サイレントナイト
すっかりと平静の日常を取り戻していた結城はクリスマス当日の夜を迎えようとしていた。
「店長。今日は無理言ってすんませんでした!」
結城は深々と店長と呼んだ人物に頭を下げた。
「なーに言ってんの!めちゃめちゃ助かってんのコッチなんだけど!!いや、マジで今日はめっちゃ、お礼させてね!!」店の厨房で料理を作りながらお礼を述べているこの女性は市村優子28歳。ヘブンズ・ドアーの店長だ。
「いや、マジで正直店長と俺と二人だったら絶対手抜きだったぞー。」皿を洗いながらフリーターアルバイト25♂の葛城静流は軽口を叩いている。
「あっ、いでっ!」
優子は笑顔で静流の横顔にデコピンをかまして結城に問いかけた。
「でもどうしたの?今日は学校休んでマルイチバイト入りたいなんて?失恋でもした?」
優子はテキパキと仕事をこなし次いでに静流にチョップをかましながら結城の様子を伺った。
「いやいや!そんなんじゃないっス!単純に今月ピンチだって気付いただけですから!」
当然店長に言ったことは嘘だったけど、自分の中で最適解だと思っている。そもそも殺されたり、拉致られたりしたのはこの店の前だ。
結城は店の中でじっとしてれば何も無いだろうと、少々バカバカしいと思いながらもその様な行動に移していた。
「うっわぁ、また物騒な事起きてんなぁ。」
優子が店のカウンター脇に置いてあるテレビを見ながらボソッと呟いた。
「どうしたんすか?店長ー。」キッチンでケーキにデコレーションを施しながら静流が質問する。
「ほれ、このニュース。新宿ルミネで通り魔だってよ。」優子は皿を並べながら顎でテレビを差した。
二人の会話を聞いて結城もテレビに目を移した。
「本日午後3時頃、新宿ルミネで通り魔が発生しました。複数人がナイフの様な物できりつけられ、19名が救急搬送された模様です。そのうち10名が心肺停止、1名が意識不明の重体、8名が腕などに怪我をしたようですが何れも軽症で命に別状はないとの事です。」
「ふーん。こりゃ大変だ。」
ニュースキャスターが淡々と報じているのを結城は特に気に留めることも無くテーブルを拭きながら横目で見ていた。
「うわぁ、マジっすねぇ!床めっちゃ血だらけじゃん!怖ぁ…。って、お友達来たぞ!結城くん。」ケーキを運んでいた静流が結城に呼び掛けた。
店の呼び鈴がリンリンと鳴ると最初に入って来たのは頭と肩を薄っすら白くした翔の姿であった。
「って、翔かよー。ほらコレ運んで。」静流は翔の姿を確認すると手に持ったケーキを翔に押し付けた。
「のわぁ!今日俺オフなんすけど!シズさんのバカっ!」翔はあたふたとケーキを押し付けられると溜息をつきながら渋々とテーブルに運んだ。
「翔!それコッチに運んで!」テーブルを拭き終えた結城は翔を手招きしてケーキの置き場を指差した。
「はぁ、せっかく初雪で静かな夜街を楽しんで来たのに、とんだホーリーナイトだよ」翔は雪をこさえたままもう一度大きな溜息をついたーー。