25 終わりと、始まりと
かくしてエイシャとディーノに掛かっていた迷惑極まりない「祝福」は、解除された。
それはつまり、これまで数ヶ月間行っていたロヴネル邸での同居生活や小姓エイルとしての活動など、全てが終了するということ。
「荷物は、それで最後か?」
「ええ。……ロヴネル邸の皆も手伝ってくれて、ありがとう」
「気にするな」
エイシャは最後の箱をフォーリーン男爵家の使用人に渡した。これで、エイシャが過ごしてきた部屋は空っぽになった。
エイシャとクリスが泊まらせてもらっていた部屋や、バスルームやリビングに置いていた私物は全て、男爵邸に運ばせた。運ばせた、といっても隣の屋敷なので立派な馬車を使うまでもなく、荷車で運んでいったが。
「……なんだか寂しくなるな」
リビングを見渡していたディーノがぽつんと言ったので、エイシャは小さく笑った。
「あら……でも、これからもお隣同士としていくらでも交流できるじゃない? 昔は……その、お互いつんけんしていたけれど、今ではきちんと話ができるし」
「……そう、だな」
ディーノは微笑んで……それから、んんっ、と咳払いをした。
「……それで、だな。……いろいろあって後回しにしていたことがいくつかあるが……今日が最終日だし、その辺の整理もしたい」
「え、ええ」
「まずは……そうだな。あのクソ妖精の暴露について言っておくか」
ディーノはため息をつくと、エイシャを見つめてきた。
「すっげぇ癪だけど、あのクソ妖精が言っていたのは事実だ」
「……」
「俺は……ずっと、おまえのことが好きだった」
好き、の言葉と共に、開け放たれたままの窓から拭いてきた温かい風が、エイシャの胸をくすぐった。
「子どもの頃からずっと、好きだった。でも、俺は格好つけの自覚があるし……意地悪なことばかり言ってしまった。それに、年々きれいになっていくおまえを見ていると……なんというか、気恥ずかしいというか、俺が触れるときれいなおまえを汚しそうで……距離を、取っていた」
「そう、なのね」
「悪い。俺がくだらない意地を張っていたから、おまえを困らせたし……あのクソ妖精に変な『祝福』をされちまったんだと思う」
「……。……あの、ね。私も……なの」
「エイシャ……?」
エイシャは、目を丸くするディーノを見つめて微笑んだ。
「私もね、最近気づいたの。……私、あなたのことが好き。意地悪で、口が悪くて、がさつで……でもそれ以上にいいところがたくさんある、あなたのことが好きなの……ううん、ずっと好きだったと、やっと分かった」
「……え、マジか」
「うん、マジ。好きだと意識したから……その、お風呂のときとかに変に緊張してしまったこともあるわ」
「……あー、あれか。急におまえの態度が変わったから、何だと思ったら……そうか、そうだったんだな」
口元に手を当てたディーノは噛みしめるように言い、小さく笑った。
「……本当に俺、馬鹿みたいだな。『本命のやつ』はずっと俺に無関心だと思って、空回りばっかしていたんだな」
「あっ……やっぱりそれ、私のことだったのね」
「おまえ以外あり得ないだろう。……なんかいろいろと、悪い」
「謝らないでってば」
エイシャは指を伸ばし、つん、とディーノの額をつついた。
「……いろいろあったけれど、これまでの経験を通して私はディーノのことがよく分かったし……いっそうあなたのことが好きになったわ。いつでも私の心と体を案じてくれるあなただから……ますます好きになったの」
「エイシャ……」
ディーノはごくっとつばを呑むと、腕を伸ばしてきた。
エイシャがあらがうことなく身を預けると彼はエイシャの体を抱きしめて、その肩口に顎を埋めた。
「……ずっと、こうしたかった。おまえを抱きしめて、匂いを胸いっぱいに吸って、鼓動を感じていたかった」
「……ふ、ふふ。ディーノったら、結構大胆なことを言うのね」
「いいだろ、おまえだけなんだから」
わしわしとエイシャの後頭部を軽く乱してから、ディーノはエイシャの耳元に唇を寄せた。
「……クソ妖精の『祝福』は終わったことだし、おまえは家に帰るんだろうが……あの部屋は、ずっと空けておく」
「ディーノ?」
「俺の予想では……今はいったん空になったが、またいろんなものが運び込まれると踏んでいるな」
含み笑いを浮かべながら意味ありげにディーノが言うので、彼の言葉の意味を理解したエイシャはぼっと頬をほてらせつつも、負けじと笑いかけた。
「……それは素敵ね。甘えたくなったらいつでもすぐに、あなたのところに行けるのね」
「ああ。おまえが幸せすぎて泣くくらい、とろとろに甘やかしてやるよ」
「まあ……ふふ。期待しているわ」
ディーノの唇が耳元から離れ、二人の間に距離ができる。
灰色の目と青色の目が視線を絡ませ――静かに、唇が寄せられる。
「愛してる、エイシャ」
「私も。ずっと……あなただけを愛しているわ、ディーノ」
ささやいた言葉は、吐息ごと絡め取られてしまった。
「ねえ、ディーノ」
「なんだ」
「私たちって、妖精のせいで一時的に離れられなくなったわね」
「んー……そういうこともあったな」
「でも今では妖精の『祝福』とは関係なく、あなたから離れられなくなったわ」
「……はは、言ってくれるな。……まあ、『祝福』があろうとなかろうと、もうおまえを手放すつもりはないけどな」




