備えあっても憂いあり
「で、どうだったよ?テスト」
放課後に疲れ切った顔で問いかける翔に対して虚無の顔と無言で返した。
「お前、2回目なんだよな?」
翔は呆れたように言い放つ。
「いや!覚えてたよ!?でも、2回目あるなんて聞いてないじゃん!?しかも、アイツ、冬休み終わってからテスト返すって言ったやん!糞がっ、物理の吉田!許せん!」情緒が崩壊した結城は肩を震わせながら天を仰いだ。
「だはっ!それでこそ結城だな!!俺も撃沈よー!」翔は陽陽と飛び跳ねるように結城の首に腕を回し、周りに人が居ないことを確認してから結城の耳元にコソコソとささやいた。
「でよ、対策の話だけどさ、クリスマスの企画もするんだろ?とりあえずお前ん家集合な。」
こうして死に戻り最初の夜に結城達は猟奇殺人鬼Xからの襲撃対策とクリスマス企画というまったくの異色の組合せを打ち合わせすることとなるのであったーー。
結城のアパートに着くと翔は我先にとコタツに足を突っ込んだ。「あー、寒サム。結城!はやくっ、ストーブ!」
結城はため息をつきながらストーブの電源をボタンを押した。
ストーブがついて暫くして、寒さでカチカチ言わせていた翔は落ち着いたようでコタツに顎を乗せながら眠そうに話し始めた。
「ふぅ。あったけ〜。…で、まずは殺人鬼対策だよな。ま、本当かどうかはさておき、命を大事に、だよな。」
翔の皮肉に少しムッとしつつ結城は答える。
「対策って言っても、どうすれば良いんだろ?」
「そりゃ、お前。迎え撃つんだよ。だって襲われるってわかってるんだからさ。先ずは防御策だね。」翔はシュシュッとシャドウボクシングのマネをして答える。
「防御策?」
「そっ、防御。結城、お前夢でどこ刺されたんだ?」
「どこって…」少しゾッとしながら結城は右腰と左鎖骨上部の当たりを恐る恐る擦った。
「ふーん。とりあえずネットストアでこんなん売ってるぞ。」翔はスマホの画面を結城に示した。
「防刃ベスト…?高っ!」初め目を凝らして画面を見ていた結城は値段までスクロールすると目を丸くした。
「まぁ、ピンキリだけど死にたくないならピンの方にした方が良いんじゃね?」他人事半分の翔は楽しそうに話す。
「ぐぬぬっ。」2万円の代物はバイトをしている結城であったが、激安とはいえアパート代も自分で支払っている自分にとっては破格の値段なのであった。
「だぁっ!いのちをだいじにっ!!」画面とやや暫く睨めあった結城だが、あの時に感じた死の恐怖を遠ざけられるのなら安いものだと自分に言い聞かせAmaz◎nでポチる結城であった。
「はっ!マジで!?買ったんかい!」翔は爆笑しながら続けた「まぁ、攻撃の方は俺に任せろ!もし結城に変に近づく奴が居たら俺がはっ倒すからさ!」
「うっせぇわ。…でも頼むわ。」翔の高笑い声に結城は悔し泣きするのををぐっと堪えた。何故なら翔は極真カラテで全日本選手権に出場し上位まで登りつめた漢だからだ。
「…はぁ。笑った。で、とりあえず次はクリスマスの方だけどよ。どーすんの?お前の話だと商店街んとこでヤラれたんだろ?商店街行かないとバーに行けないやん?」
そう、夢で見た死に様は正にクリスマスパーティー会場であるバーに行く途中。商店街の街中で起こった。
「もう店長に貸切お願いしちゃったし、今更止めるなんて言えないよなぁ。だからそのまま決行する!つか、何よりも!なんかイライラして来た!なんで起きるかどうかも分からん事に二万も払ってるんだ俺はっ!」
『夢』から醒めて少し時間が経った事で現実に引き戻された感覚と、対策案が浮かんだ安心感。そして何より高い買い物をしたばかりで興奮していた結城は少しばかり強気になっていた。
「んじゃ、クリスマスは予定通りと行きますか。」
翔はカシュッカシュッと、缶ビールのフタを開けると1つ結城に手渡しした。
「ん、かんぱい。」
結城は混乱した早朝に比べて少し冷静さを取り戻していたが心のモヤモヤは晴れる事が無かった。しかし、ビールをゴクリと一口喉に下すと、そのほろ苦さに勝手に声が漏れでた。
「くぅ~っ!」
結城は生きた実感をひしひと感じ天を仰ぐと、その頬に涙が伝うのであったーー。
翔「きっしょ」