ごめん・ありがとう
続きます。
「何があったの?」
俺もけがをしたと思っていたのだろう、池野がそうつぶやく。まあ、俺、無傷だったんだけど。俺は先生と女子2人に事情を説明しようとしたが、責任を感じた先輩がみずから説明した。
まず、先輩が谷崎を殴った経緯について。
先輩と谷崎は野球部であり、先輩はそこの部長で、谷崎は2年の部員だったようだ。そして、谷崎はレギュラーのくせにプレーが下手でそのせいで何度か試合の負けの原因となったらしい。先輩はこうなる前から、谷崎に対して、強く不満を抱いていたことがわかる。
また、勉強面でも、紗耶高校は進度が早いから、ついていけなくなった。親からの期待もすごかったらしく、精神的にも限界だったようだ。そこで、聞かされた屋上のカギが壊れているという事実。どうしようもなかったんだろうな。追い詰められた先輩は谷崎に八つ当たりし、すべてうまくいかないのは谷崎のせいだと考えてしまう。そこで、谷崎を屋上に呼び出し、殴ってしまったというわけだ。そして、池野と女子Aが屋上へと入ってきたことで、矛先が女子二人に向き、口封じのために二人を脅そうとしたこと、その前に俺が駆け付けたから、それができなかったことを説明した。
「詳しいことは後でじっくり聞かせてもらうとしよう。あ、その殴られた生徒、お前らで保健室に連れて行ってくれないか?」
「わかりました。」
会話を終え、先生と先輩は屋上を後にしたのだった。
保健室にて、俺たちは2年の先輩——谷崎先輩といっただろうか———の治療を見守っていた。
「この傷なら、2週間くらいかな。」
保健の先生がそう言いながら、傷口にガーゼを貼っていた。
「でも、本当に許してよかったんですか?2週間はその傷と一緒に生活しなきゃいけないんですよ。」
俺は谷崎先輩に尋ねる。
「いや、元はといえば、俺が部活でのプレーが悪かったから、いけなかったんだ。先輩を殴らせてしまった俺にも原因はある。もっと、役に立てていたら、、、」
そう言って、唇をかみしめる先輩を俺たちはただ眺めることしかできなかった。
手当が終わると、俺たちと谷崎先輩は別れ、3人で帰ることに。
「有栖川君、こっちの方面だったんだ。」
池野が言う。俺の家は最寄駅からも近く、また、紗耶高校からも近い。
確か、父さんが家を買うときに、
「この家は駅からも近くて、頭のいい高校から近いんだぜ」
とこちらを見ながら言ってきたような。もしかしたら、あれは俺が紗耶高校に入ることを予期して言った言葉なのかもしれない。まあいいや。いまは会話に集中するか。
「有栖川、さっきはありがとね」
女子Aはそんなことを言ってくる。
「いや、気にするな、ええと、んで、誰?」
「がーーん。私、名前覚えられてなかったの?私、一応学級委員なのに」
軽くショックを受けたような顔でこちらを見てくる。
「すまんな。まだ、2日目だから、全員の顔と名前が一致しているわけじゃないんだ。」
理由付けとしては適切だろう。
もっとも俺は話さない人間の名前を覚える気はないが。
「んじゃあ、改めて。私は加河嘉。よろしくね!」
そう言って、加河は握手を求めてくる。
なるほど、女子A=加河というわけか。俺は、握手をし返す。友達がまた一人増えたのだった。