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3  厄介な「祝福」①

 社交界に疎いエイシャは知らなかったのだが、オスヴァルト・エックはただの騎士ではなかった。


「オスヴァルト・エック様は、王家の遠縁の方よ!」

「確か王女を曾祖母に持つ方で、王女様が結婚するまでは婿の候補の一人だと言われていたのよ!」

「え……知らなかった……」


 オスヴァルトと出会った数日後、王城での庭園散策中に友人たちに件のことを報告すると、とんでもない情報が返ってきた。


 エイシャとしては、オスヴァルトのことを報告してそれからロジータにもよい知らせを……くらいに思っていたので、まさかのオスヴァルトの身分を聞かされて呆然としてしまった。


「私、オスヴァルト様はどこかの貴族の次男くらいかな、と思っていたわ……」

「あなたって地頭はいいのに、そういうのには疎いのよねぇ」

「でも、いいじゃない! ここでオスヴァルト様をがっちりゲットしておいたら、将来は安定よ!」

「しかもその方、エイシャのことをベタベタに褒めてくれたんでしょう? それって絶対、社交辞令じゃないわ。本気よ、本気」

「本気……」

「そう。あなたもどーんっとぶつかっていけば、高位貴族の奥様の座を手に入れられるわ!」


 友人たちは、頬を赤く染めて興奮気味にそう言った。


(高位貴族の奥様……。……そこまでのものを考えたことは、なかったわ……)


 友人たちはひとしきりエイシャの恋を応援してから、続いて「もう相手のいるエイシャは、用事はないわよね!」と言って騎士団区の方に勇み足で向かっていった。


 特にロジータは、「絶対にいい男を捕まえるわ」と鼻息も荒かった。彼女がいい人を見つけるところをエイシャも見守りたいが、自分はお呼びではないようだった。


(……でも、そっか。本気……なのかな)


 オスヴァルトは甘い笑顔で優しくて、まさに絵に描いたような理想の貴公子だった。

 昔は身分差の縛りが大きくて男爵令嬢と王家遠縁の騎士では絶対に結ばれなかったが、最近では身分の垣根も小さくなった。やはりなんといっても、自分の護衛騎士に猛アタックして落とした王女の功績が大きいだろう。


(……どうしよう。こういうのも初めてで、どうすればいいのか分からない……)


 オスヴァルトにお茶に誘われた当日はふわふわしていたエイシャだが、ここ数日は「本当に誘ってくれるのかな?」と幾分冷静になっていた。

 そんな矢先、友人たちに猛烈に背中を押されて……嬉しいが、戸惑う気持ちもあった。


(ま、まずは手紙を待つべきね。もし手紙が来なければ……ちょっとショックだけど、遊びだったということで割り切らないといけないし)


 うん、と一つうなずいたエイシャは、せっかくだからロジータの活躍を陰から見守ろうかときびすを返し――


「……あ」

「……あ」


 自分の背後にいた人物と視線がぶつかり、同時に声を上げた。


 庭園の入り口に、一人の青年騎士が立っていた。だがその人は、黒髪にハシバミの目のオスヴァルトではない。

 少し硬質な金髪に、鋭い青色の目つきの彼は――


「……ディーノ」

「……よう。何ヶ月ぶりかな」


 エイシャの幼なじみであるディーノは小さく片手を挙げて、ぶっきらぼうに言った。


 どちらかというと優男風のオスヴァルトと対照的に、ディーノはがっしりとしている。身長も、ディーノの方がかなり高い。オスヴァルトだとエイシャは少し顔を上に向けるだけでよかったが、ディーノの目を見ようと思ったらかなり喉を反らせないといけない。


(なんでここにディーノが……って、騎士団区も近いから、いるのもおかしくはないわね……)


「……そうね。あなたは元気そうね」

「まあな。それより……護衛も付けずに、なんでこんなところで突っ立っているんだ」

「突っ立ってって……考えごとをしていただけよ。それに私だって、一人で行動することくらいあるわ」

「おまえは一応、男爵令嬢だろう。こんなところでうろうろしていると、変なやつに声を掛けられるんじゃねぇの?」


 それは自己紹介のつもりなのか……と思わず皮肉を言いそうになったが、ディーノが怒るのは分かっているのでやめておいた。


(……思春期になった頃から、こういう意地悪な物言いをしてくるようになったのよね)


 昔はもう少し優しかったはずだが、何かとぐちぐち言ってきたりこちらを睨むように見てきたりするようになったので、エイシャの方も自然と彼と距離を置くようにしたのだ。


「ご忠告、どうもありがとう。でも私ももう子どもじゃないのだから、世話を焼いてくれなくて結構よ」

「……別に、子ども扱いしているわけじゃねぇし」

「そう? ならいいけれど……こうやって一人で歩いているからこそ、素敵な出会いもあるのだから」

「は?」

「この前、素敵な騎士様に声を掛けられてね……って、まさかあなた今、自分のことだと思った?」

「ばっ……! そんなわけねぇだろっ!」


 もしや、と思ってからかうと、ディーノは声を荒らげた。


「というかまさかおまえ、いきなり声を掛けてくるやつに絆されたのか? どこのどいつだ」

「誰でもいいでしょう。何よ、あなたは私のお兄様なの?」

「誰がお兄様だ――」


 むっとして言い返してきたディーノだったが、ふと彼は真顔になって顔を背けた。


(……何?)


「ディーノ――」

「静かに。……何か、声が聞こえないか?」


 声をひそめたディーノに言われて、エイシャはぎょっとした。


「な、何かって、何よ!?」

「誰かの声だ。……なんだ、お化けかと思ったか?」

「う、うるさいわね!」


 幼なじみのディーノは、エイシャがお化けや幽霊が嫌いなことを知っている。

 思わず声を上げたエイシャだが。


『……すけて。たすけて……』


「きゃあっ!?」

「エイシャ、こっちに来い。……あっちの方から聞こえるな」


 助けを求めるか細い声にいよいよエイシャが飛び上がると、ディーノはエイシャの腕を引っ張って自分の方に引き寄せてから、背中にかばうように立った。


 彼が「あっちの方」と言うのは、青々とした草木が生い茂る方向。あちらには庭園の小道はなくて、人がいるとは思えないのだが。


「え、やだ……行くの、ディーノ?」

「助けを求められているようだからな。……怖いなら、おまえはここにいろ」

「一人の方が怖いから、私も行く!」

「はいはい。じゃ、俺の後ろから離れるなよ」


 ディーノは呆れたように言うと、さっさと歩き出した。慌ててエイシャも彼の後を追って、茂みの方に向かう。


(……なんでこんなところから、助けを求める声が……?)


『……けて。ここ、石の下、いるの……』

「石の下?」


 聞こえてきた声に、思わずエイシャとディーノは顔を見合わせた。そうして二人で、足下を確認しながら植え込みを見ていると――


「……あっ。ディーノ、あの石の下に何かが潰れている!」

「俺が見てみるから、おまえは下がっていろ」

「石をどけるくらいなら、私でもできるけれど?」

「おまえはきれいな服を着ているし、万が一にでも手を怪我したりしたらいけないだろう。いいから下がってろ」


 ディーノはぶっきらぼうに言うとエイシャを下がらせ、その場にしゃがんだ。

 二人の目線の先には、ひと抱えほどの大きな石がある。その下に何か潰れているようで、しかもあの声もそこから聞こえていた。


 制服の手袋を外してポケットに入れたディーノが、石を両手で抱えて持ち上げた。普通、大きな石をどけると虫やナメクジが出てくるものだが、今回現れたのは――


「……えっ。もしかしてこれ、妖精?」

「マジか……初めて見た……」


 ディーノが呆然とつぶやくが、エイシャも同意だ。


 この世界には、妖精がいる。不思議な力を持つ彼らは、成人の手のひらを広げたくらいの大きさだ。

 妖精のほとんどは人間との関わりを嫌い、森や山の奥でひっそりと暮らしているということなので……実物を見たのは、これが初めてだ。


 妖精は、半透明の羽根を持っている小さな人間だった。着ているのはハンカチを巻き付けただけのような服で、肌はほんのりと紫がかっている。


 最初は地面に伸びていた妖精だが、ディーノが「おい、大丈夫か?」と恐る恐る指先でつつくと、ぴゃっと飛び上がった。


『……あっ、もう体が動くの!』

「お、おう、よかったな。……おまえ、妖精か?」

『そう、わしは妖精なの! 人間、おまえがわしを助けてくれたの?』


 声も口調も可愛いが、一人称はどことなく爺むさい妖精である。

 尋ねられたディーノが「まあ、そうだな」とうなずくと、妖精はふわりと宙に浮かび上がった。


『ありがとうなの、人間! あのままだとわし、死んでいたかもしれないの!』

「そうかい。じゃ、もう潰されたりすんなよ」

『そうするの! それじゃあ助けてくれたお礼に、人間に『祝福』をしてあげるの!』

「……は? 『祝福』?」


 きょとんとするディーノがこちらを見てきたので、エイシャは「そういえば」と昔本で読んだ知識を思い出す。

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