか」
遠い山道の先に、反射された太陽光が見える。
あんなところに水場はない。
つまりはきらめく武具、
殺意の塊だ。
「そのまま見張っておけよ! 道を曲がったり山を登れば逐一教えろ!」
「はいっ!」
ここは一帯で一番高い場所。
本隊から見えたのは我々より少しあと。
覚悟していただろう。
斥候を放って、随時接近の報せを受けていただろう。
それでも大慌てするさまが見える。
実際目の前に出てくるかどうかは別ということだ。
「敵の動きはどうだ!」
「分かれ道を西へ折れました! 山陰で見えなくなりますが、一本道です!」
「順当にいけば、予想どおりの位置に布陣する、か」
2万の大軍を、ある程度尾根伝いに固めておける立地は限られている。
「イニシアチブは取れている、が」
「どう活かすかです」
アネッサの言うとおり。
現状は相手をコントロールできているが。
別にここから一撃必殺の策があるわけじゃない。
あの山が実は火山で、明日には連中を吹っ飛ばしてくれるわけでもない。
予想外のことをされたらマズいから、確実に安定択を選ばせただけだ。
そういう意味では、敵に不利を強いれているわけでもない。
一応こちらも、誘導しておいて無策ってこともないんだが、
「さて、どう出る」
機会を待たねばならない。
じっと息を殺して、気配を消して。
万が一にも勘付かれることがないように。
高所から、女豹の狩りのように、ひたすら『その瞬間』を待ち続ける。
そう、その策とは
我々の役目は
アネッサが困惑した編成や、特別な配置の意味は
奇襲だ。
弱者が強者に勝つ、邪道の王道。
戦史上、この手で劣勢を覆した記録がない国はないだろう。
常に高所から機を窺い
敵の配置、本隊の位置を把握し
山岳に騎馬は不安定、という条件を無視して持ち込んだ機動力により
最高のタイミングで、予期せぬ横槍を入れる!
そのためにメシの湯も沸かさず、黙ってブルブル震えているのだ。
絶対に警戒されてはならない、存在を勘付かれてはならないから。
夏でよかったよ。
冬場の高地でこの役目だったら、戦死すらできず雪だるまになる。
「本隊の動きはどうだ」
「出撃準備を整えているようです」
なるほど、
『よく見ておけ』ということだろう。
敵がどう動くか。
どこにどの程度の練度の部隊が、どれだけの数配置されているか。
脳内の絵図だけで、ぶっつけ本番で奇襲するのか。
実際に一度見て、シミュレーションを重ねたうえで行くのか。
成功率は大きく違う。
「いいか。指揮を執らない一兵卒に至るまで、全員目に焼き付けておけ。
このまえは我々が殿として命を張ったがな。
今回は味方が我々のために、命を使ってくれるのだからな」
まぁそのあと切り込む私たちもまた、決死隊みたいなものだ。
借りとまでは思わんがな。
昼まえ。
長靴半島王国軍の登頂、布陣が完了。
我が白十字王国軍本隊が攻勢を仕掛け、第一ラウンドが幕を開けた。
山と尾根、ゆるやかな坂、平原などが組み合わさったベーゼリッヒ高原。
爺さんはどうやら、尾根伝いでの進軍を選んだらしい。
「至れり尽くせり、だな?」
「はい?」
ほう、アネッサは気付かないか。
ま、白十字王国民だしな。
「いいか? 向こうは遠征軍、しかも指揮官は最近まで海上で戦していたヤツだ」
「はい」
「いかに名将といえど、このコンバートはなかなかにキツい。
しかも戦場は不慣れな敵国の、しかも特殊な地形と来た。
そこで敵軍が、尾根伝いに仕掛けてきたらどうする?」
「迎え討つ!」
「アホか」
コイツ、察しがいいとか人間的聡さはあるんだがな。
素直な心の人間な分、軍人には少し単純でもある。
「『慣れている連中が尾根を選んだ。このルートで仕掛けるのが一番なんだな』
と理解する。
だから次自分たちが仕掛けるとき、オウム返しを選択する、というわけだ」
「あー!」
何せ私らは弱小国。
奇襲は幾度となくしてきたし、
尾根は奇襲に脆いということは染み付いているからな。
基本は高所こそ有利な陸の戦いだが、
『稜線を移動している最中』
だけは逆になる。
ほぼ坂、平らな足場は狭い。
付随して隊列も細長くなる。
結果、大軍でも細い脇腹が丸出し。大将周りが手薄になってしまう。
あと今回は、仕掛けたタイミングも意味深だ。
敵が布陣してからの出撃。
普通なら陣が整わないうちに、いや、
なんなら登山中を襲うのが一番効果的なはずだ。
しかし爺さんは敵の準備が整うのを待った。
わざわざ反撃が激しくなるタイミングを選んだのだ。
理由はひとつ。
『不意打ちされた』
のではなく、
『正常な状態』
での反応を引き出さなければ、奇襲するときの参考にならないからだ。
だから危険を承知でやっている。
「それだけ、奇襲を絶対に成功させねばならん、ということだ。責任重大だぞ」
戦闘は2時間ほど。
どのくらいの被害が出たかは遠目じゃ分からんが、
両軍とも、致命的なダメージはないまま痛み分けになったと見える。
「寒い、な」
我々奇襲部隊、焚き火もできない。
夜に火は目立つからな。
「暗い、な」
当然篝火も焚けん。
寒さを凌いでテントに入ると、月明かりも星明かりもない。
「静か、ではないな」
なんか外からゴソゴソガチガチ音がする。
寒いし、今日は戦闘していないから疲れてないし、でも緊張はするし。
寝れないヤツが起きだしているんだろう。
「どれ」
そういうとき、構ってやるのも団長の役目だ。
メンタルケアもあるし、逆に野放図に騒がないよう監督もしなけりゃならん。
「楽しそうだな」
「あ、いやぁ、はは」
陣中央の広間みたいな空間で、若い連中が立ち幅跳びの飛距離を競っている。
夜遊び(健全)が見つかって、少しバツが悪そうだ。
夜更かし自体健全ではないが。
「気にするな。私自身が起きているんだ」
「はい」
普段『寝れるときに寝ろ』と言っているからな。
まぁ今日くらいいいさ。
「どれ、続けろ。優勝者にはブドウ酒を奢ってやるぞ。生きて帰ったらな」
「おお!」
まずは剣を倒した長さから。
徐々に伸ばして脱落式で遊んでいると、
「団長!」
参加者とは別のヤツが走ってきた。
「どうした」
賞品を付けたから、参加できない見張り連中が不満になったか?
なんて思えるほど、ぬるい表情はしてないな。
ガチャ、となったのは参加者の鎧じゃない。
剣に手を伸ばした私自身のだ。
私も団長、予感は当たる。
「敵襲です!!」




