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2  恋の予感?②

 その後も友人たちは、やれあの騎士が格好いい、やれあの騎士は素敵だ、と盛り上がっていたが、エイシャは一発目からディーノを見たことで気分が萎えていた。


(皆、やる気に満ちていてすごいわ……)


 友人たちの中では恋愛に関して一番のんびりしているのがエイシャで、他の友人たちは「さっそく手紙を書かないと!」と言ってすぐに帰ってしまった。


 屋敷に帰っても暇なので、エイシャは王城の庭園を歩いてみることにした。庭園は季節を問わず様々な花であふれかえっているが、春のこの季節は特に彩り鮮やかになる。


(……あの装いは、騎士? 隣にいるのは、奥さんかな?)


 エイシャの前方を、仲良く連れ立って歩く男女がいた。男性の方は先ほどのディーノたちとよく似たサーコート姿で、女性の方は彼に腕を絡めている。

 そのまま彼らは空いているベンチに座り、女性が持っていたバスケットからパンを出して食べ始めた。


(……ああ、なるほど。もうすぐお昼だから、奥さんと一緒に昼食にしているのね……)


 騎士団は訓練内容が厳しくて規律などもしっかりしており、不純異性交遊などをすれば重い罰が下るという。

 だが「主君に剣を捧げ、国民を守り、家族を愛する」というのが騎士の信条らしく、ああやって家族で過ごす時間がかなり大切にされているそうだ。


 なんとも心の温まる光景を見ていたエイシャは、そろそろ帰ろうかときびすを返し――


「……おっと」

「きゃっ!?」


 何かにぶつかり、よろめいてしまった。


(あっ、倒れ――)


「危ない!」


 とっさに誰かがエイシャの手を取り、ぐいっと引き寄せてくれた。とん、とエイシャの頬にぶつかったのは、分厚いサーコートの生地。


「これは失礼した。……大丈夫ですか、お嬢さん」

「えっ?」


 涼やかな声に、エイシャは顔を上げた。そうして、ハシバミの双眸と視線がぶつかる。


 エイシャの手を取って自分の胸元に引き寄せているのは、若い騎士だった。

 さらりとした黒髪に、誠実そうなハシバミの目。体の線はどちらかというと細い方だが、胸板はほどほどにしっかりとしている。


 どちらかというとクールできりりとしているディーノとは対照的な、甘くて優しげな雰囲気の美青年。ぱちり、とエイシャは瞬きする。


(……えっ? わ、私、この方に抱き寄せられて……!?)


「……し、失礼しました! ご無礼を……」

「気にしないで。あなたにぶつかってしまったのは、僕の方だから」


 青年は微笑むと、そっとエイシャの手を離した。エイシャより頭一つ分ほど背が高い彼は、サーコートの胸元に手を当ててお辞儀をする。


「申し遅れました。僕は騎士団に所属する、オスヴァルト・エックと申します」

「エック様ですね。私はフォーリーン男爵家のエイシャと申します。助けてくださり、ありがとうございました」


 エイシャがお辞儀をすると、オスヴァルトは「顔を上げていいよ」と言った。


「そういえば先ほど騎士団の方に、数名の令嬢たちが見学に来ていたけれど……その中に君もいた気がするな。合っている?」

「はい。友人たちと一緒に……その、見学をしておりました」


 まさか騎士団員であるオスヴァルトの前で「婚活をしていました」とは言えなくて濁したが、彼はだいたいのことを察したようで小さく笑った。


「そうか。実は仲間たちの中にも、君たちのことを気にしている様子の者がいたんだ。特に……明るいオレンジ色のドレスの、彼女。四人くらいの騎士が、彼女のことを可愛いとかお近づきになりたいとか言っていた」

「まあ、ロジータのことを!? それ、彼女に伝えてもよいですか? きっと喜ぶと思うのですが……」

「もちろん。……でも僕は先ほどから、ご友人たちよりもあなたのことが気になっていましたよ」

「……えっ?」


 ロジータの喜ぶ顔を想像していたエイシャは、思いがけない言葉に目を瞬かせた。

 オスヴァルトは微笑むと、エイシャの赤い髪を一房手に取って唇を寄せた。


(……えっ!?)


「あ、あの、エック様!?」

「エイシャ・フォーリーン嬢。今度、僕とお茶をしませんか?」


 どこか厳かな口調で誘われたエイシャは一瞬固まり、そして体の内側からぶわっと喜びがわき上がるのを感じた。


(こ、これが噂の、「デートのお誘い!?」)


 悲しいかな、エイシャは十八年間の人生で一度も、男性からお茶――つまりデートに誘われたことがない。

 エイシャの灰色の目は気が強そうに見られがちで、また燃えるような赤毛もあって「なんとなく強そうな女」という印象を持たれるそうだ。

 双子の兄も、「僕はエイシャは可愛いと思うけれど、確かにちょっと怖そうにも見えるかもね」とのんびりと言っていたものだ。


 だから、見目麗しい騎士にお茶に誘われて、嬉しい。

 自分にもそれなりに魅力があったのだ……と思えると、自尊心や自信も湧いてくる。


「……嬉しいです。でも、私でいいのですか? その、私、あまりこういうことに慣れていないし、ちょっと怖い顔って言われますし……」

「慣れていなくて結構。むしろ初々しくて、いっそう可愛らしいよ」

「か、可愛らしい……」

「ええ。それに、怖い顔なんてとんでもない。意志の強そうな灰色の目もまっすぐに背筋を伸ばす姿も……とても、魅力的だ」

「……ひぇ」


 変な声を上げてしまったが、仕方がない。恋愛経験値がゼロに等しいエイシャには、オスヴァルトの褒め言葉はインパクトが強すぎた。


(魅力的、なんて初めて言われた……)


 顔をかっかとほてらせるエイシャを見て微笑み、オスヴァルトは赤い髪の房をそっと手放した。自分の方に戻ってきた髪が頬をくすぐる感覚がやけにはっきりと感じられてますます赤くなるエイシャを、オスヴァルトは愛おしげに見つめてくる。


「……恥ずかしがり屋のようだな。あなたのそういう顔を、ますますもっと見たくなる」

「……す、すみません。私、うまく反応できなくて……」

「可愛い顔を見せてくれるのだから、一向に気にならない。……それではまた後日、あなたの屋敷に手紙を送りたいのだが、よいか?」

「……はい。ありがとうございます、エック様」

「僕のことは、オスヴァルトと呼んでくれればいい。……ではまた、後日」


 オスヴァルトはエイシャの左手を取って手の甲に軽くキスを落とした。「ひゃっ!?」と悲鳴を上げたエイシャを見てウインクを飛ばした彼はきびすを返し、騎士団区の方に行ってしまった。


 その場に残されたエイシャは、しばしの間呆然としていた。


(……私、騎士様にデートに誘われた……のよね……?)


 試しにむにっと頬をつまんでみるが、痛い。夢でも幻でもない。


 オスヴァルトにデートに誘われ、可愛い、魅力的、と言ってもらえた。


 もしかすると、社交辞令かもしれない。オスヴァルトにとっては、女性を褒めるのは当たり前のことなのかもしれない。

 それでも――


「嬉しい……」


 はぁ、とため息をついたエイシャは、頬に手を当てた。

 そこはまだ、自分でも驚くほど熱かった。

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