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8  エイシャのお仕事①

 エイシャとディーノが妖精研究所に行った、翌日。


「えっと、ディーノ様。これを、どうぞ」

「ん、悪いな」


 エイシャがタオルを差し出すと、振り返ったディーノはさっと受け取って胸元を流れる汗を拭った。

 今の彼は鍛錬用のシャツを着ているのだがそのボタンを派手に開けているので、たくましく鍛えられた胸筋が丸見えで、正直目の毒だ。


(……だめだめ! ここで赤面したら、私はとんでもないやつになってしまう!)


「え、ええと。ディーノ様、そろそろ次のところに……」

「ああ、そうだな。じゃあ行くぞ、エイル」

「……はい」


 ぽんっとエイシャの肩に手を乗せたディーノに言われて、エイシャはぎこちなくうなずいた。

 その周りでは他の騎士たちが、「よく働く小姓だなぁ」「ディーノにいびられないようにしろよ!」と声を掛けてきたので、苦笑を返しておいた。


 そのままエイシャとディーノは揃って騎士団詰め所に行き、誰もいなくなった部屋に入ると、はー、と大きなため息をついた。


「あー……肩こるわ」

「ごめんなさい……私やっぱり、おかしかった?」

「んなことはない。むしろ、ちゃんと男のふりができている。偉い偉い」

「ちょっと、からかわないで!」


 ぽんぽんと頭を叩いてきたディーノの腕を軽くはたき、エイシャは目深に被っていた帽子を取った。


 豊かな赤毛はきっちりと団子に結んで、帽子の中に入れている。着ている服は、十代前半くらいの少年がよく着るブラウスとベストだ。ぺろんとしたスラックスが履き慣れなくて、少しもぞもぞする。


「……この後は、巡視か。もうちょい付き合ってくれよ」

「ええ、もちろんよ」


 帽子を被り直して、エイシャは応えた。


 ……いろいろ相談した結果、エイシャは小姓のエイルとしてディーノの仕事に付き添うことになった。


 中級士官の騎士はよく、小姓を連れているという。小姓は従者よりも汚れ仕事が多く、主の靴を磨いたり汚れ物の洗濯をしたりもする。主に十代前半くらいの少年が選ばれることが多く、小姓から従者や従僕などに昇格することもあるとか。


 小姓ならば、仕事中もディーノの側にいられる。ただどうしても女性の姿だと難しいので、そこはエイシャも同意した上で少年の格好をすることにした。


 この小姓の衣装は、ウルバーノが準備してくれたものだ。男装をするのは初めてなのでこんなときではあるが、クリスと一緒にはしゃぎながら衣装に袖を通した。


 なおこのスラックスは最初、もっとタイトなものだった。だがそれを着てディーノの前に立つと、彼は難しい顔でエイシャの足下をじっくり見てから「それはだめだ」ときっぱり言い、このゆったりとしたスラックスに変更となったのだった。

 何が「だめ」なのか、エイシャには教えてくれなかったが。


 幸いエイシャは令嬢にしては足腰がしっかりしている方だし、最低限の乗馬の心得もある。

 だから、ディーノの後をちょこまかと付いていってタオルを渡したり、城外視察の際に小さめの牝馬に乗って彼の後をぽてぽてと付いていったり、ということができた。


(それに、なんだか……これまで知らなかったディーノの顔を見られた気がするわ)


 ディーノはエイシャのことを小姓のエイルとして扱うのだが、まるで弟の面倒を見る兄のような顔をしていた。

 ディーノは口が悪くて意地悪なことばかり言ってくるという印象が強かったが、こんな頼もしい顔もできたのか、と思わされた。


 ついまじまじとディーノを見ていると、エイシャの視線に気づいたらしいディーノがこちらを見てニヤリと笑い、髪を掻き上げた。


「……どうした? いつもと違う俺の姿に、惚れたとかか?」

「……顔がいいからって何を言っても許されると思わないでね!」

「悪い悪い。あまりにも俺のことをじっくり見ているからな」

「……でもまあ確かに、案外あなたは面倒見がよくて頼もしいってことは分かったわ」


 いったんベストも脱いで埃をはたいて着直してから、よし、とエイシャはドアの方を向いた。


「それじゃ、巡視に行きましょう。私も軽いものくらいなら持てるから」

「……」

「ディーノ?」

「……いや、何でもねえ。行くぞ」

「え? うん」


 何やら考え込んでいる様子に見えたが、ディーノはさっと立ち上がってドアの方に向かっていった。
















 最初のうちはぎこちなかったディーノとの生活も、しばらく経てばなんとなく流れが掴めるようになった。


 がさつなところのあるディーノは若干女心が分かっていない節もあったが、「そうなのか。じゃあ次は気をつける」とそれ以降の行動を改めてくれる。今ではエイシャがトイレに行くときは何も言わずとも、自分から耳栓を装着してくれるようになった。


 小姓として彼の後を付いていくのも、最初のうちは騎士たちからからかわれたりしたが、エイシャがからかわれるとすぐにディーノがこちらを見て騎士たちを諌めてくれるし、「大丈夫だったか」と声を掛けてくれる。


(……今になってやっと、ディーノの人気がある理由が分かったかもしれないわ)


 ディーノが後輩指導している間、少し離れたところでタオルを水に浸けて絞っていたエイシャは、こっそりとそんなことを思っていた。


 友人たちがディーノのことを褒めているときは、「でもあの人、口が悪いし意地も悪いよ……」と呆れていた。だが彼のことを近くでよく見ると確かに、面倒見がよくて何だかんだ言って優しいところがあると分かってきた。


(そういう面、私にはなかなか見せてくれなかったのに……)


 はぁ、とため息をついたエイシャはタオルを手に、立ち上がった。そしてディーノのところに行こうとくるりと振り返り――


(……えっ? ディーノの隣にいるのって……オスヴァルト様?)


 彼の隣に、黒髪の騎士の姿があった。間違いなく、以前エイシャをお茶に誘ってくれたオスヴァルトだ。


(……そういえば、お茶のお誘いの手紙も来たけれど体調不良を理由に断ってしまったのよね……)


 手紙を持ってきてくれたクリスも「残念でしたね」と言っており、エイシャも残念に思いながら手紙を書いた。

 その返事はすぐにあり、「では元気になられたらまた、誘わせてください」と紳士的に受け入れてくれたので、ほっとした。


(ディーノとオスヴァルト様は、仲がいいのかしら?)


 オスヴァルトは傍系王族で、ディーノは伯爵家の縁者だ。少し身分差はあるがどちらも騎士団に所属しているし年齢も近そうなので、仲がいい可能性がある。


 そう思いながら、彼らのところに向かったが――

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