表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/25

4  厄介な「祝福」②

「妖精はたまに人間に不思議な力――『祝福』を施すらしいわ。だからあなたはディーノにお礼として『祝福』をしたいのね?」

『矮小な人間ごときが、わしに口をきくでない。口を慎め』


 ディーノに対してはフレンドリーだったが、妖精は可愛らしい声で凄んでエイシャに向かって突進した――が、その途中でぺしっとディーノの手にはたき落とされた。


「おい、エイシャがおまえの居場所を見つけてくれたんだから、もうちょっと態度を改めろよ」

「いいのよ、ディーノ……」

『こっちの人間がそう言うのなら、改めてやってもいい』


 妖精は偉そうに言ってから、ディーノの周りをぐるぐる飛んだ。


『人間、おまえは他人思いでいいやつなの。だからとっておきの『祝福』をしてあげるの』

「いや、いらねぇよ……」

『人間、おまえは慎ましくて素晴らしいやつなの! 遠慮せずともよいの! えーい!』

「あ、おい……」


 ディーノが止めるのも構わず、妖精は彼の周りをぐるぐると回り――にわかに強い光があふれて、エイシャは思わず顔を手で覆って後じさった。


「きゃっ!?」

「エイシャ!?」

『ふー。よし、できたの! 最高の出来なの!』


 光が収まった後、妖精は満足そうに言ってからふわふわと浮上した。


『それじゃあ、さようならなの! 人間、わしの力で幸せになるの!』

「は? おい、何を――」


 二人が顔を上げたときにはもう、妖精は空高く上っていってしまっていた。


 しばらくの間、二人は黙っていたが――やがて、ほぼ同時にため息をついた。


「……俺、妖精ってもっと神秘的なものだと思っていたんだが……なんというか、話を聞かないし面倒くさいやつだったな」

「そうね……。あの、ディーノ。さっきすごい光に包まれていたけれど、なんともないの?」

「ん? ……ああ、そうだな。特にこれといった変化はない」


 ディーノは自分の両手や足下をさっと見てから、肩を落とした。


「……なんか、すげぇ疲れた。エイシャ、もう用事がないのなら帰った方がいい」

「……そうね。ディーノはまだ、お仕事?」

「ああ。でも今日は早めに帰るわ」

「そうした方がいいわ」


 ……妖精のおかげなのか、久しぶりに彼とまともな会話ができた気がする。


(……でも私も、なんだか疲れたわ)


「それじゃあね」

「……あー、その。門のところまで、送ろうか?」

「そこまでしなくていいわよ。あなたも仕事――」


 歩きながらそう答えたエイシャだが――急に目の前がぐるんっと回転して、派手に尻餅をついてしまった。


「きゃあ!?」

「エイシャ……えっ?」


 地面に倒れ込んだエイシャは、野太い悲鳴を上げた。


(……え? 野太い悲鳴?)


 あれ、と思って顔を上げたエイシャは――自分の視線の先に赤い髪の令嬢が立っていることに気づき、ゆっくり瞬きした。


 赤い巻き毛に、驚愕で見開かれた灰色の目。外出用の若葉色のドレスを着た彼女は――今日屋敷を出る前に玄関の鏡に映っていた自分と、全く同じ姿をしている。


「……私?」

「おまえ、まさか……」


 正面にいる自分が、青い顔でつぶやく。そして彼女は自分の両手を見て、腕を見て、再びエイシャを見てきた。


「……おまえ、エイシャか?」

「え? あ、あれ? 私、なんで……?」


 うろたえて出した声は、かなり低い。


 それはつい先ほどまで聞いていた、ディーノの声で。地面に座り込んだままの自分の体は大きくて、脚も長い。胸に筋肉は付いているがぺたんこで、いつもとは体の動かし具合が全く違う。


(……えっ。ま、まさか……)


「あなた、ディーノ……?」

「おまえが、エイシャ……?」


 お互い声を出してから、分かってしまった。


(……私たち、体が入れ替わっている――!?)














 なぜかは知らないが、エイシャとディーノは体が入れ替わっていた。


「い、いやぁぁぁ! な、何これ!?」

「おい馬鹿! 俺の声で気持ち悪ぃ声を上げんな!」

「だって、え、なに、やだ、これ!」

「おまえっ……! 人の体にケチ付けてんじゃねぇ……って」

「わっ!?」


 エイシャの顔を怒らせたディーノがずかずかと歩いてきた――瞬間、またしても視界がぐるんと回転して、エイシャはふらつきながらもその場に立っていた。


 目の前には、ぽかんとした顔で座り込むディーノが。ただし、内股になって両腕で自分の体を抱き込むという格好をしている。


「……あれ?」

「戻った……」

「……あの、ディーノ。その格好は、やめた方がいいわ……」

「おまえがしたんだろう!?」


 そう叫んで立ち上がったディーノは、自分の体をじっくりと見てから眉根を寄せた。


「……ちゃんと、戻っているな。何だったんだ、さっきの」

「……まさか、だけど。今のが、妖精の言っていた『祝福』だったり……?」

「それは俺も思ったが……なんで俺とおまえの体が入れ替わるのが『祝福』になるんだ?」

「分からないわよ……」


 エイシャだって、いきなり男の体になるなんて意味不明なことになり、混乱しているのだ。


(妖精の不思議な力って、こんなとんちんかんなものなの!?)


「……わけが分からねぇ」


 そう言いながら立ち去ろうとしたディーノだが――彼がある程度歩いたところでまた世界が回転した。


「わっ!」

「チッ! またかよ……」


 今度はなんとかエイシャも踏ん張ったが、成人男性の体は思ったよりも重くて動かしにくい。ふらふらしつつ振り返るとそこには、大股開きで腕を組んでこちらを睨む自分の姿が。


「ちょっと! その格好、やめて!」

「わ、悪い」


 そう言ってエイシャの姿をしたディーノがこちらに歩いてくる――と、またエイシャは自分の体に戻った。


 二人が見つめ合うこと、しばらく。


「……つまり、だな。俺たちはあの妖精の力のせいで、ある程度の距離が離れると体が入れ替わるようになった……と?」

「……そのようね」

「……。……悪い。まさかこうなるとは思っていなかった」


 ディーノがどう言い出すかと思いきや殊勝に謝ってきたので、エイシャの方がぎょっとして首を横に振った。


「あ、あなたが謝ることはないわよ。妖精を助けたのは、善意なんだし……まさかこんなことになるなんて、私も思わなかったもの」

「……」

「それに、あそこで見捨てていればそれはそれで後味が悪かったんだし……過ぎたことを後悔しても、仕方ないでしょう。これからどうするのか、考えよう?」

「……それもそうだな」


 顔を上げたディーノは、神妙な眼差しでエイシャを見てきた。


「……それじゃあ。まずは……これから、どうしようか」

「……」


 どうやら、問題解決まで前途多難のようだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ