天国への扉
ーー意識が遠い。
微かに歌が聴こえる。
heaven…i'm in heaven…
古いレコードが向かいのテーブルでくるくると回っている、薄い意識の中何故かはっきりと歌詞が聴こえる。これは、ジャズでよく聞くCheek to cheekだ。
目線を斜めに持っていくと椅子に手足を縛られうなだれている男性がいる。
驚いて立とうとすると全身に激痛が走る。そして手足も動かない。どうやらあの男性同様に手足を縛られ動くことが出来ないようだ。
自分は何故こんな事になっているのか?結城はこんな状況であったが嫌に冷静な自分がいる事に少し驚きながらも現状を把握しようと暫く周囲を見回したが、やはり分からず目を閉じて今までの記憶を探るーー。
そう。たしか、クリスマスパーティーに向かう途中。準備は万端だった。
二万円の防刃ベストを身につける結城と少し距離を置いて結城を見守るボディガードの翔。
「もうそろそろあの場所だけど大丈夫だよな?」結城は不安そうに呟く。
「ちゃんと見守ってるから安心しろよ!」翔は後からBluetooth通信で結城に伝える。
しばらく歩みを進めると夢で見た場所はとうに過ぎて、目の前には目的のバー、ヘブンズ・ドアーがあった。
「あれ?」結城は間が抜けた顔で立ち尽くす。
「はっ!結局ユメ〜!二万円おつ〜!!」翔が茶化す。
「うっせ!今日はとことん飲むぞっ!!」
じゃれつく翔を払いながら結城がさっさとバーに入ろうと手をかけようとした瞬間。
「ぐわぁ!」「きゃぁあーー!」
どん!ばごっ!重い振動と悲鳴、そして数人のヒトが跳ね飛ばされているのが確認出来た。そして黒い塊が物凄い勢いでコチラに向かってくる。
「危ない!」
どごんっ!
翔は咄嗟に結城を突き飛ばした。
結城達がいた場所、ヘブンズ・ドアーの扉の前に黒いハイエースが突っ込んで行くのを結城はスローモーションで目の当たりにした。
翔に突き飛ばされた勢いとハイエースが飛び散らした破片から身を守ろうと地面に這いつくばるような体勢になった翔。
「くっ、痛ってて。翔!大丈夫か?」
結城は身をよじり、翔の方に目を向けると翔はハイエースと扉の枠に右足を挟まれた状態で苦悶の表情を浮かべている。
「くっそ!なんだってんだよぉお!!痛え、クソクソクソぉ!!」
翔の悲痛な叫びと周囲の人々が逃げ惑う混沌とした状況の中、ハイエースの運転席と後部座席の扉が同時に開く。
そして、ハイエースから二人の人影が降りて来た。一人は運転席から降りてきてオドオドとしたヒゲヅラの男。そしてもう一人は後部座席から降りてきた黒い服装に狐のお面を被った性別不明の人物。
「heaven…i'm in heaven」
狐のお面は鉄パイプを結城の頭にゆっくりと振り下ろしたーー。