出会いは諦めの果てに
帰省する度に懐かしさを覚えるような、いわゆる地元のスーパー「きよかわ」は今日が人事異動の日。十何店舗を抱える地味に大きな会社だ。
人見重広は少し後悔を感じながら朝礼に向かおうとしていた。同い年のあのコが異動してしまったからだ。とはいえ彼女とは縁がなかった。だから普通に話がしたかった。人気のキャラクター「なんちい」が好きそうだったから、その推しの話もしてみたかった。
そんなよくある悔いを残した人見であったが、次にどんな人が来るのかというちょっぴりの期待をこめて朝礼に向かった。疲れ果てた体で見慣れぬ姿を探してみる。
…そういえば人事異動表のレジ担当に珍しく男性らしき名前が記載されていたことを思い出す。レジ担当というのはほとんどが女性が勤めているので男性レジ社員という珍しい人が配属されているかもしれない。
…いや、どこを探しても女性のレジ社員しか見当たらない。今日は休みなのだろうか。
そんなこんなしている間に朝礼は始まり自己紹介に移った。並んでいるのは女性の面々。だんせいというのは自分の勘違いだったかもしれない。自己紹介は続く。
「おはようございます、今日から配属になる風浦 颯です」
…???脳が震えた。その姿と声からその名前が発せられることに違和感しかなかった。
しかも声の出し方に関してはとある発声法に酷似していた。よく知っている。いわゆる女声を出すための方法だ。
しかしその中性的な名前と相まって「彼」を「彼」だと気づいているものはおらず、ごく自然に朝礼は進行していく。間違いなく彼女は「彼」だ。
どうしても聞いてみたいと思った。しかしこの多様性の時代、どのような意図でそうしているものなのか気軽に聞くものでもないのも事実。自分に聞きに行く勇気があるだろうか。
話半分で聞こえてきた店長の話も終わり朝礼はお開きとなった。持ち場に帰ろうとする自分を引き止める影があった。彼だ。
「気づいたんでしょ?」
「は、はじめまして。えっと何の話?」
「声でしょ?普段ならもっと自然に発声してるんだけど、初めての異動で緊張しちゃったかな」
「だから何の話」
「声が淀んじゃったところでビクって露骨に反応したのは君だけだったよ。その後の目線もね。まるで事件の真相に気づいちゃったときの探偵さんの目だった」
「…やっぱり男性なんですね」
「ああ、心配しないでね。これは完全に趣味でやってることだから気を遣う必要はないよ」
「そしてほぼ完璧だった僕の女装を見破ったあなたも同業者ってことだね。人見さん、覚えたよ。また話そうね。」
颯のその顔は獲物を見つけた猛獣のような、確実に狙いを定めた言葉だった。