9 エイシャのお仕事②
「……君はエイシャ嬢の隣に住んでいるんだろう? それなら、彼女のことも聞いているんじゃないかな?」
「何度も言うが、俺とあいつはただ屋敷が近いだけだ。あいつが体調不良ということも、今初めて知った」
「へぇ? やけに淡白だね。心配じゃないのか?」
「あいつは案外たくましいから、少々のことなら心配無用だ」
「ただのご近所にしては、彼女のことをよく知っているね?」
「……」
(……私の話題になっている)
彼らの数歩後ろで、エイシャは足を止めた。どうやらオスヴァルトの方がディーノに絡んでいるようだが、彼らの話題が自分となると声を掛けるのもためらわれた。
(まさか、オスヴァルト様に変装がばれることはないと思うけれど……万が一もあるし……)
どうしようか、と迷うエイシャをよそに、男たちは話を続けている。
「……まあ、いいや。僕、彼女のことが気になるんだ」
「はあ、そうか」
「彼女、結構可愛いじゃないか? うぶな感じがするのもすごくいいし……ああ、そうそう。この前、お茶に誘ったんだよな」
「何だと?」
それまではだるそうだったディーノが低い声で噛みついたので、エイシャはぎょっとしてしまった。
それはオスヴァルトも同じだったようで、彼は目を丸くしてからくつくつと笑い始めた。
「……なんだ、関心がないふりをしているけれど本当は、彼女のことが気になっているんじゃないか」
「……そんなものじゃねぇ」
「そうか? それじゃあ僕が彼女にアプローチをしてさらっともらっちゃってもいいのかい?」
「それを受けるかどうかは、あいつが決めることだ。俺にどうこう言う権利はない」
「ふふ、なるほどね」
そこでおもむろにオスヴァルトが振り返ったので、エイシャははっとしてうつむいた。帽子を深めに被っているので、顔が見られていないことを願う。
「おや、君が噂のディーノが新たらしく雇った小姓か、こんにちは。ディーノにいじめられていないかな?」
「おまえ……!」
「……は、はい。ディーノ様には、とてもよくしていただいています」
黙っていると逆に不審がられると思い、いつもよりも低めの声を意識して返事をした。
オスヴァルトが「へぇ」とおもしろがるような声を上げて、エイシャの方に手を伸ばし――
「……うちの小姓に触れるな」
すかさずディーノが、その腕を掴んだ。
おそろいのサーコート姿だがオスヴァルトよりもディーノの方がずっと体格がいいので、オスヴァルトの細腕はあっさりディーノに捕まり、エイシャから遠ざけられた。
(……た、助かった!)
ほっと息をついたエイシャがそそっとディーノの方によると、ディーノが空いている方の手でぐりっとエイシャの帽子ごと頭を掴んできた。
「わっ……」
「こいつは人見知りをするんだ。おまえみたいな笑顔がうさんくさいやつに話しかけられたら、緊張でぶっ倒れるだろうが」
「ふふ、それはいけないな」
オスヴァルトは軽く腕を振ってディーノの手を振り払い、きびすを返した。
「それじゃあ、またね」
「もう来るな」
ディーノは吐き捨てると、近くにいた騎士に「ちょっとこの場を頼む」と言い、エイシャの手を引いてずかずか歩き始めた。
「ひゃっ! あ、の、ディーノ、様……?」
「いいから付いてこい」
ディーノは振り返らずに言うと、詰め所の開いている部屋にエイシャを連れ込んだ。
そのまま部屋の鍵を掛けた彼は、そこでようやくエイシャの手を離してくれた。
「……悪い、強く引っ張りすぎたか」
「ううん、大丈夫よ。……でも、あの、ディーノ」
「……おう」
「……オスヴァルト様とは、仲がよくないの?」
「いいか悪いかで聞かれれば『悪くない』だろうが、俺個人としてはあいつのことは大嫌いだ」
ディーノはむすっとして言うと、ソファにどっかりと腰を下ろした。
「表面上はいいやつだし、仕事ぶりも優秀。あと、王家の血を継いではいるがそれを鼻に掛けたりはしないから、いろんなやつに慕われている」
「そうなのね」
「だが……俺はあの笑顔が、いけ好かない。どこか薄ら寒いような、作り物っぽいような感じがして、あの笑顔を向けられるとぞっとする」
吐き捨てるように言ってから、ディーノはエイシャを見上げてきた。
「……んで? おまえはその素敵な騎士様の悪口を言われて、いたくご立腹なのか?」
「え、いや、そんなことはないわ」
「茶に誘われたんだろう?」
「う……まあ、そうよ」
「次に誘われたら、行くのか?」
「……分からない」
ディーノとの問題が起きる前だったら、喜んでお茶に行っていただろう。
だが今では、たとえこの妖精の「祝福」が解除されたとしてもオスヴァルトの誘いに乗るかどうか、分からなくなってきた。
「……別におまえが決めることなんだから、俺がとやかく言う権利はない。ただ……おまえは怒るかもしれないが、あいつがおまえを茶に誘うことが意外なんだ」
「……私はオスヴァルト様に釣り合うような身分ではないから?」
「そういうことだ。あいつが令嬢たちに声を掛けているところは、あまり見たことがない。だから……そんなあいつがわざわざおまえを選んだというのが、なんかこう、もやっとする」
そう言いながらディーノは自分のシャツの胸元をぎゅっと掴んだ。
(……それもまあ、そうよね。私だって、まさかオスヴァルト様がそんなに身分の高い方だとは思っていなかったし)
「……怒ることはないわよ。その、私も最初は舞い上がってしまったけれど……私程度じゃあ、お遊びにしかならないって分かっているわ」
「いや、そういうことを言いたいわけじゃ……」
「いいわよ、繕わなくて。……身の程は弁えられるつもりだから」
エイシャは微笑み、難しい顔をするディーノの肩をぽんっと叩いた。
「さあ、まだお仕事はありますよ、ディーノ様。僕もご一緒しますからね」
「……おう」
ディーノはがしがしと頭を掻いてから、立ち上がった。