うどんの国のうどんげりおん -ふにゃふにゃな話-
本作品はひだまり童話館企画『ふにゃふにゃな話』参加作品です。
ちゃらんぽらんなおはなしですが、まぁ子供向けという意味で童話ってことでひとつ……。
素敵な企画の末席にこっそり参加させていただきます。
○
おそばの国のお側にある、おうどんの国。
御汎用兎型万能食器うどんげりおんによって、麺類は外獣コーンフレークの撃退に成功します。
あれから三年……。
おうどんの国は、深刻な水たりないにこまっていた。
水たりない。
それは麺類共通のなやみです。
おうどんの国に暮らす麺類アニマルたちにはたっぷりのお湯が欠かせません。
「はぁ、極楽、極楽」
うさぎにきつね、たぬきにモチ。
ぽかぽかあったかな温泉でくつろぐことが麺類のたのしみです。
のんびりくつろいでいたいけれど、ちかごろは順番待ちですから、はやくでないといけません。
うどんの国の白うさぎ、イナバ姫はひょいと耳をつままれ温泉の外へポイされます。
「いつまでも長湯してるとふにゃふにゃになるよ、さぁあがったあがった」
きつねにつままれ、イナバ姫はきつねにつままれた気分です。
「なんじゃ! ふにゃふにゃうどんのなにがわるい!」
「うちらうどんの国の麺類はコシが大事だってのに、ふにゃふにゃなんてダメダメ」
これにはイナバ姫もぐつぐつと湯だつ心地になりますが、しかし温泉の順番待ちはちゃんと守らないといけないので、ここはおとなしくします。
「それもこれも、水たりないのせいかや……」
水たりない。
イナバ姫はなやみます。
湯上がりぽかぽか浴衣に着替えて、のんびり橋の上でなやみます。
しずしずとせせらぐ清流。
ずっととおくを見やれば、浜辺の向こう側には海があります。
海はしょっぱい水たまり。
水だけれど、あのしょっぱい水ではダメなのです。
麺類にはしょっぱくない淡水がなくてはなりません。
けれど淡水は、天から降ってくる雨水が川の水になったり、地下水になったりしないとてにはいりません。
うどんの国の歴史は、水たりないの歴史でもあります。
麺類は小麦やお米を育てるために、いつでも限りある水をどうやって分け合うか、話し合ったり、ケンカしたりしてきたのです。
うさぎときつねとたぬきとモチと。
うどんの国の麺類アニマルたちはそれらを乗り越えて、今はなかよしです。
けれど、このまま水たりないがつづけば、今よりギクシャクしてしまうかもしれません。
「はぁ、どうしたものかのう」
そうなやむイナバ姫のウサギのながーいみみが、うーうーと警報をひろいます。
「これは……外獣!? こうしてはおれぬ!」
イナバ姫があわてると、そこへ科学特捜基地守備隊の車が!
「しゅつどうだ! イナバくん!」
「イツキ博士!」
どうやら三年ぶりの、うどんげりおんの出番のようです。
○
科学特捜基地ではあわただしく職員の麺類がいったりきたり。
格納庫にはでっかいでっかい、とてつもなくでっかいうさぎの影ひとつ。
これこそは――。
御汎用兎型万能食器うどんげりおん。
イナバ姫は食券機をピッと押して食堂のたぬきのおばちゃんに食券を渡すと、パシッと背中を叩かれて送り出されます。
『パイロットの搭乗を確認』
『メントリ―プラグ接続』
『DACIを注入します』
『イノシン酸、グルタミン酸、ナトリウム正常値』
『グルテン拒絶反応なし』
『うどんげりおん、起動』
『目標、外獣グラノーラへむけて射出まで五、四、三、二、一、……射出!』
イナバ姫は濃いめの甘いDACIがコクピット食器を満たし、少しだけ息が苦しくなるも、すぐになじんできたところで。
ぐっとコシを入れて屈んで。
ぴょーんとバネで打ち上げられて、科学特捜基地からとおくの山林へと大きく跳ねました。
ぐーんとぐーんと。
オレンジ色の夕陽を飛び越えそうなほどに、高くジャンプしました。
ずだんっ!
ずだだだだんっ!!
とてつもなくでっかいうどんげりおんの重たげな着地に、土は舞い、山は揺れ、鳥は騒ぎます。
イナバ姫は今、巨大なうどんげりおんと一心同体です。
そのうどんげりおんより一回り大きな敵――グラノーラ。
外獣グラノーラは、アライグマにそっくり。
たぬきにも似ているけど、たぬきとアライグマはちょっとちがう。ちがうったらなんかちがう。
グラノーラは両手を胸の前であわせて、不気味にみぎひだりをながめて、やがてあるところを見つめます。
「こやつ、温泉を狙っているのかや!?」
イナバ姫はあせります。
外獣の狙いは、水の源、水源を奪い去ることです。
そのためには、どんな犠牲もいとわないのです。
温泉の水源をただただ渡してしまったらうどんの国はとってもこまります。そんなことをおかまいなしに、どこかのだれかがうどんの国の外から外獣をよこすのです。
けれど、それ以上に、まだ温泉にいるひとたちがピンチです。
『ニュララララララララ……』
不気味な鳴き声です。
イナバ姫は、すこしひるんでしまいます。
三年前――。
イナバ姫のおねえさんはこのうどんげりおんに乗って戦いました。
そして、とても悲しいことに。
コシを痛めて、全治三週間の怪我で入院しました。
そして病院食がおいしくなかったので、もういやだとやめてしまいました。
『ニュララララララララ……』
外獣グラノーラはズシンズシンと一歩ずつ温泉に近づきます。
イナバ姫もうどんげりおんを少しずつ歩かせて、戦おうとします。
もちろん逃げるつもりはありません。
この日のためがんばってきたし、うどんの国のみんなを守りたいきもちは本物です。
でも。
『コシぬけだぬ』
『ふにゃふにゃモチ』
『うどんの国にふにゃふにゃうさぎはいらないウサ』
一生懸命がんばって、そのせいでふにゃふにゃになったのに。
みんなではありません。
でも、そういう心無い悪口をいうひとがどこにでもいるものです。
イナバ姫は、目の前のとてもとてもつよくておそろしい外獣と、目に見えないとてもとてもよわくておそろしい麺類と、ふたつにおびえてながらも――。
橋を渡って逃げようとする、名も知らぬ、ちいさな姉妹をみつけて、決意します。
「……そこで見ておれよ、ものども!」
イナバ姫はさけびます。
うどんげりおんもさけびます。
夕陽を背にして、ふたつの大きな影がぶつかり合いをはじめました。
○
夕焼けの戦いは、とても激しいものでした。
うどんげりおんの飛び蹴りに、グラノーラの噛みつき。
なんのお構いもなく大暴れする外獣グラノーラに比べて、イナバ姫とうどんげりおんは森や温泉、逃げるひとたちを気にして戦います。
「ぐっ、なんて堅いのじゃ、こやつ……!」
外獣グラノーラは表面が硬くて、ゴツゴツ、ガサガサしています。
うどんげりおんのコシがあって弾力があるもっちりとした白いとしたカラダはすこしずつ傷つき、ボロボロです。
『うどんげりおんの弾力指数が危険領域に突入!』
『このままではうどんが千切れてしまいます!』
『コックピット内のDACIが外部に漏れ出しています!』
『イツキ博士!』
『……イナバくん、冷凍侵食弾の使用を許可する』
『そんな!? アレを使ったら、温泉地帯がすべて氷の世界に……!』
イナバ姫はなやみます。
ズタボロのうどんげりおんを従えて、必死に戦いの中でなやみます。
「冷たっ……」
うどんげりおんの足先が川の水にずぼっと浸かりました。そこでイナバ姫はひとつひらめきます。
そうだ。
こうすれば、冷凍侵食弾を使わなくてもいいかもしれない。
イナバ姫は、うどんげりおんに水浴びをさせます。
ばしゃばしゃとたっぷり川水を浴びると、長いことずっと戦っていたうどんげりおんはコシがなくてふにゃふにゃの、ふにゃんげりおんになってしまいました。
これではとても戦えそうにありません。
「そなたも……ふにゃふにゃになってしまえ!!」
イナバ姫は吠えます。
ふにゃんげりおんも吠えます。
そして外獣グラノーラにしがみつき、そのでろでろでふにゃふにゃなカラダでまとわりついて、温泉へ向かおうとする足を止めます。
外獣グラノーラがあばれているうちに、やがてふにゃんげりおんはどろどろに溶けはじめます。
外獣グラノーラのカチカチの乾いたカラダは水分を吸収しすぎてしまい、かたちがくずれ、でろでろのふにゃんげりおんにうもれてしまいます。
そしてとうとう、外獣はうごかなくなりました。
『目標、沈黙!』
『反応消失!』
『パイロットが危険です! 急ぎ、救出を!』
夕陽のしずみゆく中、こうしてイナバ姫の戦いは終わったのです――。
○
「まずいのじゃ」
病院食のものたりなさにイナバ姫はふへーふまんをいいます。
うどんの国の病院食は、コシのない具のすくないうどんです。
よわっているひとでもたべやすく、ホントはあじだってすてたものではありません。
「……しかし、まぁ、これはこれでか」
窓辺には、イナバ姫のおねえさんや科学特捜基地のみんながおみまいに来てくれたときのフルーツやぬいぐるみがおいてあります。
麺類の平和のために戦った名誉のふにゃふにゃうどん食です。
そう思えば、まぁ、いいとしましょう。
なにせこれ、ふにゃふにゃうどんげりおんを再利用して作ったうどんですから。
「くふっ、ようふやけておるわ、こやつめ」
イナバ姫はなやみます。
水たりない。
この長きにわたる問題は、イナバ姫ひとりでなんとかできることではありません。
それは麺類共通のなやみです。
もしかすると、なんの解決にもならないむだな戦いだったのかも。
なんて、病院のベッドでたいくつにごろんとしてると、くよくよ、ふにゃふにゃしたりもします。
でも。
「さて、ふにゃふにゃするのも飽きたわ、リハビリでもするかのう」
イツキ博士の手紙には、製麺所で作られる新型うどんげりおんの写真がついていました。
イナバ姫はうーんとめいっぱい背伸びして、朝日にあいさつするのでした。
お読み頂きありがとうございました。
お楽しみいただけましたら、評価、感想、ブックマークなどよろしくおねがいいたします。
うどんの国のうどんげりおん、いかがだったでしょうか?
いささか勢い任せもいいところな作品ですけども、ふにゃふにゃときいてうどんが頭を離れなかったのです、はい。
新型はうどんげりおんテーブルマークⅡです。